【24:戦の支度(後)】

「ゴーレムとは考えたな、少尉」


 子爵の館へ向かう道を歩きながら、レフノールはリディアに声をかけた。


「俺は思いつかなかった」


「ありがとうございます、隊長。

 ほんの思いつきだったのですが」


「この際何でもいいさ。

 コンラートも冒険者魔術師としての考え方が沁みついていただろうから、君のその思いつきがなければゴーレムという話にはならなかった。

 おかげで、力仕事やら何やらが随分と楽にできるようになる」


「費用はかさんでしまいますけれど」


 ある意味で兵站らしいと言える心配事ではあった。


「なあに、時間と兵の命を節約できるのなら安いものだ」


 どちらも本来、金では買えない。10人分の力があれば渡河や拠点の設営は早く済む。

 兵の代わりに前線に立てるのなら、その分兵が晒される命の危険は小さくなる。

 銀貨5枚は決して安いものではないが、効果を考えれば十分以上に引き合う買い物と言って良かった。


「ともかく、今回は少尉、君のお手柄というやつだ。

 今後もその調子で頼む」


「はい、隊長!」


 そんな他愛もない会話をするうちに、領主の居館の門へたどり着く。

 門衛の方から、どなたへ、と声をかけてくれた。

 ここへ来るのもこれで3度目だった。いい加減レフノールの顔も見慣れた、ということなのだろう。


「分遣隊司令の副官、ハイネマン大尉殿へ。

 そののち、御家の家宰、フェルナー様にも折り入って少々ご相談が」


 少々お待ちを、と中へ引っ込んだ門衛は、程なく駆け足で戻ってきた。


「ハイネマン大尉はすぐにお会いになられるとのことです。ご案内いたします。

 当家家宰は四半刻後に。後ほど大尉のお部屋へお迎えを」


 案内されながら、あの大佐に同席されたらどうしたものか、とレフノールは少々不安になった。


 すぐに、いやそんなことはあるまい、と考え直す。

 レフノールが来ていることを大尉は知っているし、あのやり取りを間近で見てもいる。

 もう一度直接会わせて騒動でも起こされては困るだろう、と考えたのだった。

 居館の一角、来客用に設えられたいくつかの部屋のひとつの前で門衛が立ち止まり、ノックをしてから中へ声をかけた。


「大尉、アルバロフ中尉をお連れいたしました!」


 通してください、と落ち着いた声が応じる。

 門衛が扉を開け、レフノールとリディアに会釈した。


「アルバロフ中尉、入ります」


「メイオール少尉、入ります」


 礼則どおりに敬礼し、大尉の答礼を待って部屋の中へ足を踏み入れる。

 案に違わず、大尉は一人だった。


「先ほどは御苦労でした」


 2人に手振りで椅子を勧めながら大尉が言う。


「いいえ、大尉殿、お見苦しいところを」


 腰を下ろしながら、レフノールが答える。正直あまり触れてほしくはないところだった。


「して、小官にどのような」


 そのあたりを何となく察してくれたのだろう、応接用の低い机を挟んで向かい合った大尉が本題を切り出す。


「今後の行動予定についてであります、大尉殿」


「伺いましょう」


 大尉は、立場で言えば下のレフノールたちに対しても丁寧な態度を崩さない。

 あまりにあからさまだった大佐の態度とは真逆と言えた。

 まあ、大佐と周囲との間に入る副官までが同じような態度であれば、早晩とんでもないことになるだろうから、これはこれでいいのかもしれない。


 レフノールは順を追って、諸々を説明した。

 ノールブルムの側で偵察や拠点の設営などの準備が必要であること、ここラーゼンの方が本隊の補給には都合がいいこと、前線での準備に必要な日数、などなど。


「そのようなわけですので、本隊には明日と明後日の2日間、ここで待機をしていただきたく。

 3日目の朝にこちらを出立し、4日目は基本的にノールブルムで更に待機。

 5日目から大佐にお示しいただいた方針のとおり、渡河前進の行動に移れるよう準備をいたします」


 ふむ、と大尉が頷く。


「大佐には小官からお伝えしておきます」


 拍子抜けするほどあっさりと、大尉はレフノールの提案を受け入れた。


「――小官も、幾日か準備は必要であろうと考えておりましたから」


 大尉が付け加える。意外だ、という感想が、顔に出たのかもしれない。

 一瞬返答に詰まったレフノールに、咳払いをして大尉が続ける。


「いずれにせよ、必要な手配を考慮の上、予定を組んでいただけたことに感謝を、中尉。

 大佐にはしかと伝えます。何かほかに必要なことは、中尉?」


 いま一番欲しいのは時間だが、こればかりはどうにもならない。

 軽口を叩けるような相手でもなし、口に出せば当て擦りとしか聞こえないだろう。


「今のところはございません、大尉殿。

 ありがとうございます」


 レフノールの返答に、口許をかすかにほころばせて大尉が立ち上がった。


「いろいろとありましょうが、貴官には期待しています、中尉。

 少尉も、よろしく中尉を補佐してください――難しい任務かもしれませんが、兵学院でのあなたの評価からすれば十分に可能かと」


「評価?」


 立ち上がりながら、レフノールが聞き返す。


「平民や祖国の子の中では随一、貴族の係累まで含めても五指には入る才媛、という評判でした」


 そうなのか、とレフノールはリディアに視線をやる。


「か、過分な御評価かと……」


「自分にはむしろ納得のいく評価です、大尉殿」


 能力に加えて努力を惜しまない性格であれば、むしろそういう評価であって当然とレフノールには思えた。


「優秀な部下の存在も含めてのこの日程ですから」


 レフノールはそう付け加えた。

 ならば安心ですね、と今度は笑みを含んだ声で大尉が応じ、扉を開けて兵を呼んだ。


「こちらの家宰殿に、この2名が面会を求めている。

 話は通っているから、迎えを寄越すように言ってきてくれ」


 はっ、と答えた兵が駆け去る足音が聞こえた。



※ ※ ※ ※ ※



 家宰との話はあっさりと片がついた。

 無論、前回のようにあらかじめ整えられた準備があったわけではないが、レフノールが要請した協力にはあっさりと応じてくれた。

 石材の提供については訝しむような雰囲気があったのは確かだが、協力の確約は得られた。


 そしてやはり、家宰の表情は動かなかった。


「貴族の家を取り仕切る方というのは、ああいうものなのですか」


 少尉が尋ねた。

 ひととおりの話を終え、レフノールとリディアは並んで丘を下っている。

 仕事ぶりのことを言っているのか、態度や表情の話なのか、レフノールには今ひとつ判然としない。


「どうかな。

 少なくともうちの家宰はもう少し表情というものがあった気がするが」


「そういえば隊長も男爵家のご出身でしたね」


「さほど御立派なものじゃないがね。爺様が金で買った爵位だ。

 それに、俺自身には爵位はないし、継承の予定もない。君と同じ王国騎士だよ」


 話が逸れたが、と続ける。


「まあ、こういった場所にある子爵家の家宰ともなれば、あちこちと交渉を持つことも多いだろう。

 いちいち表情を変えていては足下を見られることもあるだろうし、無用の軋轢を生むこともあるかもしれん。

 ああやって仮面を着けることで守れるものもあるということだろうな」


 なるほど、とリディアが相槌を打つ。


「俺も、選んだ道によっては将来ああいう風になっていたかもしれないがね」


 何の気なしに付け加えた言葉に、リディアが食いついた。


「そうなのですか?

 お家の家宰に……?」


「ああ、いや、家宰というわけじゃないが、兄が――このあいだ話したのとは別の兄が家を継いで、俺はその下で領地の管理を任される名代になっていたかもしれない、とね」


「それがなぜ軍へ?」


 やはりそこへ行くよな、と思いながら、レフノールは少し言葉を選んだ。


「たいした理由があるわけじゃないが、兄たちの世話にならずに済む、それでいて自分にやれそうな仕事が、軍しか思いつかなかったんだよ」


 言ってしまってから、レフノールは、先日の次兄との会話を思い出した。


「結局、世話になっているが」


「おかげさまで、私の仕事はしやすくなりました」


 苦笑まじりに付け加えた台詞に、リディアがにこりと笑いながら応じる。


「そうであればいいが」


「そうなのです」


「まあ、ともあれ、これから忙しくなる。

 今更言うまでもないことだが」


「はい」


「済まないが、よろしく頼むよ」


「承りました、隊長。

 でも」


「ん?」


「済まなくはありません。

 私はお役に立てて、嬉しく思っています」



※ ※ ※ ※ ※



 宿へ戻ったレフノールは、もう1度ベイラムを呼んだ。

 ラーゼンで調達することになった糧食について調達の方法を伝え、手順を確認する。


「あと、何人か人手を出してくれ。1頭立ての荷馬車があったはずだよな。それも頼む」


「今から早速ですか?

 手配は明日では――」


「ああすまん、別件だ。

 あのあたりの、」


 言いながら、村の牧草地と畑を分ける境界線のあたりを指差す。


「あのあたりの石垣から、適当な石材をいくつか抜いてくる」


「石材」


 ベイラムの凶悪な面相に疑問の色が浮かんだ。

 眉根を寄せると凶悪さが増す。事情を知らない者が見たら、レフノールが脅されているように見えるかもしれない。


「明日以降、しばらく冒険者を雇うことにした。

 この間雇った連中なんだが、その中の魔術師にゴーレムを作ってもらって随行させることになった」


「ゴーレム、ですか」


「メイオール少尉の発案でな。

 大人数人分の膂力があり、戦闘員にもなる。頑丈な前衛として使えそうだろう。

 で、その材料というわけだ」


 なるほど、とベイラムが納得した顔になった。


「必要な量はだいたいこう、人の背丈の倍くらいで人型を作れる程度、と言えばいいか?

 まあ、最終的には件の魔術師に確認してもらって、足りなければ追加で頼む。

 どれだけかかる?」


「そうですな……まあ長くかかって半刻というところでしょう。

 で、集めた石はどこへ置けば?」


「ここの裏庭でよかろう。

 広場でゴーレム作成の魔術儀式なんぞ、見世物としても良い趣味とは言えん」


「ですな」


「領主殿の許可は得ているが、村の連中とは揉めないようにな」


「は、了解しました、中尉殿」


「ゴーレム云々は言わんでいいと思うが、何か言われたら軍務で必要なことと領主殿――ラーゼン子爵の御許可は得ているということは伝えろ。仔細は任せる」


 では早速頼む、と頷くと、ベイラムは敬礼をして走り去った。



※ ※ ※ ※ ※



 レフノールが宿の中へ入ると、冒険者たちが思い思いに支度をしていた。

 背嚢の中を整理する者、鎧や装具の留め革帯の長さを確認する者、露営用具をまとめて縛る者。

 このあたりの準備は、兵士たちのそれとあまり変わらない。


「ちょっといいか、コンラート」


「はい」


 使われていないテーブルの上に広げた荷物から目線を上げて、コンラートが応じる。


「例の石材、手配がついた。

 遅くとも半刻少々後には、ここの裏庭に運び込まれる。

 確認して、必要なら追加するように言ってくれ。うちの連中に対応させる」


「わかりました。

 出来上がったらお伝えしますよ」


「手間だろうが、よろしく頼む。

 ――期待しているよ」


 レフノールの言葉にコンラートが頷いた。


「御期待に沿うようにせねばなりませんね」

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