【23:戦の支度(前)】

 グライスナー少佐を見送ったレフノールは、リンクストーンを取り出した。

 ひとまず軍団本部にこのことを報せねばならない。

 兄――イグネルトにもどこかで情報を入れるべきところではあるが、作戦予定は軍機だ。

 今の段階で何を話せるというものでもなかった。


 ――今は定時連絡の時間ではないが、うまくいけば繋がるはず。


 そう思ってリンクストーンを起動させると、首尾よくライナスの声が聞こえてきた。


『どうした、レフノール?

 同じ日のうちに2回目とは』


 実は、とかいつまんで事情を伝えると、リンクストーンの向こうから呻くような声が聞こえた。


『正気とも思えん。止められるものなら止めたいが』


 陽気な性格のライナスには珍しく、吐き捨てるような声音だった。

 レフノールもライナスも、お互いにそれは難しいと知っている。


「作戦行動の中身は、参加部隊以外に対しては機密だ。

 軍団への報告義務はあるが、あの大佐の解釈によれば事前命令の範囲内だそうだから」


『本部から具体的な行動内容を知っている態で止めに入ると、情報源が問題になるってことか』


「そう。下手すりゃ機密漏洩で俺の首が危ない」


 将校による軍機の漏洩は、敵前逃亡とどちらが、という程度には罪が重い。

 つまり首というのはこの場合、職業的な話でなく物理的な意味合いになる。


『事前命令の確認って名目ならどうだ』


「それこそ司令御本人がお出ましというくらいでないと効果がなさそうだ。

 そもそも大佐は命令と裁量の範疇と言ってるし、隊の副司令は頭から押さえ込まれて反対できない」


 レフノールは副司令の、大佐に怯えるような表情と仕草を思い出していた。


「ああすまん、ライナス、こういう話をしたいんじゃないんだ。

 取り急ぎ築城のための資材、負傷者の後送用の馬車、可能な範囲で予備の人員、付随する諸々の消耗品。

 予定されていたもののほかに、そのあたりが必要になると踏んでる」


『手配する。しかしあれだな、まるで戦争だな』


「戦争だよ、まさに」


 規模こそ小さいし、他国が相手というわけでもないが、やろうとしていることは戦争と変わらない。


『練兵を兼ねた妖魔の捜索と討伐の筈が、蓋を開けてみたら外征じみた渡河作戦とはな』


 レフノールとライナスは、2人揃って深いため息をついた。



※ ※ ※ ※ ※



 ライナスとの話を終えたレフノールは、リディアを伴って階下へ下りた。

 店内はまだがらんとしていて、掃除の後なのだろう、ほとんどのテーブルにはひっくり返した椅子が載せてある。

 そんな店の一隅で、ひとつのテーブルを4人の冒険者が囲んでいた。


「仕事の話?」


 2人に声をかけてきたのはアーデライドだった。


「そう。

 まあいろいろと予定が狂ってね」


 邪魔するよ、と言いながら、レフノールは隣のテーブルの上から椅子を1つ取って腰を下ろす。

 リディアもそれに倣って腰を落ち着けた。


「先に言っとくが」


 どこから話したものかと思案しながら、レフノールはそう切り出した。


「請けるにせよ断るにせよ、ここからの話は他言無用に頼むぜ」


「この商売を続けるなら口が堅くないとね」


「天の父に誓って」


 ヴェロニカとリオンが応じ、アーデライドとコンラートが黙って頷く。


 よしそれじゃあ、とレフノールは大まかな状況を4人に話して聞かせた。

 途中からコンラートは度し難いと言いたげな顔になり、リオンの顔からは表情が消えた。


「いやあ……軍隊やばいね……」


「やっぱ荒事で解決した方がいいんじゃないの?」


 聞き終えたヴェロニカが呆れたように言い、アーデライドが投げやりな声で合いの手を入れる。


「そうしたいのは山々だが、それはそれで面倒が多くてな」


「アデール」


「隊長」


 物騒な口を叩いたアーデライドと肩をすくめて応じたレフノールに、リオンとリディアが釘を刺すような視線を送る。


「ま、冗談は冗談としてだ。

 君らには俺たちの護衛その他を頼みたい」


「その他?」


 コンラートが問い返す。


「護衛、と言いたいところなんだが、どう考えてもそれだけじゃ済まない。

 拠点の設営に周囲の偵察、たぶん渡河の支援も。道中の護衛以外にもやるべきことは山ほどある」


 ああ、とコンラートが納得した顔になった。


「4人まとめて雇いたい。

 仕事の内容は概ね今言った通り、何でも屋だ。

 拘束期間は――10日ってとこだな。必要なら10日後に延長、そのときは改めて契約」


「いくら?」


「10日間、4人で銀貨25枚。

 食事と討伐報酬は別途。護衛の枠を超えるような戦闘その他の危険が生じたら適宜積み増す」


「悪くないね」


「額としては妥当なんじゃないですか。

 積み増しが適宜、というのが気にはなりますが」


 アーデライドが答え、コンラートがそれに付け加えた。


「最初から増し増しでもいいんだが、そうすると俺も元を取ろうとしそうでな」


「せっかくこれだけ払ったんだから、って?」


 冗談めかして応じたレフノールの言葉に、ヴェロニカが合いの手を入れる。


「そう。そのあたりは俺を信用してもらうしかない。

 それと、俺がくたばったら払うのは俺じゃなくなるから、まあしっかり護衛してくれ」


「そこはあたしらを信用してもらうしかないねえ」


 アーデライドの返答に、まあお互い様か、とレフノールが苦笑する。


「で、どうだ?

 俺としちゃ是非請けてほしいとは思ってる」


「いいんじゃない?

 アデールの言うとおり、条件としちゃ悪くないし」


 ヴェロニカが残りの3人を見回して言った。


「反対は?」


 アーデライドが確認するように言う。

 誰からも反応はなかった。


「じゃあ決まりだね。請けるよ」


「ありがとう、毎度助かるよ」


 そう答えて、レフノールはひとつ息をついた。

 たしかに条件として悪くないところを提示していたとはいえ、ここで断られたら少々困るところではあった。


「ここを発つのは明日の朝を予定してる。

 明後日以降、ノールブルム――この、北境街道を行った先の砦から渡河点とその先を偵察、併せて工兵を渡河させて拠点の設営にかかる。

 君たちには明日の道中の護衛もそうだが、まずは偵察と渡河の支援を頼みたい」


「偵察はいいとして、渡河の支援というのは?」


 口を挟んだのはコンラートだ。


「正直なところ渡河点近辺がどんな状況か、行ってみなきゃわからんのだ。

 ほいほいと渡れるような場所ならいいが、その保証もない。

 まあ、信頼できる上官が渡れそうだと言うから間違いはないだろうが、荷を抱えた輜重や工兵が安全に渡れるかというとまた別の話だろう」


「敵の目の前で渡河、というような話ではない?」


「おそらく。

 こっちが全く考えていなかったくらいだから、妖魔どももまさかいきなり渡ってくるとは考えちゃいないだろう。

 少なくとも第一陣が渡るときに組織だった抵抗はないと踏んでいいと思う」


「敵を欺くにはまず味方から、とは言いますがね……」


 コンラートが、笑っていいのかどうか迷う、という顔をしている。


「完っ璧に奇襲が決まってこのざまだよ」


 肩をすくめたレフノールが吐き捨てる。

 テーブルを囲んだ一同から乾いた笑いが漏れた。


「それで、抵抗を排除という話ではないにせよ、渡河の手助けが必要かもしれない、と?」


 気を取り直したらしいコンラートが話を本筋に戻した。


「そう。

 手を引いて渡ってくれとは言わんが、荷駄や荷が流されることもあるだろう。

 可能なら下流で回収するなり、あるいは渡河に先立って何がしか手を打つなり、まあそういう話だ」


「そのあたりは現地を見なければ何とも、ですかね」


「ああ、見てみないとわからんことが多すぎる。

 俺もどうやって荷を対岸に運べばいいのか、頭が痛いよ」


 ため息をついたレフノールに、リディアが、あの、と控え目に手を挙げた。


「何かあるのか、少尉?」


「魔術師がいるのであれば、ゴーレムなどは使えませんか」


 レフノールの乏しい知識によれば、ゴーレムの作成と使役は、魔術師の技量でいえば下の上か中の下あたりで習得する技能のはずだった。

 どうかな、と視線を向けたレフノールに、コンラートがうーん、と唸る。


「できることはできます。ただ、あれにはいろいろと制約がありまして」


「制約」


 同じ単語を繰り返したレフノールに、コンラートが指を折りながら説明を始めた。


「まず、時間が必要です。素材が集まっている状態で半刻。

 ――ああ、素材というのは、一般的なところだとだいたい人間大からその2倍くらいの大きさの石材ですかね。木製でよければ木材でいいんですが、あれは燃えますし、石に比べると脆いので」


 つまり、今すぐに、とか、戦場でぽんと作る、というわけにはいかない、ということだ。


「それから魔力回路の核にする魔石。

 それなりの大きさのものを使わねばなりません」


「悪いが、俺たちには持ち合わせがない。

 軍に籍を置く魔術師は皆無じゃないが、いるとしても王都か軍団本部あたりまでだ」


 それは、魔術師向けの品など基本的に持ち合わせていない、ということでもある。


「私の手持ちがあります。

 ですが、使い捨てなので、言ってしまえば金がかかります」


 まあそれならどうにかならない話ではない、と、レフノールは頷いて先を促す。


「加えて、ゴーレムの作成・使役は魔術師の強みを奪います。

 あれに使った魔力、戻ってこないんですよ」


「戻ってこない、というのは?」


「魔力は使い減りする、というのはご存知ですね?

 しかし、消耗した魔力もおおよそ一晩休めば回復する。

 つまり、強力な魔術を使ったとして、私が使える魔力は一時的に減りますが、一晩休めば元通り、ということです。

 ですが、ゴーレムの作成に使った魔力は、私の場合は1体あたりおおよそ全魔力量の2割ほどですが、ゴーレムを動かすために形成した魔力回路の中で回し続けなければいけません。

 戻ってこない、というのはそういうことです。ゴーレムの使役をやめるまで、使った魔力が回復しないんですよ」


 ふむ、とレフノールはもう1度頷いた。

 理解できたのは自己評価で半分ほど、というところだった。


「魔力が回復しない、というのはそんなに大きなことなのか?

 俺は魔法が使えないし、正直なところあまり実感ができないんだが――」


 コンラートが小さくため息をついてレフノールを見返した。

 出来の悪い生徒に教師が向ける目をしている。


「魔術師の強みというのは、持てる魔力を状況に応じて多様に使えることにあります。

 自由に使える魔力が少ない魔術師というのは、手持ちの札が限られている賭事師のようなものですよ」


「強い札を場に出すかわりに、手札を減らしたまま勝負せにゃならん、ということか」


「だいたいそういうことです。

 そういうわけで、冒険者稼業の魔術師はあまりゴーレムを使いません」


 準備が要るからすぐに出して使うというわけにいかない。冒険者という職業の特性上、どんな種類の危険が生じるかをあらかじめ想定するのは難しいから必ず役に立つとは限らない。そして作るには金が要るし、使った魔力は戻ってこない。

 たしかに冒険者として、あまり使いたいものではない、という話になるのだろう。


「なるほどね、制約はわかった。

 ところで、君がゴーレムを作成するとして、そのゴーレムはどのくらい使えるものなんだ?

 今考えているような使い方をするとして、という意味で、だが」


「石材で作ったゴーレム――ストーンゴーレムの場合ですが、単純な力で言えば大人で10人分内外、というところでしょうね。

 できるのは単純な力仕事と、あとは戦闘くらいです。戦闘の技量だと、まあ、一人前の兵士と同等かやや下といったあたりです」


「頑丈さは?」


「重量物がまともに当たれば無事では済みませんが、人間よりははるかに頑丈ですよ。石ですから。

 ああ、怪我を治すというようなわけにはいかないので、傷がついたら基本的にそのままです」


「……考えようによっては、尋常じゃない力があってなかなか死なないうえに殺しても金がなくなるだけ、という兵士ができる、という話なんじゃないか?」


「身も蓋もない言い方をすれば、そのとおりです。

 あとは制約をどう受け止めるか、というところで」


「臨機応変さが損なわれる、という話は解った。

 だが、間違いなく使いどころはある――それも豊富に。

 これから行くのは遺跡やら何やらではないし、必然的にやってもらうことも限られてくるとは思う」


 アーデライドが頷きながら話を聞いている。

 コンラートが、まあそうですね、と頷いた。


「その、必要な魔石はだいたいいくらくらいのものになるんだ?

 使い切りということなら部隊で買い取る扱いにしようと思うんだが」


「そういうことであれば。

 ただ、無制限というわけにもいきません。せいぜい2個、2体までです」


 使った魔力が戻ってこないということであれば、妥当な話ではあった。

 1体で2割なら2体で4割。半分以上の魔力を使いっぱなしというわけにもいかないのだろう。


「十分だ。それで頼む」


「ああ、魔石は2個で銀貨5枚です」


 一般の兵卒であれば1月分の給与がそのくらいだった。

 高いのか安いのか、レフノールにはよくわからない――働きを実際に見ないことには何とも言えない。


「わかった、先払いする。

 ゴーレムを作成したところで渡そう」


 こういうことは、先に払いを済ませてしまう方が面倒がない、とレフノールは考えている。

 ある程度信頼が置ける相手であれば尚更のことだ。


「材料の調達もお願いします」


 コンラートが付け加えた。

 石材ならば、ここの子爵の家宰に頼めば、どこからか手に入れることはできるだろう。

 最悪、しばらく支障がなさそうな石垣あたりから少々頂戴できればそれでいい。


「今日のうちには――いや、早い方がいいな。夕方までにはどうにかしよう。

 出立は明日の朝だ、よろしく頼むよ」


 リディアに頷いて、レフノールが立ち上がる。

 リディアが4人に会釈して席を立った。



※ ※ ※ ※ ※



 外へ出たレフノールは、まずベイラムを呼んだ。

 決まった方針を、ひとまずは部隊に達しなければならない。

 ベイラムはほどなく駆け足で現れた。


「デュナン曹長参りました!」


 踵を合わせ、気をつけの姿勢で声を張る。

 ご苦労、と応じたレフノールが手招きする。

 一歩二歩とベイラムが近寄ったところで、声を落として話しかけた。


「あの大佐殿がやってくれた。

 渡河前進してアルムダール川北岸に存在すると思われる妖魔の拠点を叩くそうだ」


「そいつはなんとも……」


 ベイラムが低い声で応じる。凶悪な顔を更に歪めて、苦虫を嚙み潰したような表情をしていた。


「進言すべきは進言したが、罵倒されて終わりだったよ。

 そういうわけで、明日から忙しくなる。今日はよく休むよう、皆に伝えてくれ。

 少なくとも3個分隊は前線へ出ねばならん。拠点の設営のための資材に装具、工兵や療兵のための糧食、運ぶべきものは山ほどある」


「は、伝えます」


「ここに残す人員の選抜は貴官に任せる。

 前線へ出せない連中がいるだろう、妻子がいるとか兄弟がいないとか」


「は」


「そういった連中から優先して残せ。いなければ若い奴からだ。

 下士官で一番若いのは?」


「フェルドマン軍曹です」


「では残る分隊の指揮は彼に執らせる。それでいいか?」


「よろしいかと、中尉殿」


「ならば早速、兵たちに達しておいてくれ。

 出立は明朝。各分隊長は夕食後に宿へ集合」


 言いながら、ちらりとリディアへ視線を向ける。

 目を合わせたリディアがかすかに首を振った。


「曹長、何かあるか?」


「ございません、中尉殿!」


 びしり、と音の鳴るような敬礼をしてベイラムが大声を発した。

 レフノールが、下がってよい、と答礼する。

 来たときと同様、ベイラムは駆け足で去っていった。

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