【16:同期との会話】
レフノールが酒場の裏手の井戸で水を汲んで顔を洗い、一息入れて戻ると、テーブルに2人分のマグが置かれていた。
ミルクティーが湯気を立てている。
「これは、君が?」
「はい、ご主人に頼んで淹れていただきました」
にこりと笑ったリディアが答える。
気分を変えよう、ということなのだろう。
「済まない、気を遣わせてしまったな」
「いいえ、私も少し落ち着きたかったものですから」
答えた少尉がもう一度笑う。
つられるように、レフノールも少し笑った。
マグを両手で包むように持って一口含む。
少量の湯で茶を煮出し、山羊の乳を入れて更に煮た北方風だった。
味もさることながら、その温かさが気を落ち着かせてくれる。
「ありがとう、少尉。
まあ、次は俺の兵学院時代の同期だから、そう硬くなることもないとは思うが」
「どなたなのですか?」
「ローウェン中尉だ。ライナス・ローウェン。軍団の兵站中隊付将校の。
君、面識は?」
「配属時に色々とお世話になりました。
こちらへ来てからはずっと砦へ出ていましたから、やり取りする機会がありませんでしたが」
「面倒見のいい奴だったろう?
あいつも兵学院時代からあまり変わっていない」
「親切な方でした。昔からそうなのですね」
「一度沁みついた性格というのはそう変わるものじゃないからな。
まあ、面倒見はいいが親切一辺倒かというとそうでもない」
「そうなのですか?」
「新人の前でそうそう面倒なところは見せなかっただろうが、あれで結構厄介事を持ち込む奴だった」
「そうは見えませんでしたが――」
ミルクティーを飲みながらとりとめもなく喋る。
あらかた飲んで落ち着いたところで、レフノールは先ほどとは別のリンクストーンを台座に置いた。
「さて、始めてもいいかな」
「はい、私はいつでも」
「合言葉を書いた紙は例によって箱に入れておくから」
「はい」
指先をリンクストーンに触れて合言葉を唱えると、リンクストーンが瞬きだし、やがて魔力回路が形成されて光が落ち着いた。
『合言葉はさっきので――あれ、これはもう繋がってるのか?
おーい、聞こえてるかレフノール?』
「聞こえているよ、ライナス。半月ぶりかな?
面倒を頼んで済まない」
『なあに、お前の頼みはだいたい聞いておいて損がない。
それに、いま面倒に見舞われてるのはお前の方だろう?』
「まあそれはそうなんだが――ああ、ということは、こっちの部隊の人事の話はもう耳に入っているのか?」
『発令したのは俺のところだからな。
後任の隊長に心当たりがあるか、と上官に訊かれたから、いま派遣されてる奴が適任だと進言した』
レフノールにとっては聞き捨てならないことを、ライナスはさらりと言ってのける。
リディアに視線を向けると、なにかを納得した表情で頷いていた。
「ライナス、お前だったのか、俺のところに面倒を持ってきたのは」
『つまりお互い様というやつだ。気が楽になったろ?』
「罪悪感はなくなったよ、おかげさまで。
ところで、人事の話をそっちでってことは、今の副長についても?」
『勿論だ。メイオール少尉だろう?』
「ああ。基本的にこちらからは、俺か、そのメイオール少尉から連絡を入れる」
一旦言葉を切り、メイオール少尉に頷いてみせる。
「メイオール少尉です、ローウェン中尉。引き続きよろしくお願いいたします」
『いるなら先に言ってくれよ、レフノール。こちらこそ改めてよろしく、メイオール少尉。
ところで、レフノール、いつまでもこうやって駄弁ってていいわけでもないんだろう?』
「まさに。まずは繋ぎの取りかたを決めておきたかった。
リンクストーンの基本的な使い方だが、なにか急な用事があるときにこちらから呼ぶ形にしたい。
一刻を争うような話がそうそうあるとも思えんし、1日に1回、時間を決めておけばいいと思うが」
『俺も使ったことはないから何とも言えんが、それでいいんじゃないかな。
緊急の用件があるときはこちらから呼び出すこともあるかもしれん』
「そのあたりは任せる。
正午からしばらくは使えないが、それ以外の時間ならば問題はない」
『では、朝でどうだ。課業はじめから四半刻。
急ぎの話があるのなら、その日のうちに動けた方がいいだろう』
「わかった、それで頼む」
『輜重品のやり取りは基本的に規定通り、ということにしてくれ。
さすがに分遣隊の輜重品全てを俺経由というわけにいかんだろう』
「勿論だ。
連絡を入れるのは何か急に必要な物品や緊急に伝えたい情報が出たとき、ということになると思う。
その場合も後付けにはなるが、書類は整える。要らぬところでお前に迷惑は掛けたくない。
全てこいつでやり取りできればいいが、リンクストーンの大きさは見ての通りだ。あまり長々と話すこともできないからな」
『それにしたって大したものだと俺は思うよ。
これはあれか、出どころはお前の実家筋か?』
「うん、家の伝手でな。
この先何があるかわからんし、備えられるところは備えておきたい」
『――分遣隊長、カウニッツ大佐が、たぶん2・3日中にそっちへ着くと思う』
この流れで名前が出てくるあたり、グライスナー少佐に聞いた評判は軍団中で共通したものなのかもしれなかった。
『レフノール、お前、大佐については何か聞いているか?』
「グライスナー少佐から少々」
『あの少佐の話なら間違いはない。出来物だったろ?』
「ああ、ああいうのを女傑と言うんだろうな。
グライスナー少佐が言ってたのはなんだったか――そうそう、『果断にして強固な意志をお持ち』とかなんとか」
『まさに、というやつだ。
まして今回は分遣隊の頭だからな、いつもは乗ってる軍団司令という重石がない』
「最悪じゃないか」
『兵站にとっては特にな。
とは言え、結局のところ妖魔の掃討作戦だ。無茶をしようにも無茶をする相手がいない。
国境地帯なんぞであれこれと面倒を起こされるよりはよほどいい』
「ものは考えよう、か」
『まあ、リンクストーンがあれば、多少の無理は利く。
ここからラーゼンへ何かを送る時間はおおよそ半分になったわけだからな』
通常であれば伝令なり書状なりで必要な物資を本部に伝え、それに応じて本部が前線へ物資を送る。
行って戻ってにそれぞれ時間がかかるところ、リンクストーンならば戻りの輸送に要する時間だけでよい、ということだ。
『何かあれば連絡をくれ、レフノール。
面倒を押し付けた手前、できるところで手伝いはしなければな』
「そういうことならば遠慮なく頼らせてもらうよ、ライナス。
何かあればまた明日にでも」
会話を終えてリンクストーンに触れ、合言葉を唱えて魔力回路の接続を切る。
レフノールはリディアにもう一度視線を向けた。
「ローウェン中尉の御推薦だったのですね」
「そのようだ。同期に売られていたとはな」
「隊長の力量を買われているのです、きっと」
「そうであってくれればいいが」
「それ以外にないでしょう。前線での兵站の重要性をローウェン中尉がご存知ないはずがありません」
「手近にいた面倒を押し付けられそうな相手、ということかも」
「いずれにしても、前隊長が戦死された分遣隊をこれまで切り回してこられたのは隊長です」
なぜか有無を言わせない口調だった。
「評価してくれるのは嬉しいし有難いよ。有難いんだが――」
「――だが?」
「できればもう少しのんびりした部署が良かった」
言いながらレフノールは、はあ、とため息をつく。
リディアがくすくすと笑った。
「少なくとも私は、隊長がここにいてくださって良かったと思っています。
たぶん、曹長や兵たちも同様でしょう。それに――」
「それに?」
「隊長のような方は、仕事の方で放っておかないと思います」
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