【17:教練の準備】

 ぬるくなった残りのミルクティーを飲み干し、マグを片付けて、レフノールとリディアはもう一度気分を入れ替えた。

 ここからは日々の仕事に戻らねばならない。


「少尉、補給物資の集積状況はどんなものかな」


「ご報告したとおり、近在からの物資の集積はほぼ予定通りです。

 多少の遅延はありますが、ノールブルムへの輸送で調整可能かと」


「この間俺が作った素案――というか、輸送計画の大枠は変えずに済む?」


「はい。

 遅れる見込みの物資とその量は把握できています。

 それとは別に、予定より早く集積されている物資もありますので――」


「輸送の予定を組み替えれば行ける、か」


「はい」


「よし、ならば予定を組み替えて荷の振り分けをしてくれ。

 出張る分隊の軍曹に渡せるものを作って俺に提出。今日中にできるか?」


 天井を見上げて数瞬考えたリディアが頷いた。


「はい、夕刻までには」


「では頼む。

 俺はアーデライドたちに少々相談したいことがあるから、ちょっと顔を出してくる」


「相談ですか。どのような?」


「クロスボウは明日から訓練させる予定だが、俺たちより彼らの方が扱いには詳しいと思ってね。

 すぐに発つ予定がないのなら、1日逗留して、基本的な扱い方を教えてもらおうかと」


「軍ではあまり扱いませんからね」


「ああ、俺も使ったことがないわけじゃないが、慣れているかというと――」


 言葉を切ったレフノールが肩をすくめる。


「私は兵学院以来です。隊長も、ですか?」


「俺もだ。あそこは、あらかたの武器の構造と扱い方を一通りは教えてくれるからな。

 部隊に配備されてもいないのに無駄なことをと思わないでもなかったが」


「こういうときには役に立つ、ということですね」


「威力と訓練のしやすさが特長、という知識がなければ、揃えようとは思わなかっただろうな。

 ではちょっと下でアーデライドと話してくる。何かあれば呼んでくれ」


「はい、隊長」



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 アーデライドとの話はあっさりとまとまった。

 冒険者たちは翌日の丸1日、山羊足式クロスボウの基本的な使い方を教える。

 軍は彼らの滞在費を持つ。それだけだ。

 随分安い、というよりも破格の値付けだった。


「本当にこの条件でいいのか?」


 話がまとまった後ではあったが、レフノールがもう一度念を押す。

 当人たちが言うのだからいいも悪いもないところではあるのだが。


「実際のところ、路銀もそこそこ余裕をもって渡されてるからね。

 戻るのが1日遅れたところで何がどうというほどのこともないし。

 大したことを教えるわけでなし、食事と宿だけ持ってくれればまあ充分だよ」


「アデールはさあ、そういうとこあるよね」


 応じたアーデライドに、ヴェロニカが付け加える。


「良すぎる条件を続けて提示されると、借りを作ったような気分になるんだって」


「俺は別に貸したつもりはないが」


 貸し借りというよりも、有能な冒険者に繋ぎをつけておくための必要経費のようなものだ、とレフノールは思っている。


「次の無理が断りにくくなるから、適当なところで自分の中の『借り』を返しておく、って言ってましたね」


「私は、自分たちが気にしなければ何の問題もない、といつも言ってるんですがねえ」


 リオンが解説し、コンラートが肩をすくめる。

 これでいて仕事の話はきちんとまとまるのだから、ある意味で大したものではあった。


「君らなら引き受けた仕事はこなしてくれるだろうから、そこは心配しちゃいないが」


「平衡感覚って言やあいいのかな。まあ、そういうものだと思ってくれよ」


 アーデライドが頭を掻きながら言う。多分に感覚的なものなのだろう。


「わかったようなわからんような、ってとこだが、君がそう考えていることは憶えておく」


「ありがとう。ちょっとしたこだわりってやつだよ。コンラートが言うように気分の問題かもしれないけど。

 さて、仕事の話をしていいかい?」


「勿論だ。クロスボウと太矢、それに場所と的は当然こちらで用意するが、他になにかあるか?」


「そうだね……クロスボウの扱いを知ってるのはあたしとヴェロニカだから、教官役は2人だね。

 リオンとコンラートは参加しない」


「それで構わない。無論、滞在費は残りの2人の分も出す」


「荷を運んできた馬車の御者の分もね。

 それと、一度にやる人数は10人ずつくらいにしてくれるかな。あまり多くても見きれないし」


「わかった。

 明日は朝からでいいか?」


「そうだね、時間は1組あたり半刻から1刻の間ってところかな。

 中尉のところの部隊の人数が――」


「40ちょっと――いや、1個分隊が出ているから30少々か。3組になるかな」


「それで頼むよ。午前2組、午後1組だね。組分けは任せる。

 習熟度があまり違うようなら練度別に分けてくれると有難いけど」


「ほぼ全員素人同然と思ってくれ」


「基本的な扱い方を教えればいい、ということでいいんだよね?」


「百発百中にしてくれ、というような無茶は言わない。

 号令に従って狙った方に射てるようになれば」


「そこまでやるにも結構な時間はかかるよ。

 1日……というか半刻1刻でできるのは、もっと基本的なことだけだね」


「十分だ。扱い方と訓練の仕方を教えてもらえれば、あとは時間をかけることである程度のところまでは行くだろう」


 もとより1日に満たない時間ですぐに何ができるとも思ってはいない。

 訓練をするにも最低限の知識と経験は必要で、レフノールとしては、冒険者たちに、そこを埋め合わせる役回りを期待しているのだった。


「確かに数は揃っちゃいるし、最低限斉射ができるようになれば、ってことかな」


「まさに。斉射させるにも訓練は要るし、その訓練にしたって下地があった方が話が早い」


 じゃあ明日はよろしく、と言い置いて、レフノールは席を立った。



※ ※ ※ ※ ※



 アーデライドとの話を終えたレフノールは、表へ出て、荷運びを終えた兵に声をかけた。


「デュナン曹長はどこかな」


「あ、隊長殿」


 慌てたように敬礼する兵に答礼する。


「曹長殿はいま露営地です。お呼びしますか」


「ああ、頼む」


 駆けてゆく兵の背中を見送る。

 ほどなく、ベイラムとともに兵が戻ってきた。


「デュナン曹長参りました!」


 びしりと踵を合わせてベイラムが敬礼する。

 レフノールは答礼し、兵に視線を向けて行っていいぞと頷いた。


「ご苦労。

 クロスボウの教練についてだが、曹長」


「早速ですな」


「ああいうのは早い方がいい。道具だけあっても使えないでは話にならない」


「まさに仰るとおりです、隊長殿」


「明日、ひとまず基本的な扱い方を叩き込む。

 例の冒険者が教官役を引き受けてくれることになった」


「どの程度の時間になりますか」


「10人程度を1組にして、組あたり半刻から1刻の間、というところだそうだ。

 明後日以降は明日の教練の内容をもとに、こちらで兵を鍛えねばならん」


「願ってもないことです」


 ベイラムが凶悪な面相に笑みを浮かべた。

 なるほどこれが人を殺せそうな顔というやつか、といささか失礼な感想をレフノールが飲み込む。


「場所は牧草地が適当だろう」


「周囲に人やモノが多くてはおちおち射られませんからな。素人同然の連中となれば特に。

 あそこから林の側へ向けて射てばよいかと」


「あとは適当な的をだな。藁束に麻袋でも被せればいいと思うが」


「なにか見繕いましょう。15もあればよいですか」


「十分だろう、それで頼む。

 組分けは任せる。俺とメイオール少尉はどこか適当なところで参加する。

 それから、貴官は全部に参加しろ。訓練の状況を射手選抜の参考にする。

 様子を見て、筋の良さそうな奴、無理そうな奴を憶えておいてくれ」


「かしこまりました、隊長殿」


 何かあれば呼んでくれ、と声をかけて、レフノールはふたたび宿屋へと向かった。

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