【15:兄との会話】

 一通りの話を終えて執務室に戻り、レフノールは小箱を開けた。


 中には更に小さな箱がふたつ、手のひらほどの大きさの台座がひとつ。


 小さな箱には親指の先ほどの大きさの宝石――オパールのような虹色の輝きを持つ宝石がひとつずつ、それに紙片が入っている。

 紙片にはそれぞれいくつかの単語が書き連ねてある。加えて、片方の箱にはもうひとつ紙片が同封されていた。


【依頼の品を送る。こちらへも連絡を。

                   ――イグネルト】


「隊長、それは?」


 宝石に目を止めたリディアが尋ねる。


「リンクストーンだ。聞いたことくらいはあるだろう、2つ1組のリンクストーンで会話ができる。

 片方は軍団の輜重中隊本部にいる俺の同期、もう片方はバストーク商会――王都の、親父殿がやっている商会に繋がる」


「王都と各軍団の本部の間で命令や報告の伝達に使う、と聞きますが……」


「ああ。

 王都へ急ぎで送った手紙で、貸してくれるよう無心した。

 1組のつもりだったんだが、もう1組送られてきて、そっちがおそらく商会と繋がるやつだな」


「途方もない値が付くとも」


「大きなものは、まさに。大きさで使い勝手が変わるからな。

 軍団の本部と王都を繋ぐやつは1日1刻は使えようかという代物らしいが、こっちはこの大きさだから、せいぜい3日で小半刻というところだ。

 それでも俺の俸給で気軽に手を出せるようなものじゃあないが」


「それを2組、ですか」


「借りているだけとはいえ豪気だよな。

 まあ、何かしらで取り戻す算段があるんだろう。何となく想像はつくが」


「軍規に触れるようなことは――」


「さすがにそこまではないだろう。

 俺を困らせることが目的でもなかろうし。まあ、話してみるさ」


 リディアが頷く。完全に納得がいったというわけではなさそうな風情ではあった。


「では仕事に戻ろう――と言いたいところだが、俺はこいつを使って連絡をしなければならん」


 リンクストーンの小箱を、レフノールがとんとんと指先で叩く。


「はい。

 軍団本部とご実家ですね」


「ああ、連絡の取りかたなど決めておかなければならないからな。

 少尉、君も聞いておいてくれ」


「よろしいのですか?」


「あまり考えたくないが、何がないとも限らない。

 最悪、君に引き継げる形にはしておきたい」


「――そのようなことになっては困ります」


「だろうね。俺も今まさに困っているところだ。

 まあ、迂闊に死ぬものではないというのは身に染みている。そうならないように気を付けるよ」


「本当に、隊長にはいろいろとお世話になっていますから。

 何も返さないうちにというのは」


 返されたあとならいいのかな、と混ぜ返そうとレフノールはリディアに視線を向けて、そのまま口を噤んだ。リディアの表情は、予想外に真剣だった。


 ――これは茶化すとまずいやつだ、本気で案じてくれている。


 視線を逸らして、ああ、と曖昧に頷き、バストーク商会との連絡用のリンクストーンを台座に置いた。

 単語を書き連ねてある紙片を見直し、リンクストーンに触れて、丁寧な発音で読み上げる。


「これが魔力発動のための合言葉の筈なんだが――お、来た」


 リンクストーンがその内側から光を発し、ちらちらと瞬く。


「合言葉を書いてあるこれは箱の中に入れておくから、君も憶えておいてくれ」


 紙片をリディアに示して、箱に入れる。


「はい」


「あちら――このリンクストーンの片割れの側でも同じことをすれば、これを通じて会話ができるようになる」


「何かの原因で同じことができない場合は?」


「単に繋がらないだけだ。その間も魔力の消費はあるが、消費量は実際にやり取りするよりは格段に少ないと聞いている。しばらく待っても差し支えはないだろう。

 まあ、お互いこれに張り付いているわけにもいかないから、時間を決めてやり取りするのが通例だそうだが」


「連絡の取りかた、というのはそういうことですね」


「ああ。俺に輪をかけてあちらは忙しいだろうから――ん、繋がったぞ」


 瞬いていたリンクストーンの輝きが安定し、落ち着いた光を放つ。


『――聞こえているかな?

 久しぶりだな、レフノール。無事荷が届いたようで何よりだ。息災か?』


 聞こえてきたのはレフノールの兄――商会を継ぐことになっている次兄のイグネルトの声だった。


「ご無沙汰しています、兄上。おかげさまで無事届きました。

 俺は息災ですが、色々あって前線で輜重の指揮を執ることになりました」


『苦労しているようだ』


 イグネルトの声に、かすかな笑みが含まれている。


「なかなかない種類の苦労だとは思います。

 しかし、その苦労でこうしてお話する機会を得られたと思えば」


『王都にいるのに顔ひとつ出さぬ弟と話せると思えば、確かに悪くはないな。

 いきなりリンクストーンを貸せと言ってくるとは思わなかったが』


「……申し訳ありません」


 レフノールの後ろで、リディアが声を出さずに笑う気配がした。


 ――身内同士の話はこれがあるからあまり人前でやりたくないのだが。


 ため息をつきたいような気分になったレフノールに、リンクストーンから声がかかる。


『さて、久々ではあるが、延々無駄話というわけにもいかないのだろう?』


「はい、兄上。時間も限られておりますから。

 リンクストーンを一組余分にお送りいただいたのは――」


『お前は時々鈍くなるな。あるいは、そういうふりをしているだけか?

 まあいい、何かあれば俺にも情報を入れろ、という話だ。それ以外にあるまい?

 無論、お前からの無心も喜んで聞くが』


「軍規に触れぬことであれば」


『勿論だ。俺とて可愛い弟の軍歴を汚したいわけではない』


「連絡の取りかたはどのように?」


『正午から四半刻ばかり、俺の時間を空けておく。

 何かあればその時間に連絡を入れてくれ。その時間に繋がらなければ、翌日に頼む』


「わかりました、兄上。そのようにいたします。

 それから、俺に何かあった場合は、部隊の副長からその旨連絡を入れるように言っておきます」


『名は?』


「リディア・メイオール少尉」


『わかった。くれぐれも、その少尉に連絡させることがないようにしてくれ、レフノール』


 気遣わしげな声。

 やり手の商人でありながら、イグネルトにはそういう部分がある。


 ――いや、こういう部分があればこそやり手なのかもしれない。


「無論です、兄上。

 それと、クロスボウの件ですが――」


『ああ、あれか。クロスボウが軍で使われない理由は、お前も承知のことと思うが』


「価格と、それから再装填の時間ですね」


 射程は同等、威力は高いが、クロスボウの価格は普通の弓の倍以上ときている。

 数を揃えねばならない軍の制式武器としては致命的とも言える欠点だった。

 加えて、再装填にも時間がかかる。敵前で悠長に装填していたら、あっという間に距離を詰められて攻撃を浴びることになる。


『価格も時間も弓の倍以上ではな。

 で、山羊足式ならば問題の片方の解決の一助にはなる』


「はい。価格は更に上がりますが」


『そこを、せめて使って効果のほどを確かめてほしい、と申し出た工房があってな。

 近衛歩兵に配属されている打撃歩兵の1個小隊分を無償で試験的に納入、というところまで話がまとまったんだが』


「そこで何かあった、と?」


『現行の弓を軍に収めている工房がどこからか話を聞きつけて、上から手を回した。

 話は御破算、あくまでも現場の指揮官との口約束という態だったから、納品を予定していた工房側としてはどうにもならない』


「それがこちらへ?」


『そのままではどこへも納品するあてがない品だからな。うちで格安で引き取っていた。

 どこかでまとまった形で運用できたならば、運用側からの使用感や要望を聞かせるという条件で。

 適当なところで傭兵にでも流そうかと思っていたんだが』


「折よく俺からの注文が入った、と?」


『そういうことだ。

 条件は、実戦で使った際の状況や効果、問題点その他を差し障りのない範囲で工房に伝えること』


「状況はどこまで詳しく伝えられるか怪しいところですね。ある程度はぼかす形になるかと。

 効果や問題点は、下士官兵から聞き取ってなるべく詳しく文書に残します」


『そのあたりはいいようにしてくれ。軍の細かいことは俺にはわからない。

 さて、用件はこのくらいかな。喋りすぎて魔力が切れてしまっても困る、今日はこのあたりにしておくか』


「はい、では何かあればまた明日の昼に、兄上。

 父上にもよろしくお伝えください」


『伝えよう。

 ああそれから、メイオール少尉』


「え」


「は、はい!」


 取り繕いようもなかった。

 レフノールは驚いた声を出してしまっているし、リディアはリディアで思わず返事をしてしまっている。


『イグネルト・ミハイロヴィチ・アルバロフです。紹介もしない不躾な弟で申し訳ないが、よろしく頼みます。

 いろいろとご面倒をおかけするでしょうが、死なない程度に支えていただければ』


「り、リディア・メイオール少尉です。

 承りました、アルバロフ様。微力を尽くします」


『ありがとう、貴女に心からの感謝を、少尉。

 ――万が一のときのことを託す部下くらい俺にも紹介しろ、レフノール』


 ひとまず兄の人となりを見せてから、と思っていたのは事実だが、レフノールはこういうときの兄の鋭さを見誤っていた。


「申し訳も――」


『まあいい、お前にはお前なりの考えがあるのだろう。

 何かあればまた連絡をくれ、遠慮なく』


「ありがとうございます、兄上」


 安定した光を放っていたリンクストーンが瞬く。

 レフノールはもう一度リンクストーンに触れて合言葉を唱えた。

 瞬いていた光が薄れて消え、リンクストーンがもとの虹色の輝きを取り戻す。

 若干輝き方が色褪せているのは、魔力を消耗したせいだろう。


 使用後の色合いを見るに、今のやり取りで使った魔力は、リンクストーンが蓄えていたそれの半分になるかどうか、といったところのようだった。

 魔力の回復の度合いは実際に見てみなければ何とも言えないが、この大きさならば完全に空の状態から回復しきるまでに3日かそこらになる筈だった。

 つまり、今回程度であれば、ほぼ毎日連絡が取れるということになる。


 リンクストーンを台座から外して、レフノールは大きく息をつく。

 小半刻に満たない、それも身内との会話だったというのに、ひどく気疲れしていた。

 何もかも自分自身の招いたことで、それがまた気疲れを倍増させていた。


「何というか……醜態を見せてしまったな」


「いえ、私も思わず返事をしてしまって」


「あんなところでいきなり名を呼ばれるなど、普通は考えないだろう。

 最初から紹介しなかったのは兄の言う通り、俺の手落ちだ」


「私がいることを、お兄様は御存知だったのでしょうか?」


「確証はなかっただろうが、いてもおかしくはないと踏んだのだろう。

 俺の性格、何をどう考えるか、そのあたりを見越して」


「鋭い方なのですね」


「昔からそうだったが、商売で一層磨かれたのかもしれないな。

 ともあれ、必要な繋ぎは取れた。少々疲れたが、良しとするか」


「はい」


「俺はちょっと顔を洗ってくる。

 軍団本部への話はその後だ。君も同席してくれ――次はきちんとこちらから話すよ」


「はい、隊長」

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