【2:兵站将校の職務】

 しばらく考えたあと、レフノールがまず足を運んだのは、村外れの牧草地だった。

 焼け焦げ、水を被った輜重品の山が無残な姿を晒している。

 その周囲では、兵士たちが人足を指揮しながら忙しそうに立ち働いていた。

 どうにも使えそうにない輜重品の残骸から、まだ使えそうなものを選り分け、やや離れた場所に別の山を作っている。

 ベイラムが兵士たちから時折何やら報告を受け、そのたびに手許の帳面に何かを書き付ける。

 その様子を眺めていて、レフノールはふとあることに気付いた。

 兵士たちは、その全員が革鎧を着用し、小剣を帯びたまま作業を行っている。

 そして牧草地のあちこちに、3本を一組にして槍が立てられていた。

 奇襲されてもどうにか押し返せたのは万一に備えていたから、ということのようだった。

 それは戦死した分遣隊長の命令か、あるいはベイラムの指示か。

 いずれにしても、混乱の中でそういった目配りを徹底していけるだけの士気を、この兵たちはまだ持ち合わせている。


 ――案外悪くないのじゃないか。


 苦笑が、レフノールの顔に広がる。

 我ながら単純なものだ、と考えたのだった。

 レフノールはそのままさらに歩を進め、作業している兵に近づいてゆく。

 レフノールの存在に気付いて敬礼した兵に答礼し、ちょっといいかな、と声をかけた。


「戦死者の遺体はどこに?」


「あちらであります。敵も味方も」


 声をかけられた兵は牧草地の片隅を手で示した。

 視線を向けると、敷布で覆われたものが3つ横たわっている。少々離れた場所には麻袋を掛けたものが7つ転がしてあった。

 敷布で覆われている方が味方、麻袋の方が敵の遺骸だろう。


「うん、ありがとう」


 遺骸のもとへ歩み寄り、足下の地面に横たわる遺体に視線を落とす。

 跪いて頭を垂れ、安らかに眠りたまえ、と心の中で呟く。

 無論、返答はない。レフノール自身もなにか答えを期待していたわけではなかった。

 麻袋をめくり、妖魔の遺骸を検分する。4体は犬のような頭をした小型の妖魔、コボルドだった。

 妖魔どもの遺骸についているのは槍傷で、1体は折れた槍の穂先が刺さったままになっている。

 武装は革鎧に山刀と投げ斧。いずれも粗末なつくりだが、軽装の歩兵と戦うには十分なものだった。

 残りの3体はコボルドどもが騎乗していたという魔狼だ。

 簡素な手綱と鞍が付けられた大型の狼。妖魔どもが騎乗して移動するだけでなく、それ自体が人を襲う魔物でもある。


「これが10以上とはなあ」


 呟きとともに、今日何度目かのため息が出る。

 待ち構えていたところへ来たならばまだしも、ほぼ奇襲という状況では損害が出たのは致し方ない。

 やはり、むしろ軽く済んだと見るべきなのだろう。

 レフノールは、味方の遺体も同じようにして検分した。斬られた、あるいは断ち割られたような傷がある。

 こちらはあとでいま一度、検分する必要がありそうだった。遺髪なり遺品なりを遺族に送ってやらねばならない。


 遺体はひとまず丁寧に扱われているようだが、このままにしておくわけにもいかなかった。

 コボルドや魔狼の遺骸はどこか適当な場所に埋めるとして、味方に出た死者は弔わねばならない。

 実際的な問題はもちろんのこと、死んだ味方を粗略に扱っては、士気にも関わってくる。

 埋葬の手配をして、葬儀を仕立てて、できれば司祭に祈りのひとつも上げて貰わねばならない。

 こんな辺境の村にでも司祭のひとりくらいはいるだろう、と考えながら、村にあった小さな尖塔を思い出す。おそらくは神殿で、そうであれば司祭がいるはずだった。


 あとはデュナンというあの曹長に、襲撃の折の状況をなるべく詳しく聞いておかねばならない。

 報告を書くのも遺族に手紙をしたためるのも、将校の役回りだ。

 考えるだに気の重い仕事だが、それらとはまた別に、頭を悩ませねばならない問題もある。


 欠員をどうするか、という問題だった。

 戦死者の充員は後方に要請するとして――無論それがいつも受け入れられるとは限らないのだが――充員の到着には順調にいっても半月ほどはかかる。

 その間、部隊は欠員を抱えたままでどうにか任務をこなす必要がある。

 兵員もさることながら、将校ふたりの損失は、部隊にとって決して軽いものではない。


「補充はすぐに要請するとして――」


 問題はその補充がいつここに到着するか、ということだった。

 兵站将校は絶対数が少ない。主に活動する場所が後方という兵科であるがゆえ、戦時の損耗をあまり大きく見込んでいないからだった。

 加えて、軍の人員計画の重点は常に歩兵に――戦列歩兵や打撃歩兵といった戦場の主力に置かれている。後方支援を担当する兵站――輜重や療兵、工兵などをまとめてそう呼ぶ――はいまだ日陰の存在に過ぎない。

 だから、いざこうして前線近くで将校に欠員が生じたとき、迅速な対応というのは期待しがたいものになってしまう。

 兵の補充に半月かかるのならば、将校の補充にはどれだけの時間が必要なのか。


 ――1か月か、それとも。


 深くため息をついて首を振り、レフノールは弄んでいた考えを投げ出した。

 どのみち自分の手の届かない問題だ、と気付いたのだった。

 一月か二月か解らないが、その間はレフノール自身がどうにかこの戦場を切り回すほかはない。

 そもそも一月二月もあれば、いま予定されている作戦そのものが終わっている。

 つまり作戦が終わるまでは、前線に出向いているという少尉と、あの人相の悪い曹長を頼りながら、最低限やるべきことをやらねばならない、ということだった。

 撤退戦の殿を任されるというのはこういう気分なのかな、とふと考え、いやいや、と慌ててその想像を打ち消す。縁起でもない連想だった。


 周囲を見回してひとつ息をつき、レフノールはもう一度遺体に視線を落とした。

 いささか恨みがましい視線だった。

 この先、レフノールにはおそらく、死者の手をも借りたくなるほどの忙しさが待っている。

 そんな運命を押し付けた分遣隊長と副長に、できるならば苦情のひとつも言いたいところだ。

 相手が死んでしまっていてはそれすら不可能で、つまりレフノールはそれが腹立たしいのだった。

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