第42話 親友の夢

 息が出来ずに気絶して、わたしは夢を見ていた。

 夢の中で、わたしは日本にいて、何処にでもいる普通の女子高生だった。自宅周辺の道から、高校へと景色が動いて行く。懐かしい。


(これは、夢だ。だって……)


 わたしは今、日本ではなくディスティーアにいる。もう戻らないかもしれないと覚悟した光景に、わたしは思わず手を伸ばしたくなった。

 いつの間にか、高校の教室にいる。夕焼けに照らされたオレンジ色の教室を見回して、誰かが椅子に座っていることに気付いた。姿を隠していたカーテンが風でふわりとなびき、その席に座る人が誰か教えてくれる。


「嘘。……冬香とうかちゃん?」

「元気そうだね、陽華」

「と、とうかちゃ……っ」


 夢の中なのに、涙が溢れて止まらない。泣いて動けなくなっていると、冬香ちゃんが席を立ってわたしの前までやって来た。そして、涙を拭ってくれる。


「陽華、そんなに泣き虫だったっけ? あのまま何処かに行っちゃって、心配してたんだよ。何処にいたって友だちだけど、そんなに泣くなら行かせない方が良かった?」

「そうじゃ、なくて。冬香ちゃんが背中を押してくれたから、わたしは今の選択をして後悔してない。でも、冬香ちゃんに会いたかった」

「……私も会いたかったよ、陽華」


 冬香ちゃんの手がわたしの後頭部に触れて、そのまま抱き寄せられる。暖かいと感じるのは、彼女が傍にいるからだろうか。

 しばらくそうしていたけれど、ようやく涙が止まったからわたしから離れる。そして、深呼吸をした。ずっと言いたかったことを、冬香ちゃんに言いたかったから。


「……冬香ちゃん、わたしと友だちでいてくれてありがとう」

「そうしたの、急に? 遠くに行って、感傷的になっちゃった?」

「そうかも。でも、わたしが行くって決意したのは、やっぱり冬香ちゃんと友だちになれたからだと思う。わたしに、生きる希望を教えてくれたから」

「大袈裟。それに、笑顔を増やしたのは陽華自身だよ。誰かを応援したい、推したいって思えたのは、実行出来たのは、陽華が心を誰かにわけたくなったから。……生きててくれて、ありがとう」


 冬香ちゃんと出会ったのは、わたしが人生に絶望を抱いていた頃だった。表面的ではない友人関係を結ぶことが出来て、推し活も教えてもらった。冬香ちゃんはわたしの力だって言うけれど、仮にわたしの力だったとしても、それに気付くきっかけをくれたのは冬香ちゃんだ。

 それからわたしは、異世界の話を少しだけした。天真さんと陸明さんと一緒にいると言ったら、冬香ちゃんは心底羨ましいと言いながら笑っていた。

 どれくらいの時間が経ったのかわからないけれど、窓の外の空が少しずつ夜へと染まっていく。それを見て、わたしは肩を竦めた。


「あー、言葉も時間も足らないや。これ夢なんだもんね」

「何言ってんだか。陽華はそっちでやるべきことがあるんでしょ? だったら、夢に囚われたら駄目。目覚めなくちゃ」

「でも、わたし多分気を失ってて……どうやって目覚めたら良いのかわからない」


 まだ、すべきことの途中だ。世界を救うために、リズカールの野望を阻止するために、国王を止めなくてはいけない。だけど、わたしは目覚め方を忘れてしまった。

 そんなわたしに、冬香ちゃんは「大丈夫だよ」と微笑む。彼女が上を指差し、その指が徐々にわたしの前へと降りて来る。何を指差しているのかと見れば、小さくて淡い赤色に輝く光の玉だ。

 光の玉の下にお椀を作る感じで両手を添えると、ふわりと浮き上がった。何故か懐かしくて愛しいという不思議な気持ちが湧いて来て、わたしは慌てて冬香ちゃんの方を向く。


「冬香ちゃん……」

「呼んでるんだよ、陽華のこと。だから、身をゆだねたら大丈夫」

「ゆだねる……」


 わたしは目を閉じて、光の玉を乗せた手のひらを自分に近付ける。すると唇に何か暖かいものが触れて、唐突に眠気に襲われた。だから、冬香ちゃんに何も挨拶が出来なかった。かすかに彼女の「頑張れ」という声が聞こえた気がしただけ。

 そのまま再び意識を失い、わたしは現実へと引き戻された。


 ☆☆☆


「――げほっげほっ」

「よかった、目を覚ましたな」

「陽華ちゃん、気分は?」


 何度も咳込み、涙目になる。目を覚ましたわたしの視界は、心配そうにわたしを見下ろす天真さんと陸明さんで満たされていた。


「天真さん……陸明さん……? あれ、わたし……」

「覚えていないか? リリファに首を絞められて、気絶したんだよ」

「あ……」


 天真さんに言われて、ようやく頭がはっきりしてくる。リリファに首を掴まれて気を失い、夢を見ていたんだ。


「思い出しました。……あの、今どうなっているんですか?」


 あまりにも周囲が静かだ。気を失う前まで、激しい戦闘が繰り広げられていたのに。わたしが首を傾げると、陸明さんが教えてくれる。


「ミリファとリリファを退散させたところ。これからリズカールの王、デリッサのもとへ行こうかというところだね」


 ミリファたちは天真さんと陸明さんが本気で魔力枯渇にまで追い込み、再起不能にしてリズカールに帰らせたらしい。辛うじて退散する魔力だけを残し、離脱したとか。


「でも、デリッサ王は何処にいるんですか……?」

「デリッサは、この更に奥だと聞いている。動けるかい、陽華ちゃん?」

「動けます。早く、止めないと」


 わたしが頷くと、天真さんと陸明さんも揃って頷いてくれた。

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