第41話 姉弟VS姉妹

 数え切れない程の矢が、地上に降り注ぐ。それらは実体を持たず、地面に突き刺さると同時に空気に溶ける。矢は全て、ミリファの魔法によって生み出されたもの。


「さあっ、まだまだいくんだから!」

「あっそう」


 ミリファが狙うのは、陸明さん。陸明さんは淡々と応じながら、強力な魔法を連射してミリファを撃ち落とそうとしている。けれど、ミリファは全く動じない。


「言ったでしょ? ここはアタシたちの世界なの。アンタたちがどれだけあがこうと、ただの時間稼ぎにしかならないのよぅ!」

「それを上回れば良いだけの話だ。……そうだろう、天真」


 矢の一本が陸明さんの頬をかすり、赤い血がにじむ。それを手の甲で拭い、陸明さんは太陽の杖をミリファに向けた。無詠唱で解き放たれた力がミリファの魔法と正面からぶつかり、爆発する。


「陸明、暴れてんな」

「貴方には余所見をしている暇なんてないですよ?」


 上品に微笑んだリリファの手には、彼女の身長よりも長い杖がある。リリファはそれをバトントワリングのように器用に操りながら、ランダムに氷の魔法を繰り出していた。

 それに対し、天真さんはそれらを躱し打ち払いながら、リリファの懐へ入る隙を作らせようと動いている。わたしという荷物を守りながら。


「て、天真さん! わたし自分のことは自分でなんとか守りますから」

「俺が陽華を守りたいだけだ。自己満に付き合わせるけど、好きにしてくれて良いぞ」

「そ……そういうのずるいと思います!」


 ペンライトを握り締め、わたしは抗議する。けれど、好きにして良いと言った彼の言葉は本当だった。わたしがペンライトを手に前へ出ても攻撃を仕掛けても何も言わず、むしろフォローしてくれるのだ。簡単にリリファにわたしの魔法が届きはしないけれど、フォローに全く嫌味がないから怒るに怒れないでいる。

 抗議してみても、天真さんには「ずるいって何だよ」と言われてしまう。そんなの、言葉に出せるわけないじゃないか。

 言い合いながらも、天真さんはリリファへの攻撃の手を止めない。鋭い剣筋がリリファの正面を襲うけれど、彼女は何故か全て躱してしまう。相当な手練れだ。


「……いちゃつくなら他所でやってくれませんか?」

「いちゃついてなんか……」


 わたしと天真さんは、そういう関係性じゃない。そう言って否定しようとしたけれど、自分の言葉が心をえぐってくる。ツキンという胸の痛みに顔を歪めてしまったけれど、それを呑み込まなくては。今すべきことは、それではない。


「……わたしたちは、貴女たちを止める。絶対に、種を手に入れさせない」

「……ふうん、それのこと知っているんですね」

「そう言うということは、正解ということですか?」


 精一杯の虚勢を張る。本当はここから逃げ出したいほど怖いけれど、逃げるなんてしたくない。一つでも多くの情報を引き出し、ダメージを与えなければ。そんな思いで、わたしはただ必死に己をバリアで守っていた。

 わたしの問に対し、リリファは少し考える仕草をする。長く美しい指を顎にあて、微笑む。


「おっしゃる通り、我らが王は、世界創造の種を手に入れて新たな世界を創造されます。この世界はもう使い物にならないでしょうから、土台には別の世界を使う予定ですわ」

「別の、世界……?」


 嫌な予感がする。外れてくれと願うわたしの耳に、想定通りの答えが滑り込む。


「推官、貴女の元いた世界です。創り変えれば、環境問題も何もかも一発で解決しますわ」

「そんなこと、そんなことさせない!」


 ペンライトからまばゆい光線が弾き出され、リリファを襲う。けれど彼女は、踊るように華麗に躱した。だからわたしは、少しだけペンライトを傾ける。


 ――ジュッ。


「――っ!」


 リリファが自分の右の二の腕を押さえる。それを見て、わたしは目論見が果たされたことを知った。


「あたった……」

「使い方が上手くなってきたな、陽華」


 わたしの放った光線が、リリファの二の腕にあたったのだ。それはこの戦いにおいて初めてのことだったから、気持ちを落ち着けるのに少しだけ時間がかかった。

 だから、リリファに首を掴まれそのまま地面に押し付けられてもすぐには何も出来ないでいた。


「――あぐっ!?」

「何で……何であんたなんかが……っ」

「リリファ……?」


 リリファの瞳は、美しい薄紫色。今はそれが涙で歪んで、険しく殺気立っている。

 わたしは物理的な苦しさと共に、疑問が胸の中に膨らんでいた。どうして、リリファは泣いているのか。


「何で、私ではないの!?」

「苦し……っ。やめ……」


 疑問はすぐに霧散した。考えている余裕なんてなくて、苦しくて辛くて、わたしは何とかしてリリファの手を外させようと必死になる。


「リリファ、陽華を離せ!」

「邪魔しないで!」


 天真さんがわたしを助けようと駆け寄ってくれるけれど、リリファの魔法が爆発して近付けない。


「てん、まさ……っ」

「陽華、必ず助けるから」


 自由に息も出来ないけれど、わたしはなんとか天真さんの方へ手を伸ばす。視界が白くかすむのは、喉を押さえられているから。


「てんま……さ……」

「陽華! ――っくそ! リリファ、そこをどけ!」


 天真さんが激しい剣撃を叩き込むけれど、リリファが耐えて決定打にならない。「陽華」と名前を呼ぶその声に応えたくて、わたしは精一杯手を伸ばす。


「あれは……」


 そんなわたしたちを目撃したのが、少し離れたところで戦っていた陸明さんだ。


「陽華ちゃん!?」

「ちょっとぉ、アタシのこと見なさいよ!」

「うっさい。どけ! ――『遠雷』!」

「くっ……」


 ドンッと何かが爆発した音が耳朶を叩く。それが陸明さんの魔法だということは、後で知ることになるんだけれど。

 わたしと同じく、天真さんもその爆発音を聞いていた。だから、改めて魔力を込めて剣を振るう。


「どけ、リリファ! ――『蒼燕返そうえんがえし』!」

「きゃっ」


 強力なバリアで天真さんの攻撃を防いでいたリリファのそれが、バリンッと音をたてて割れ散る。暴風に晒されバランスを崩したリリファは、煽られわたしから手を離した。


「――っ」


 その時、リリファが足掻いた。わたしの首を離さんとして、一瞬だけれど潰す勢いで掴んだんだ。


(これ……やばいかも)


 意識を保っていられず、わたしはそれを手放す。


「陽華!」


 必死にわたしに向かって手を伸ばす天真さんが見えた気がしたけれど、もうわからない。

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