第40話 決して交わらない
壁の向こうは、異様な世界だった。壁はただ透明で侵入者を一部に絞っているだけではなく、外からは空間そのものを隠していた。
より暗く怪しい色の空、不自然に曲がった岩、そして生き物の気配を感じない場所。わたしはぶるっと身を震わせて、思わず天真さんの服の裾を指で摘まんでいた。自分でその行動に気付き、慌てて手を引っ込める。
「ご、ごめんなさい」
「いや……。嫌だと思ってはいないから、謝らなくて良い。それに、この光景を見たら誰だって怖いだろ」
「……はい」
「そうだね。生き物の気配が、まるでない。というか、何かの存在する気配が、かな」
陸明さんは軽く息をつくと、何もない正面の空間に向かって呼び掛けた。
「いるんだろう? この状況を望むお前たちが。ミリファ、リリファ」
「……はぁ。リクアには隠せないか。今世紀最強のアイドル様だもんね」
「そうですね、姉様。御三方、よくお越し下さいました」
不意に現れたのは、ミリファとリリファ。穏やかに聞こえる会話だけれど、二人の手に握られているのは弓矢と杖。どう見ても、戦う気万全だ。
わたしたちも、各々の武器を携えて油断せずに向かい合う。わたしはペンライトを握り締めて、真っ直ぐにミリファとリリファを見つめた。
突然襲われた前回、わたしはミリファとしか会っていない。リリファは清楚なお嬢様といった雰囲気で、武器を扱い戦う戦士には見えなかった。けれど、あのミリファの妹だ。かなりの実力者と見るべきだよね。
「こんなところに誘い込んで、何が目的だ?」
「ここは、アタシたちの創り出した未来の世界。というか、未来に繋がる一地点。この外側の時間が止まっているのは知ってるわよね?」
クスクスと笑いながら、ミリファは続ける。
「あの空間の時間が動き出した時、更に外……つまりあんたたちが生きてた世界は呑み込まれて終わりを迎えるのぉ」
「私たちにも、時が必要です。この空間を完璧に構築し、世界全てを呑み込ませる為に。けれど、その時間の間にあなた方に邪魔されては敵いません」
「……つまり、時間稼ぎということか」
天真さんの答えに、ミリファが「せいかーいっ」と手を叩く。可愛らしい見た目と声に反し、その表情は全く可愛くない。瘴気すら感じるのは、きっと気の所為じゃない。
「私たちの王が、最後の仕上げに取りかかっております。その邪魔を、あなた方にして頂くわけにはまいりません」
「……貴女たちも、消えてしまうのではないの? それでも、王様に何故協力するんですか!?」
わたしは、黙っていられなかった。わからないから。ただ主君という関係を理由にして、この世界を滅ぼすことに手を貸す二人がわからない。自分だけでなく、姉妹も他の大切な誰かも消えてしまう、二度と会えなくなるのに、どうして。
もしかしたら、わたしは何か理由を問いたかったわけではないのかもしれない。ある意味で、時間稼ぎだったのかも。ミリファとリリファは顔を見合わせ、淡々と応じたのだから。
「アタシたちは、実の親に捨てられた」
「幼すぎて、親の顔など覚えてはいません」
「……!」
短い言葉で無感情に告げられるミリファとリリファの過去に、わたしたちは言葉を失った。
「でもぉ、王が拾って育ててくださった」
「私たちの魔力が強かったからかもしれませんが、私たちを慈しみ、育ててくださったのは私たちの国の王です」
「その恩に報いたい、そう思うのはおかしなことなのかなぁ?」
「……っ」
おかしくなんかない。育ててくれた親が実の親でなかったとしても、家族の形は定まったものがあるわけではないから。
でも、とわたしは思う。だからって、間違いを間違いと言わないことが愛だとは思えなかった。
「……大切な親だとしても」
大丈夫、わたしには天真さんと陸明さんがいてくれる。深呼吸すると、二人が背中を軽くたたいた。それに文字通り背中を押されて、わたしは思いを言葉にする。
「ううん。大切だからこそ、間違っている時はそれを指摘してあげるべきだったよ。指摘を受け入れて間違いを正せる……本当に大切なら、それが出来るってわたしは思うよ」
「残念だけど、アタシたちは間違ってるとは思わないの。王が望む世界が果たされるのなら、こんな世界は無くなっても構わないから」
「そんな……」
交わらない。交わろうともしない。主張はぶつかることもなく、ただ真っ直ぐに進むだけ。
ぐらり、と視界が揺れた気がした。実際わたしは目眩を起こしていたみたいで、後ろから天真さんが支えてくれた。
「天真さん……」
「気をしっかり持て。俺たち三人で、リズカールを止めるんだろう?」
「……止めます、絶対に」
「よく言った」
天真さんは、わたしのわたしの頭を撫でて、柔らかく微笑んでくれる。だから、心が震えてしまう。
「ミリファ、リリファ。その王様は今何処に?」
わたしを横から抱き締めて、陸明さんがミリファたちに尋ねた。すると彼女たちは、顔を見合わせくすくす嗤う。
「言うと思った? 前回、アタシたちに完敗したのに?」
「二人になろうと三人になろうと、私たちの前には虫けら同然ですわ」
「……さあ、どうだろうね?」
その陸明さんの言葉が、開戦の合図となった。
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