魔物の巣窟

第39話 一つのお別れ

 瘴気の中を進むことは、かなり辛い。常に高山の上を走っている感じに近いのかな。息苦しくて目眩がするけれど、立ち止まるわけにはいかない。


「……こほっ」

「苦しいよな、陽華。止まるか?」

「いいえ。止まらずに、行きましょう。……くっ」


 頭上で、ガキンッという金属音が響く。見上げなくてもわかる。今、天真さんが魔物を倒したんだ。

 サラサラと落ちる途中で消える黒いものに視界を遮られたけれど、わたしは目を伏せない。真っ直ぐにわたしに向かってきたヘビの魔物に対して、ペンライトを向けた。


「いっけぇ!」


 ――バシュッ。


 ヘビの胴体が二つに裂かれ、消える。ホッとする間もなく、わたしたちは絶えず向かって来る魔物に向き合った。


「陽華も戦いが様になってきたな」

「応援するための道具で攻撃するのは、少し気が引けるんですけどね」


 本来、ペンライトもロゼットも何かを傷つけるものではない。何かを大好きになって、応援するためのもの。これも、アイドルである天真さんと陸明さんを支援するという意味では、まだ意味を保っているのかもしれない。


「でも、世界がないと推し活も出来ませんから。世界があって、天真さんと陸明さんたちがいて、ようやく推し活が可能になるんですっ」


 再びペンライトを向けた先には、犬の魔物の姿。天真さんに飛びかかったそれに向かって魔法を放てば、耳を弾き飛ばした。つまり、倒してはいない。


「しまった」

「任せろ」


 手負いの魔物は、激しく攻撃して来る可能性がある。一度で仕留められなかったことで、魔物はわたしではなく後ろの天真さんに標的を切り替えた。しかもその時天真さんは別の魔物を相手にしていたから、わたしがもう一度やらなくちゃ。

 そう思ったのに、天真さんは冷静だった。落ち着いた声が耳朶に届いて、次いで風が駆け抜ける。

 風の正体が剣撃だとわかったのは、その数秒後のこと。


「あ……」

「俺も陸明も、そう簡単には後れを取らない。と思っているけれど、それが慢心になることもある。……だから、助かる」

「少しでも、お二人の役に立てているになら、嬉しいです」


 本当は、自分の前に現れた魔物は自分の手で倒したかった。けれど、天真さんの手を煩わせたことが悔しい。


「……もっと、たくさん頑張らないと。足手まといにならないように」

「陽華はいつもそう言ってくれるよな。……だから、俺たちももっと頑張ろうって思えるんだよ」

「……天真さん?」


 陸明さんが、少し先で新たな魔物を倒した。その光景を見ながら独り言ちたけれど、天真さんが拾ってくれる。彼の言葉の意味を知りたくて、わたしは思わず聞き返した。


「何でもない。さあ、また来るぞ」

「――はい」


 ホッキョクグマみたいに巨大な魔物が、わたしたちに飛びかかる。その体毛が針のように飛んできて、わたしはペンライトの光を切り替えて防御した。この精度も上がってきて、今では自分だけでなく天真さんとアオも一緒に守れるようになった。

 ただし、こちらの攻撃は貫通する。


「アオを任せる」


 そう言うと、天真さんはアオの背を蹴った。高く飛び上がって、魔物を斬り裂く。

 任されたアオの手綱を握るけれど、アオの方が戦闘慣れしている。大人しく、落ちて来る天真さんを受け止める場所へと移動した。


「流石アオだな」


 とっと音もなくアオの背中に着地した天真さんは、そう言ってアオの背を撫でた。主の言葉に応じたのか、アオは「フンッ」と鼻を鳴らす。

 十分、音もなく着地する天真さんも凄い。後から聞いたけれど、魔法で着地の勢いを最大限殺したらしい。


「天真さん、流石ですね」

「ありがとう。もうすぐだ」

「はい」


 わたしにもわかる。もう少しで、たどり着くべきところにたどり着く。

 気を引き締め直したその時、先を行っていた陸明さんがわたしたちを待っているのが見えた。


「陸明さん」

「陸明、どうした?」

「陽華ちゃん、天真。これを見てくれ」


 そう言うと、陸明さんは何もない空間に手のひらをあてる。すると、空中にもかかわらず手のひらが何かに触れてそれ以上進めない。


「壁があるんですか?」

「魔法で作られた壁だね。これはボクだけなら通れるんだ。こうやって……」


 陸明さんが手を下ろして一歩踏み出すと、見えない壁を簡単に通り抜ける。一度こちら側に戻って来て、陸明さんは今度はアカに乗って通ろうとした。しかし、アカの鼻先が何かにぶつかって通り抜けられない。

 それを見ていた天真さんが、「そうか」と頷いた。


「ここから先は、身一つで来いっていうことだな。危険はあるけど、目的地が近いっていうことでもある」

「そうだね。アカとアオは、ここでお別れだ。魔物たちはほぼ倒したはずだけど、新たに生まれない保証はない。二頭共、守りの魔法をかけておくから、必ず城に戻るんだよ」


 アカとアオはブルルッと鼻を鳴らし首を振ると、踵を返して走り出す。彼らは賢く、帰り道をきちんと覚えているらしい。


(また会おうね、気を付けて帰るんだよ)


 わたしは祈るような思いを残し、天真さんと陸明さんと共に、相手の策に乗るつもりで壁の向こうへ入り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る