第37話 魔物の出現
――今回のオーロラは、規模がこれまでと桁違いだ。扉を使って正面突破も考えたが、見たところ既に瘴気が満ちて周囲に他の怪しい気配もある。申し訳ないが、陸路で頼む。
そんなオーウェル様の嘆願のような命令の翌日、わたしたち三人は王都を離れて東へ向かっていた。
「扉は便利ではあるけど、目的地がオーロラの出現地中央のみっていうのは、こういう時に融通が利かないな」
「今までは、小規模で済んでいたっていうことだろう。今回はその周囲のことも任せられたから、外から攻めていく方が良い」
天真さんのぼやきを、陸明さんが苦笑いで諭す。
東へ向かうわたしたちの移動手段は、徒歩ではない。わたしは生まれて初めて、馬に乗って走っている。
(しょ、衝撃とスピードが凄いっ。舌噛みそう)
わたしの乗る馬は、なんと天真さんと一緒。彼のまたがるすぐ前に座っているのだけれど、ぴったりとくっついた天真さんにドキドキする暇はない。馬から振り落とされないようにするのに必死だ。
「車とかあればよかったんだが……。あんまり変な力を入れ過ぎるなよ、陽華」
「む、無理です」
「……振り落とすことはないから、大丈夫だ」
そう言って、天真さんが「今だけごめん」と一言断る。何を謝っているのかと思う間もなく、彼の腕がわたしのお腹に回された。
「!?」
「後ろから支えてるから、少し力抜け。目的地に着く前に疲れてしまうだろ」
「あっ……はい」
「……天真、たぶん逆効果だよ? 面白いけどさ」
陸明さんが何か言ったみたいだけれど、わたしには聞こえなかった。何故なら、天真さんとの密着度が増したから。これ以上ないんじゃないかな、わたしは別の意味で危ないと思う。とりあえず、お腹ぷよぷよにはなってない……はず。
「オーロラの地点には、夕方には着く。少し辛抱してくれ」
「だ、大丈夫です」
意識を前へと向け、天真さんとくっついていることを意識しないようにする。そんなことは到底無理なんだけれど、意識して視線を上げたことで、見えてくるものはあった。
「この先に、怪しい気配が幾つもありますね」
「わかるか。間隔の空き方はバラバラだが、たぶんあれは……」
「魔物の類だ。瘴気に引き寄せられたか、瘴気から生まれたかはわからないけどね」
「……はい」
そうだ、今は仕事中だ。どうしても心臓のドキドキの速さは増すばかりだけれど、わたしは前を向く。数時間乗っていて、少しは馬に慣れてきたはず。
わたしたちが目指す先にある空は、変わらず怪しい雲とオーロラが渦巻いている。
やがてわたしたちは、瘴気の気配が更に濃くなっているエリアに突入した。少し頭痛がするのは、乗馬で酔っているだけが理由ではないだろう。
そして、その時は唐突にやって来た。
「……第一弾か」
「あれが、魔物?」
「みたいだね」
馬が走るその先に、黒い塊が浮かんでいる。それは
「小さな猫みたいですね」
「だけど、油断は禁物だ。……飛ばすよ」
陸明さんの合図を受け、二頭の馬が足を速める。
馬たちは、何時間も走っているとは思えないほど足取りが軽い。それは、出発前に馬に魔法をかけているから。足の運びを補助する魔法のお蔭で、普段の何倍もの距離を全力疾走しても半分以下の疲労感しか感じないのだとか。
その馬たちは、瘴気や魔物を怖がるそぶりを見せない。真っ直ぐに魔物へ向かって走る馬の上で、陸明さんが立ち上がった。
「えっ! 陸明さ……」
「大丈夫。姉貴を信じろ」
思わず身を乗り出しかけたわたしを、天真さんが後ろから支えてくれる。密着度合いが更に増して、耳元で天真さんの声が聞こえた。息が耳朶に触れて、わたしは思わず悲鳴を噛み殺す。今は、推しとの接近に興奮している時ではないから。
わたしたちの前を走る馬の背に、陸明さんは危なげなく真っ直ぐ立った。それだけでも驚きなのに、彼女はそのまま杖を出現させる。
「さあ、お前たちの狙いはボクらだろう? 仕留めてあげるからかかって来な!」
陸明さんに煽られたのか、猫の形をした魔物はその深紅の瞳を閃かせた。しなやかな足で空中を蹴ると、鋭い黒い牙の生えた口を開け、陸明さんが乗る馬の首を
けれど、魔物の思惑は潰えた。
「……『雷神の槍』。ボクの馬の首を搔こうなんて数万年早い」
魔物は自分の首を電気を帯びた細い槍に貫かれ、地面に串刺しにされた。一瞬の出来事が目の前で起こり、わたしは目を丸くすることしか出来ない。
けれど、こうしている間にも馬たちは全身を続ける。天真さんと陸明さんは、交代交代で現れる魔物を倒していく作戦を取っていた。
「次は俺だな。……陽華」
「へ? ――きゃっ」
わたしの体が天真さんに引き寄せられ、不可抗力で上を見上げる。すると丁度猛スピードでこちらにむかって落ちて来るツバメのような魔物と目が合った。
ツバメはその嘴を閉じ、突き刺そうとスピードを上げる。でもわたしを貫く前に、天真さんが真っ二つに斬り捨てた。
その鮮やかな手並みに見惚れていたのだけれど、後ろから聞こえて来た想定外の言葉に現実へと引き戻される。
「……頼むから、かわいい悲鳴上げないでくれ」
「かっ!?」
かわいいなんて、不意打ちで言わないで。男性への免疫なんてないんだから、勘違いしてしまいそうになる。わたしは、自分の顔が真っ赤になっている自覚があった。
「か、かか、かわいいなんて……そんなことないです。わたしよりもっと可愛い人、たくさんい……」
「俺にとって、可愛いと思うのは……きみだけだ」
「――えっ?」
折角褒められたのだから、そのまま「ありがとうございます」と応じれば良いのに。こういう卑屈になってしまうところが良くないのだと思っていたわたしは、耳元で意図的に囁かれた言葉の意味を掴み損ねてしまう。どういう意味ですか。そう尋ねればよかったのに、現状がそれを許さない。
――ザンッ。
「これで、四体か」
狐の形をした魔物を斬り伏せ、天真さんが呟く。既に少し先では、陸明さんが次の魔物と戦闘を開始していた。
(言葉の意味、聞きそびれたな)
ここはもう、適地だと考えるべきだろう。魔物の出現する間隔が狭まっていることを感じながら、わたしは一度気持ちを切り替えた。
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