第36話 特訓

 魔法の基礎は学んできた。座学は勿論、実技も天真さんたちに手伝ってもらいながら何度か。けれど、まだまだ経験が足りない。


「そこで切り替え!」

「――っ、はい!」


 ゴッと音をたて、陸明さんの持つ杖から炎が放射される。それから身を守るため、わたしは天真さんの指示でバリアを創り出した。

 パキンと結晶化したような音がして、わたしを炎から守る壁が構築される。内側からは外の様子が丸わかりで、壁を伝って炎が分散していくのがわかった。


「凄い……」

「気を抜かないで、斬られるよ!」

「はいっ」


 陸明さんの言う通り、バリアが上から真っ二つに斬り払われる。斬った天真さんの剣がわたし目掛けて真っすぐ降りてきて、わたしは咄嗟にペンライトを向けた。それは防御の青から攻撃の赤へ色が切り替わっており、天真さんの剣を何とか受け止める。


「くっ……」

「良い反応だ。次は俺を攻撃してみてくれ」

「はい!」


 天真さんの指示に従い、わたしはペンライトの先を彼に向ける。そして、巻き起こる風をイメージして息を吸い込む。


「行きます! ――『疾風はやて』!」


 グオッと音をたて、ペンライトから風が巻き起こる。それは局所的な竜巻のように激しく渦を巻き、天真さんへと襲い掛かった。


「いいね、やるじゃん」


 風に煽られながら、天真さんは笑った。それでも余裕を見せているのは、わたしの魔法が安定しないから。自分の魔法の反動に耐えるのに必死で、それどころじゃない。


「あっ」


 ずるっと足が滑る。それを皮切りに、わたしは尻もちをついてしまった。その拍子にペンライトを離してしまって、魔法が消える。慌てて地面に落ちる前にキャッチしたけれど。


「陽華ちゃん。怪我はない?」

「見事にこけたな。大丈夫か?」

「ありがとうございます。陸明さん、天真さん。耐え切れませんでした。もっと鍛えないといけないですね」


 キャッチしたペンライトはもう光っておらず、スイッチを押すと普通のペンライトとして機能した。体力と魔力の増強も課題だな。


「けど、のんびりしている暇はないですもんね。出来る限り、頭に入れて体に覚えさせないと」

「無理しなくて良いよ……って言えれば良いんだけどね」


 わたしに手を差し出し立たせてくれた陸明さんは、そう言って肩を竦める。

 陸明さんの言う通り、ここ一か月ほどで事態は進んでいた。学園都市でのオーロラ出現を皮切りに、各地でオーロラが現れたという報告が上がっている。その度に、天真さんと陸明さん、そしてわたしは各地を訪れオーロラを消してきた。


(実戦経験も増えて来たけれど、まだまだお二人の足手まとい。もっと、もっと役に立ちたい)


 オーロラの強さは時によって違う。数日前に王都の郊外で出現したオーロラは、わたしにも攻撃の手を伸ばしてきた。何とかわたしも魔法で応戦し、お二人の尽力で勝つことは出来たんだけれど、こういうことは今後もっと増えていくだろう。


「お二人がサポートして下さいますから、平気です。必ずいつか、リズカールの野望を打ち砕きましょう」

「頼もしいな、陽華。ありがとう」


 天真さんの大きな手が、わたしの頭を撫でる。暖かくて優しくて、嬉しい気持ちと共に胸の奥がきゅっと締め付けられる気がする。……駄目、気付いてはいけない。

 わたしはゆっくり深呼吸して、気持ちを落ち着けてから顔を上げようとした。

 けれど気持ちが落ち着くよりも先に、陸明さんの緊張した声が耳に届く。


「……何だ、あれ」

「えっ?」

「あんな巨大なオーロラ、今まで見たことないな」

「……あれ、オーロラなんですか?」


 尻もちをついた痛みなんて、忘れてしまった。息を呑み、遠くに見える大きなどす黒い渦を見つめることしか出来ない。

 渦を巻くそれは、周囲の空の青を取り込んでいるように見える。天真さんがあれをオーロラだというのならば、全ての色を混ぜて飲み込んでしまったかのような禍々しさが感じられた。

 遠くにあるそのオーロラを見ていると、気持ちの奥底がざわざわと落ち着かなくなる。わたしはぶるっと身を震わせた。

 その時、誰かの足音が聞こえた。わたしたち三人が振り返ると、一人の男性がこちらに向かって歩いて来るところだ。


「――ここにおられましたか、三人共」

「貴方は、オーウェル様の側近の」

「はい。レント、でございます」


 わずかに表情を緩ませた壮年の男性は、オーウェル様の側近であるレントさん。主に政務の事務方を担当する人で、あまり表に出ないと前に聞いたことがある。黒縁眼鏡が、レントさんの真面目そうな雰囲気をより強化しているように見えた。

 レントさんに向かって、天真さんが首を捻る。


「それで、何か用ですか?」

「ええ。ご覧の通りで、王がお呼びです」

「……わかりました。すぐに行きます」


 天真さんの返事を聞いて、レントさんは一つ頷くと城の方へと戻って行った。それを見送り、陸明さんが「仕方がない」と持っていた杖を消す。いつも持ち歩くわけにはいかないから、と普段は消しているそう。


「今日の特訓はここまでだね。あれに関することなら、オーウェル様のところに行かないわけにはいかない」

「そうですね。……あれは、あのオーロラがあるのは、どのあたりでしょうか?」

「東の方角だな。リズカールが新たな動きを始めたのかもしれない」


 わたしたちは闘技場を簡単に片付け、急いでオーウェル様のもとへ向かった。

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