広がる不安

第35話 プレゼント

 学園都市の異変から一か月ほどが経過した。

 その間に、わたしはオーウェル様につけてもらった家庭教師のもとで、毎朝勉学に励んでいたの。最初は文字が一文字も読めなかったから、子どもが文字を学ぶ時に使う絵本を読むことからのスタート。

 絵本は文字情報だけではなく、絵からも物語の内容を読み取ることが出来る。半月経つ頃には、天真さんたちにも助けてもらいながら短い小説を読めるまでに成長した。

 まだまだ学びは続く。そして午後は、天真さんたちと戦う練習をしたり仕事をお手伝いしたりして過ごす。この前貰ったペンライトを使いこなせるよう、練習あるのみ。


「――じゃあ、行くか」

「はい」


 そんなある日、わたしはあることを思い付いて天真さんたちに相談した。二人の了承を得て、その翌日にロゼット作りの材料集めへと城下に出掛ける。今回は、天真さんがわたしについて来てくれることになった。


「前の時は、陸明だったな」

「そうですね。天真さんは、クレーターを見に行って……大怪我をして帰ってきましたね」

「……ああ。幸い、怪我はもうほとんど治った。もう二度と、遅れは取らない」

「今日は、同じお仕事に陸明さんが行っているんですよね。何事もなく、帰って来て欲しいです」

「流石にあいつらも、同じことはしないだろ。……それより、本当にあいつらのためにもロゼットを作るのか?」


 少しだけすねたように聞こえたのは、きっとわたしの願望。そうだったらいいななんて、大分烏滸おこがましいかな。

 天真さんの言う「あいつら」とは、ミーゼ王国のアイドルであるカムイくんとユキヤさんのこと。わたしは、彼らにプレゼントするロゼットを作ろうと思い立ったんだ。


「他国の推官であるわたしの作るものに効果があるのかはわかりませんが、目的を同じくする仲間ですから。何か、力になりたいんです」

「……なら、こういうのはどうだ?」


 天真さんが手に取ったのは、とある店先にあったキーホルダー。組み紐と玉を組み合わせたデザインで、シンプルだけど工夫のし甲斐がありそう。


「良いですね! この紐の部分を、持ってるリボンに変えてみるのも面白いかもしれません。細いのもあるから、組み合わせるのもありかな」

「陽華のアイデアでやってみろよ。……ロゼットは、俺たちだけにして欲しいしな」

「何か言いましたか?」


 アイデアが色々と降ってきて、天真さんの言葉を最後まで聞いていなかった気がする。わたしが振り返ると、天真さんは何故か苦笑して首を横に振った。


「何でもない。ほら、次行くぞ」

「はい」


 天真さんの後を追い、移動する。横に並んで見上げると、何故か彼の耳が赤いような気がした。


 ☆☆☆


 天真さんとの買い物から数日後、わたしは制作したものを持って中庭へ向かった。今日はそこで、戦い方の応用を学ぶ予定になっていたから。


(勉強が押しちゃったし、急がないと)


 午前中は、この世界の魔法の歴史を学ぶ最初の回だった。その始まりは未だ不明ながら、全ての人が何かしらの魔力を持つという。それはおそらく他の世界から来たわたしも例外ではない、と先生は笑った。

 集合場所である闘技場に近付くと、バンバンッという音が聞こえて来る。どうやら、お二人がもう鍛錬を始めているみたい。


「……っていう……で」

「そろ……になって……」

「……いう問題……」


 戦う音と共に、二人の話し声も聞こえて来る。戦闘音が重なるから、近付いてもはっきりと全部聞き取ることは難しい。

 闘技場の目の前まで来たけれど、天真さんと陸明さんは戦いに夢中でわたしには気付かない。

 剣術中心の天真さんと、魔法中心の陸明さん。戦い方は全く違うけれど、ちゃんと噛み合っている。


「だから、妬いてたんだろ? カムイたちに」

「別に、そういうわけじゃない!」


 叫ぶと同時に、天真さんの剣が唸りを上げる。鋭い斬撃が放たれ、それを陸明さんの魔法が弾く。弾かれた斬撃が天真さんの方へと飛んで行き、彼は真正面から自分の技を斬り伏せた。

 見事な連携だと見惚れてしまう。

 しかしわたしが来るまでにかなり激しい鍛錬をしたみたい。肩で息をする天真さんが眉間にしわを寄せているのを見て、陸明さんはふっと淡く微笑んだ。


「やれやれ、我が弟は素直じゃないね。……おや」

「素直だとかそういう問題じゃないだろ。俺はカムイたちに……うわっ!?」

「――え?」


 二人の視線を同時に浴びて、わたしは思わずきょとんと首を傾げた。


「お、お二人共どうなさったんですか?」

「いやぁ、気付かなくてごめんね。つい夢中になってて」


 朗らかに笑ってそう言った陸明さんは、次いでわたしが手に持っていた紙袋に興味を示した。


「それ、何か入っているみたいだね?」

「そうなんです。この前言った、ミーゼの二人へのプレゼントが完成したんです!」


 見て下さい。そう言って、わたしは紙袋から二つのキーホルダーを取り出した。二つ共透明な袋に入れ、ラッピングもしている。

 一つは、黄色い珠を緑のリボンと黒い組紐で包み編み込んだもの。もう一つは、水色の珠を同様にしたもの。前者がカムイくん、後者がユキヤさん用。

 差し出した組紐キーホルダーをじっと観察する陸明さんは、やがてわたしにそれらを返してくれた。それから、自分の隣で何となく渋面を作っている天真さんを見る。


「良く出来ているよ、あれは。戦闘のサポートになりそうな陽華ちゃんの魔力も十分に備わっているようだ。……なあ、天真?」

「ああ。こうやって作り上げてしまうなんて、流石は陽華だな」


 天真さんにも褒めてもらえて、わたしは凄く嬉しさを感じた。けれど同時に、わずかに天真さんの表情に影があるような気がする。


「褒めて頂けて、とても嬉しいです。でも……何かわたしに至らないことがあったら、教えて下さいね?」

「何で、そんなこと……」

「天真さんの顔、少し暗かったので。気のせいならそれで」


 わたしが言うと、天真さんがわずかに頬を赤らめた。


「……陽華のせいじゃない。それに、あいつらも貰ったら嬉しいと思う。サプライズってことで」

「そうだな。次会う時、渡してやると良いだろな」

「わかりました」


 ロゼットの代わりに作ったキーホルダーは、次回カムイくんたちに会う時に渡す。けれどしばらく会わないとなると、どうしようか。

 悩むわたしに、陸明さんが教えてくれた。


「来週、ミーゼに行くことになっているんだ。その時、君も一緒に来てプレゼントすれば良い」

「そうなんですね。では、是非」

「決まりだね」


 プレゼントをいつ渡すかは決められた。本題に入らなければ。

 わたしはトートバッグの中にキーホルダーを入れ、代わりにペンライトを一本取り出した。


「準備は万端です。始めましょう」


 わたしがぐっとペンライトを握る手に力を籠めると、天真さんと陸明さんは頷いてくれた。これから、わたしの特訓が始まる。

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