第34話 学園長
学園長を務める女性は、ファーチルと名乗った。ふくよかな体つきの彼女は、朗らかな中にも強い芯を感じさせる大人の女性に感じられた。
「ようこそ、いらっしゃい。そして、オーロラを消してくれたことに心から感謝します」
「お久し振りですね、ファーチル学園長」
「お元気そうで何よりです」
どうやら、陸明さんも天真さんも学園長と知り合いみたい。話を聞いてみると、二人共この学園の卒業生なんだそう。
「あ、名乗っていませんでした! わたしは、お二人にお世話になってます、陽華と申します」
「ご丁寧に、ありがとう。陽華さん。陽華さんは、推官としてこの世界にいらっしゃったのよね?」
「はい」
頷くと、ファーチル学園長は「そう」と一つ頷いた。わたしより頭一つ分背の高い学園長は、少し屈んでわたしと目を合わせてくれる。先生なんだな、と実感した。
「別の世界に来るなんて、並大抵の覚悟ではないでしょう。これからも大変だと思いますが、彼らが一緒ならきっと大丈夫よ」
「はい。そう信じています」
わたしが頷くと、ファーチル学園長も満足そうに微笑んだ。
「先程報告を受けたのだけれど、学園内に被害はなし。貴方たちが全て対応してくれたのでしょう。怪我はない?」
「幸い、ボクも天真もありません。陽華のお蔭ですね」
「わ、わたしは何も……ロゼットを作っただけです。力いっぱい」
「それがなければ、危なかったよ。だから、陽華も一緒に戦ってくれていた」
真っ直ぐに認められて、わたしの心が跳ねる。冬香ちゃんもそうだけれど、何でこうも嬉しい褒め方をされるのだろう。
「……ありがとう、ございます」
「うん」
「ああ」
ぺこりと頭を下げると、二人の優しい返事が返ってきた。それがまた嬉しくて、はにかんでしまう。
わたしたちを見守っていたファーチル学園長が、ふと「そういえば」と口を開いた。
「さっき言っていた『ロゼット』って何なの?」
「これですよ、学園長」
嬉々としてロゼットを見せたのは、陸明さんだ。彼女の腰のベルトに紐を通されたロゼットは、照明でキラキラ輝いている。
「細工が細かくて、綺麗ね。これをあの
ファーチル学園長はまじまじとロゼットを観察して、顔を上げた。陸明さんが頷くと、目をキラキラとさせてわたしの方を見る。
「貴女、とても素敵なものを作る手を持っているのね! 素晴らしいわ」
「元の世界にいた時からの趣味なので……」
手放しで褒められると、やっぱりむず痒い。照れ笑いを浮かべながら応じたわたしに、学園長は大きく頷いた。
「趣味であれ仕事であれ、貴女がこれを一生懸命心を籠めて作ったということをひしひしと感じられる二つとない作品よ。……あら、陸明が持っているのなら、貴方も持っているのではない? 天真」
「……ありますよ。ここに」
目ざとい学園長に呆れながら、天真さんが陸明さんと同じようにつけているロゼットを見せた。
激しい戦闘の後だけれど、宝石が傷付いたりリボンがほつれたりしている様子はない。糸で縫い付けて、接着剤で補強したからかな。
学園長は天真さんのロゼットも食い入るように見つめて、わたしのことを振り返る。
「この二つのロゼットから、強力な魔力の波動を感じるわ。二人の魔力とはまた違うけれど、見事に共鳴して違和感がほとんどない。……以前国王がおっしゃっていた発見というのがこれだったのね」
「流石学園長。おっしゃる通り、発見された宝石がこれで、ボクらに贈られました。陽華ちゃんのお蔭で宝石の力を使えるようになりましたから、これからはボクたちがこの石と友だちになって力を引き出していく番ですね」
「だな。……必ず、リズカールの企てを止めてみせる」
改めて決意を口にする天真さんに、陸明さんが頷き同意する。
それからわたしたちは少し話をして、ファーチル学園長に挨拶をしてその場を辞した。学園のグラウンドに戻ると、遠くからはわかりにくい木の幹に不自然なドアがあるのを見付ける。
「あれは……?」
「城に帰るための扉だ。行きの扉と帰りの扉は別々に現れるんだよ。ただし、あれを逃すと自力で帰らないといけなくなるんだよな」
「前に一度あったね。オーロラが国の端に出来た時だったっけ」
「そうだよ、陸明。あの時は滅茶苦茶時間がかかったな……」
遠い目をする天真さんを見て、あの扉を逃してはいけないんだと理解した。扉は陸明さんが触れるとすぐに音もなく開き、扉の向こうに見慣れた城の中庭が見える。
「学園、学校か……」
アルカディア王国で生きるためには、この世界の常識を知る必要がある。文字を読めるようにならなければならないし、他にも一般常識は存在するはず。王様が教師をつけて下さるとおっしゃったけれど、自分でもどんどん学ばないといけないな。そんなことを改めて思ったのは、学校と言うものが懐かしく感じられるからかもしれないな。
「陽華?」
「あ、今行きます!」
陸明さんの姿が、扉の向こう側に見える。天真さんはこちら側で待っていてくれていて、わたしは学園に背を向けて彼の元へと急いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます