第31話 新たな異変

 親書の返事をたずさえ、ユキヤさんとカムイくんは帰路についた。天真さんや陸明さんとの試合は決着がつかず、次回に持ち越しとなっていた。


「次は、オレが勝つからな」

「俺が負けない。……次を、楽しみにしているぞ」

「絶対驚かせてやるからな、天真」


 カムイくんが天真さんに言い放ち、ユキヤさんと陸明さんも消化不良に終わった試合の再戦を望んで握手を交わしていた。

 わたしたちはカムイくんたちを見送ると、ようやく一仕事終わったと笑い合う。少し慌ただしいお別れとなってしまったけれど、目的を同じとするならばまた会えるだろうと思う。

 見回すと闘技場は四人が暴れた後で荒れていて、それを整備しようということになった。


「天真に続いて陽華ちゃんもあいつらの襲撃に合ったと考えると、次はボクか?」

「……陸明を襲撃して、それが成功するとも思えないんだが」


 えぐり取られた地面の穴を埋めつつ呟いた陸明さんの言葉に、天真さんが呆れを含んだ声で応じる。


「そんなことないさ。ボクだって突然襲われたら驚くよ」

「その分、報復があるだろ。陸明の場合は」

「……そんなに怖いんですか?」


 思わず聞いてしまってから、訊いてよかったのかと思い直す。だけど、気になるのだから仕方がない。

 わたしの問いに、天真さんではなくて陸明さんが答えてくれた。


「敵には容赦しないよ。特に彼女たちは、ボクの大事なきみたちを傷付けた。……相応のことは覚悟して貰わないとね」

「ひぇ……」

「こういう奴だから」


 思わず声に出たわたしに、天真さんが苦笑いを見せる。何となく、陸明さんの頼りがいと怖さが同時に増した気がした。


(『大事な』って思ってもらえてるんだ。……嬉しいな)


 ふふっと小さく笑って、わたしは作業を再開した。


 ☆☆☆


 ミーゼのアイドルたちと会った数週間後、城が慌ただしい空気に包まれた。アルカディアのある町で、空の異変が現れたらしい。


「場所は?」

「南にある学園都市ステーディア」

「ここから二日はかかるじゃないか」

「王は何とおっしゃっているんだ?」


 ごたつく中、わたしはあるものをショルダーバッグに入れて城の中を走っていた。空の異変が起こったということは、二人が行くことはまず間違いない。その前に、これを渡さなくては。

 案の定、天真さんと陸明さんが城のエントランスに揃っていた。


「天真さん! 陸明さん!」

「陽華! ……走って来たのか。ゆっくりで良い、落ち着け」

「丁度、呼びに行こうと思っていたんだけど。どうしたの?」

「……っ。お二人に、これを、渡さないとって、思って」


 ある程度の体力作りはしてきたつもりだけれど、部屋からここまで全力疾走は息が切れる。わたしははぁはぁと息を整えながら、鞄の中を探った。……うん、ちゃんとある。


「これを。ようやく、完成したので。遅くなってしまって、ごめんなさい」

「これは……ロゼット?」

「凄く素敵だね。それに、清廉な力も感じる。これは……聖水か何かで清めた?」

「オーウェル様に教えて頂いて、近くの聖域で清めてもらったんです。そうしたら、もっと力が強くなるだろうってアドバイス貰って」


 二人に渡したのは、作ると約束していたロゼット。天真さんが怪我して気がついた後にほとんど完成していたのだけれど、聖域で清めるために一週間くらいの時間を要した。


「天真さんのは、赤ベースのロゼットです。ルビーみたいに真っ赤な石が映えるように、赤と黒のリボンを使いました。それで、こちらが陸明さんの青ベースのロゼットです。ブルーサファイアみたいな石だったので、青と白のリボンで。王冠やパーツは色違いで同じものを使っています」


 パーツに選んだのは、王冠と月と太陽。たくさんつけると可愛いし綺麗だけれど、重くなってしまうからこれだけ。

 真ん中に付けたのは、陸明さんから渡された不思議な宝石。ただの石かもしれないとは思っていたけれど、ロゼットに嵌めた途端に様子が変わった。その変化は、ロゼットを手にした二人も感じたみたい。


「これ……前と違う?」

「この石、本当にただの石じゃなかったんだな。強い魔力が感じられる」

「そうなんです。ロゼットに嵌めた途端、力を表したみたいで。聖域で清めたことで、より清廉な力を発しています」


 魔力を持たなかったはずのわたしですら、この宝石たちの力を感じる。痛いほどのそれは、必ず二人の力になってくれるという実感に繋がった。


「だから絶対、お二人のことをこの石はサポートしてくれますよ」

「……石だけじゃないだろ。陽華の作ってくれたロゼットだから、きっとこの石は応えてくれている」

「えっ?」

「そうだね、きみが推官でよかったよ。……じゃあ、行こうか」


 陽華ちゃんも来てくれるかな? 陸明さんに問われて、わたしは頷く。けれど、気になることがあった。


「でも、確か町までは二日はかかるって……」

「それについては、問題ない。こっちに来てくれ」


 天真さんが連れてきてくれたのは、城の端にある扉の前。他の戸よりも少し豪華で頑強そうな造りになっていて、雄々しさも感じられた。


「ここは?」

「空の異変が起こった時だけ使用許可が下りる、魔法の通路だ。ここを通れば、思った場所に行くことが出来る」

「ただし、異変の真ん中に出るんだけどね」


 陸明さんの言葉でゴクンと唾を飲み込んだわたしは、どうするという顔の天真さんを見上げた。


「行きましょう」

「よし。……陸明、準備はいいな?」

「勿論。陽華ちゃんのロゼット、しっかりここにあるからね」


 そう言って笑った陸明さんのパンツのベルトに、ロゼットの紐が通されていた。これなら、戦う邪魔をせずに身につけてもらえる。


「ありがとうございます」

「……俺もつけてる。今なら、どんなのだって消してみせるさ」

「はい」


 天真さんも陸明さんと同じように、ベルトに通していた。ぼんやりと光る中央の宝石に、わたしは「頼んだよ」と心の中で話しかける。


(二人のこと、守って助けて)


 わたしの言葉に石が反応を示すことはない。けれど、何となく「応」と言ってもらえた気がした。


「開けるぞ」


 天真さんが扉を開き、わたしたち三人はその向こうへ飛び込んだ。

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