ミーゼ王国のアイドル

第28話 カムイとユキヤ

 手を借りて立ち上がったわたしは、改めて目の前の男の子を眺める。かわいい寄りのかっこいいというのがしっくりくる、少し生意気な印象を感じさせる子だ。


「ミーゼのアイドル……」

「そ。アルカディアには今後のことを話し合うために来たんだけど、待ち合わせ時間より早く着いちゃって。時間潰してたんだけど……」


 カムイと名乗った男の子は、ちらりとミリファを一瞥した。その目は冷気をはらんでいて、ミリファがビクッと肩を震わせる。


「アイドルの結界は、同じアイドルにしか見えない。おかしいなーって思って来てみれば、他国のアイドルが女の子いじめてたってわけだ」

「久し振りね、カムイ。ご挨拶にしては、乱暴すぎやしない? アタシの方が年上なんだけどぉ?」

「若作りの乱暴者に見せる丁寧さなんてあるかよ」


 ミリファの言葉をバッサリと切って捨て、カムイくんはわたしを背にして姿勢を低くする。


「ここはあんたの結界の中。つまり、外には影響ないんだろ? 退かないのなら、叩きのめしてやるけどどうする?」

「……っ」


 好戦的に微笑むカムイくん。対するミリファは、グッと息を呑むと踵を返して何処かへ消えてしまった。


「行った、か」

「みたい、ですね。……あの、ありがとうございます。とても助かりました」

「良いよ、別に。良い時間潰しに……あ」

「?」


 何かに気付いたカムイくんは、先程までのかっこよさは何処へやら。「やばっ」と顔を青くした。その理由は、こちらに向かって駆けて来る青年の言葉で合点がいった。


「何処に行っていたんだ、カムイ?」

「ゆ、ユキヤ……。妙な気配を感じたから、結界の中に入ったんだ。そうしたらこいつがいたから、助けてた」

「僕にも知らせろ、真横にいただろうが。それから、こいつではないだろ」

「はぁい」

「全く……。おっと」


 カムイくんを叱っていた青年は、ふとわたしを振り向くと丁寧にお辞儀をした。カムイくんと正反対に、落ち着いた雰囲気の男性だ。年齢は天真さんとあまり変わらないんじゃないかな。


「カムイが迷惑をかけた。僕はカムイと共にアイドルをしている、ユキヤという」

「ユキヤさん、ですね。お初にお目にかかります、アルカディア王国の推官、南條陽華……あ、陽華です」

「……そうか、きみが噂の」

「噂の?」


 噂のとはどういうことだろう。変な話が伝わっていないと良いなと思いつつ、恐る恐るユキヤさんに尋ねてみる。

 けれどユキヤさんは「一生懸命な推官だと聞いている」と微笑むだけだった。その意味を聞く前に、ユキヤさんは何かを思い出したらしい。


「そうだ。カムイ、この国に来た本来の目的、覚えてるか?」

「忘れるわけないだろ。アルカディアのアイドルとの話し合いと王との謁見」

「わかっているなら良い。さっきのことは、王様たちの前で話せよ。推官殿が襲われたんだから」

「わかってるよ」

「わ、わたし自分で言いますよ?」


 そもそも、最初にミリファと出くわしたのはわたしなのだから。おそらく叱られるだろうけれど、報告義務はあると思う。

 わたしが右手を肩の位置まで挙げて言うと、カムイくんはふっと笑った。


「なら、あんたがあいつと出会った直後のことは頼む。オレは、自分が出くわして感じたことを含めて話すからさ」

「わかった。……あ」

「なんだよ?」


 眉を片方だけ上げて、カムイくんがわたしを見る。その彼に、わたしはまだ助けてもらったお礼を言っていないことに気付いたんだ。


「あの、さっきは助けてくれてありがとう。骨でも折らないと逃げられないと思ってたから、凄く嬉しかった」

「うっ……」

「う?」


 どうしたんだろう。何故かカムイくんが固まってしまった。けれどどうしたのか聞く前に、カムイくんは深呼吸して気を取り直す。


「――こほん。オレたちはアイドルだから。アイドルは、他の人や動植物を守ることが仕事だ。目の前で傷付けられているのを目にした。だから助けたんだ。……怪我してるだろ。手当てしないといけないよな」

「本当だ。傷薬とかは……城に行けばあるだろう。その前に、清潔にはしておかないと。ちょっとごめんな」


 わたしの手の傷を目にしたユキヤさんは、一つ断りを入れるとその手を取った。そして空いている手を傷につかないように重ね、小さく何かを唱える。


「えっ」


 パシャン。手の甲の上に突然現れたシャボン玉が弾け、傷を洗った。何が起こったのかわからずに目を丸くするわたしに、カムイくんが種明かしをしてくれる。


「驚いたか? ユキヤは水を操る魔法を使えるんだ。その水で、あんたの傷を洗ってくれたんだよ」

「水を……。そうだったんですね、ありがとうございます」

「空気中の水分を集めて、水にするんだ。ハンカチは持ってるか? 拭いておいてくれ」

「はい」


 わたしはポケットからハンカチを取り出し、傷を出来るだけ刺激しないように水分を拭き取った。砂がなくなったことで、ところどころ肌が破れるように傷ついて赤くなっているのがわかる。今更、ジンジンと痛み出していた。

 それを見て、カムイくんが小さな声で「ごめん」と呟いたけれど、わたしは首を横に振る。彼のせいじゃない。


「……よし。そろそろ時間だし、僕たちは行く。きみはどうする?」


 ユキヤさんに言われて、わたしも戻ると答えていた。買い物は終わっているし、怪我の治療もしたい。自分で治せれば良いんだけれど、それは自然治癒を待たないといけないから。


「なら、行こうか」

「おう」

「はい」


 ユキヤさんを先頭に、カムイくんとわたしはアルカディア王国の城へ向かって歩き出した。

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