第27話 一人でのお出かけ
王様との謁見から数日後、わたしは一人で王都を歩いていた。本当は陸明さんか天真さんが一緒の予定だったんだけど、二人共オーウェル様や兵舎の人に急用を言い渡されてしまったんだ。
「……本当に一人で行くのか?」
「道はわかるかい? それに、王都とはいえ天真のこともあるし」
「俺を引き合いに出すな、陸明」
「不安がないわけじゃないですけど、ロゼットを完成させるためには必要なので。用事が終わったら、すぐに帰りますから」
そう、ロゼット完成のための外出だ。ロゼットそのものは完成したんだけれど、それを身に着けるための安全ピンとかキーホルダーとかを買い忘れていたの。手持ちにもなかったから、
わたしは二人と別れ、城を出て市場へ向かう。この前陸明さんと行った時、そちら方面に手芸系のお店があったんだ。
(活気があるな。世界の危機が迫っているとは思えないくらい、明るい雰囲気)
何度か城下町を歩いたけれど、毎回思う。世界の危機をオーウェル様は公開しているらしいけれど、街ですれ違う人たちには悲壮感がない。
そういえば、陸明さんが言ってた。「例え世界の危機が近付いていると知っていても、日々の暮らしが今すぐに終わるわけじゃない。同じように毎日を過ごすのならば、一秒でも長く笑っていたいじゃないか」って。
わたしはそんなことを思いながら、迷わず見付けた手芸店に入る。カランコロン、とドアに付いているベルが鳴った。
「こんにちは」
「あら、貴女……。この前、陸明様といらした子よね?」
「そうです、またお邪魔します」
お店の女性が、にこやかに話しかけてくれる。彼女に欲しいものを伝えると、すぐに売り場に案内してくれた。そこには安全ピンやキーホルダーがあり、わたしは商品の中から必要なものを選ぶことが出来た。
(ロゼットをどう身に着けてもらうかにもよるよね。今回はベルトに通して下げてもらうか、バッジみたいにしてもらうのも良いかも。どっちが良いか、お二人に選んでもらおう)
身に着けるのならば、リングやブレスレットという形もありだよね。そうやって次のアイデアを考えながら、わたしはお店を出て帰路についた。
「思いのほか、時間かかっちゃった。急いで帰らないと」
城を出たのは昼前だったが、既に数時間が経過していた。空腹でもあったから、わたしは人にぶつからないように速足で道を行く。昼食を三人で食べよう、と約束していたから。約束の時間には、このまま帰れば間に合うはずだった。
「――おっと」
「わわっ。ごめんなさい!」
一瞬考え事をした途端、前から来た誰かとぶつかってしまった。わたしは慌てて頭を下げたけれど、相手からは何の反応もない。変だなと思って、おそるおそる顔を上げた。
「あ、やっぱりそうだ」
「やっぱり?」
目のまえにいたのは、目が大きく可愛らしい女の子。髪の毛は赤く、ツインテールにしている。こんなに鮮烈な色の髪、こちらの世界でも初めて見るかもしれない。
その女の子にまじまじと至近距離で顔を見られ、わたしは思わず一歩退いた。ぶつかったわたしが悪かったのだけれど、何も言わずじろじろ見られるとあまり気分はよくない。意を決して、もう一度話しかけてみる。
「あの、じろじろ見られると……」
「やーっと見付けたよぉ。貴女でしょ、アルカディア王国の推官さんは!」
「何で知って……きゃっ!」
押されて、レンガの道にしりもちをつく。体は痛みを訴えたけれど、わたしの思考は別のところにあった。どうして、目の前の女の子がわたしのことを知っているの。
「貴女、誰……っ」
「アタシはミリファ。アンタのこと殺そうと思って、捜してたんだぁ」
「ミリファって、まさか!」
数日前に聞いたばかりの名前だ。わたしは血の気が引く気配を感じながら、この場から逃げようと後ろに手を伸ばす。けれどその手をミリファの足で止められる。左手を踏まれて、わたしは小さく悲鳴を上げた。
「いっ……」
「聞いたことあるでしょ、アタシのこと。テンマを
「――っ。天真さんを」
「んん?」
痛みを堪え、悲鳴を呑み込んで別のことを口にする。ミリファは面白そうにわたしの顔を覗き込み、踏みつける足に力を入れていく。ガリガリという音と共に痛みを感じるけれど、白旗を揚げてやるものか。
「天真さんを殺させない。陸明さんも、させない。……ううん、絶対に世界を壊させたりなんてしないっ」
「――へぇ。アンタ、見かけによらないみたいねぇ? だったら、誰も助けてくれない中でアタシから逃げてみなさいよ!」
「くっ」
左手の甲を踏みつけられたままじゃ、逃げられない。もがいている間に、ミリファの体から魔力の気配が高まっていくのを感じる。きっとこのままじゃ、わたしは殺される、そう思った。
(天真さんと陸明さんのところに戻らなきゃ。……最悪、骨を折る覚悟で手を引くのもありかな)
二人のもとに戻りたい。その一心で力いっぱい左手を引こうと思った直後、わたしの視界が明るくなった。ミリファが何かに吹き飛ばされたとわかったのは、その数秒後のこと。
「こんなところに結界張って、強さの誇示なんてかっこ悪いな!?」
「お前っ!」
地面にぶつかる直前に体勢を立て直したミリファがいきり立つ。けれど彼女を吹き飛ばした人はそれを無視して、わたしの体を支えて立たせてくれた。
「あんた、大丈夫? 無茶しそうだったけどさ」
「あ、ありがとうございます。助けて下さって。えっと……」
助けてくれたのは、わたしと同年代くらいの男の子。高校生くらいに見えるその子は、目を瞬かせてからふっと微笑んだ。
「オレはカムイ。ミーゼ王国のアイドルだ」
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