第26話 創造神話
翌日、わたしたち三人はオーウェル様に呼ばれた。
「よく来てくれたな、三人共。特に天真、大事はないか?」
「ご心配をおかけしました。ですが、お蔭様で休んだのでもう大丈夫ですよ」
早速オーウェル様に心配され、天真さんは「ほら」と拳を握って笑ってみせる。その時、天真さんの二の腕の一部がわずかに盛り上がった。
それが力こぶと言われるものだと気付き、わたしの胸の奥が音をたてる。力こぶには気付いたのに、わたしはわたしが天真さんを無意識に見つめていることには気付かなかった。謁見の後、陸明さんに指摘されて赤面するのは、別の話。
天真さんの笑顔を見て、オーウェル様は肩の力を抜いた。
「全く、無茶しおって」
「無茶したくてしたわけじゃない。向こうから来たんだから、防戦は許して頂かないと。……あの二人は無事だと聞きました。今は何処に?」
「無事だ。お前を運び、帰って来てくれたぞ。今は兵舎におろう。顔を見せてやれ」
自分と共にクレーターへ行った兵二人。天真さんは彼らのことを案じていたから、オーウェル様の口から彼らの居場所を聞いてほっとしたみたい。
けれど、ほのぼのとした空気は次のオーウェル様の言葉で硬質なものへと変化した。
「……ところで、聞いたぞ。リズカールのアイドルと会ったらしいな」
「ええ、そうですよ。ミリファとリリファ。あいつらがこの国の領内にいました。国境管理ってどうなってるんです?」
「海を越えているということか。……確か、あの二人は空間転移も可能だったな。そんな者たちの移動を、どうやって妨げると言うんだ」
「そりゃあそうですね。……結界をもう少し強化すべきか」
ふむと考え込んだ天真さんだけれど、一旦その結界問題は横に置いておくことにしたらしい。咳払いをして、話題を軌道修正した。
「あの二人が、何故この国の危険地帯に足を踏み入れていたのかはわかりませんが、今日は挨拶をしに来たんだと言っていました」
「挨拶? 何に対する挨拶だ?」
「俺たち、らしいです。宣戦布告のようなものだった」
顔をしかめる天真さんは、その時のことを思い出しているんだろう。そんな彼を見て、わたしはオーウェル様に向かって口を開いた。
「あの、オーウェル様」
「どうした、陽華?」
「どうして、リズカール国は世界を壊そうとしているのでしょうか。それはまだ、わからないですか?」
「そう、だな。実害は十分に出ているし、一つの可能性として浮上している説を伝えておこうか。秘匿されていることが多過ぎて、向こうの出方はわからない。だが、こちらに推官がいることも知られているとなれば、早急に対処すべきだ」
「何か掴んでいるのですか、王?」
陸明さんが尋ねると、オーウェル様は「憶測でしかない」と制した。
「お前たちは、この世界がどうやって生まれたか知っているか? 神話の世界になるが」
「創造神話……」
当然、わたしが知るわけがない。少なくともわたしは、自分の生まれた国の神話を少しだけ読んだことがあるだけだ。何もないところから、突然弾けて神様が生まれた。
戸惑うわたしの横で、天真さんが「確か……」と顎に指をあてる。
「……『世界が生まれる前、この世には何も無かった。けれど何かによって一つの種が落とされる。種は水もないのに時をかけてすくすくと育ち、花を咲かせた。開いた花から世界が生まれ、全てが創られた。その花は今も、世界の中心で咲き続けている』という、あれか?」
「流石だな、天真。よく覚えている」
「でも、それに何の関係が?」
陸明さんと同様、わたしも首を傾げる。世界の生まれた話とリズカールの思惑、何の関係があるというのだろう。
そんなわたしたちの疑問に応えてくれたのは、やはりオーウェル様だった。
「リズカールの目的は、その種だという」
「種? でも、この世界を作ったのなら、もう存在しないんじゃないか?」
「そう思うだろう、天真。だが、種は世界を創るために産み落とされる。その意味がわかるか?」
「世界を創るため……?」
「……つまり一度世界を壊せば、世界のもととなる種が再び作られるということですか?」
「おお、陸明は聡いな」
大正解だ。オーウェル様がそう言って、わたしはようやく言葉の意味を理解した。ドッドッと変なリズムを刻んで心臓が拍動している。
「じゃあ、リズカールは、世界を一度壊して、もう一度世界を創ろうとしているのですか? そんな壮大な……」
「今わかっているのは、ここまでだ。途方もない話だが、ありえない話ではない。……リズカールのアイドルたちから話を聞ければ良いが、友好的とは程遠いようだからな」
「……」
本当に、途方もないファンタジーだ。世界を壊してもう一度世界を創るだなんて。
わたしが何も言えなくなっている中、陸明さんがぽつんと言う。
「リズカールの現総帥は、確か度重なる戦争で家族を失い孤児になったのではなかったですか? そこから一人二人と仲間を増やし、やがて全ての戦いを終わらせ国を築いた。そういう話を聞いたことがありますが……」
「孤児から総帥へ、ですか。それは凄いとしか言いようがないですね……」
マンガのキャラクターのような、と言ったら失礼だろう。けれど、わたしには逆転を重ねたある種の主人公のように思えた。
「……もしかして、戦いで自分みたいに傷付く人をなくしたいから、新たな世界を創りたい……とか?」
「そんな理由だとしても、一つ世界を潰すなんておかしい。この世界にも、たくさんの人も動物も暮らしているんだ。それを壊す権利は、誰にもない」
「その通りですね。みんな、生きているのに」
天真さんの言葉に、わたしは頷く。誰にも、他の誰かの運命を操る資格などない。だから、リズカールを止めなければ。
「必ず止めましょう、リズカールを。この世界を守らないとですね」
「ああ。次は、一方的にやられなどしない」
「ボクも、腕を磨いておこう。……オーウェル様、今後リズカールのアイドルと戦う可能性が高い。ですから、国のことをお任せします」
わたし、天真さん、陸明さん。三人それぞれの決意を聞いて、オーウェル様は頷いた。
「わかった。……こちらも交渉は進めたい。叶うのならば、血の争いなどしたくはないからな」
オーウェル様の言葉で、今日の謁見は終わりを告げた。
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