第25話 推しの力

 実は、天真さんは医務室に運び込まれてその後彼の自室に移動させられたんだ。それに、わたしはそれにくっついて行った。陸明さんに頼まれたのは、「天真の傍にいてやってほしい」というもの。


「だから、もしかしたらここでロゼットを作ったら、少しでも天真さんの体調に良い影響があるんじゃないかって……思って」

「そっか。そういえばここは俺の部屋……って、お前が来るってわかってたら片付けたのに……」


 突然項垂うなだれる天真さん。彼の部屋は、綺麗に片付いていたのに。そう思って言うけれど、陸明さんにくすくす笑いながら止められてしまった。


「複雑なんだよ、男心ってやつは」

「そう、なんですか?」

「そうそう」

「……意味深に笑うのやめろ、陸明」


 弟にジト目で睨まれても、陸明さんは何処吹く風。それよりも、とわたしの手元を覗き込んだ。


「まじまじと見たことはなかったけれど、綺麗なものだね。これ、ずっと作っていたのかい?」

「やってたら夢中になってしまって。でも、うまく出来てきていると思うんです」


 わたしが手にしていたのは、天真さんのロゼット。

 濃い青のリボンを基調に、この前買ってもらった金糸の入ったリボンと重ねて石の周りを飾る。石はまだつけていないけれど。

 更にロゼットから垂らすのは、長めに切った3種類のリボン。濃い青、レース、金糸のリボンと上に重ねていく。太さが違うから、良い具合に重なってくれる。あまり長いと動く時に邪魔かもと思ったから、調節はしたけれど。


「あとは、パーツを幾つか付けようと思っています。それが終わったら、完成かなと」

「……うん、きみの愛情たっぷりだね。素敵だよ」

「あ、あいっ!?」


 愛情。改めて言われると、物凄く照れるワードだ。わたしは顔の熱を取るのに必死だったけれど、陸明さんはわたしの手から受け取ったロゼットを天真さんに見せていた。


「ほら、綺麗だろ?」

「ああ。……みんな、ファンの子たちはこうやって心を込めて作ってくれていたんだな。うちわもこういうグッズというか、そういうのも」

「だな。ファンサ希望には出来る限り応えてきたつもりだけど、こう見るともっと何か出来たんじゃないかって思ってしまうな」

「ああ」


 しんみりした空気が漂う。わたしはそれを変えようとおもって、いつも思っていることを口にした。改めて言うのは恥ずかしいけれど、良いよね。


「……みんな、Destirutaを応援したくて、大好きってことを伝えたくて、頑張ってるんだと思います。かなり自己満足な部分もありますけど、でもこうやって推しに思いが届くのなら、作ってよかったって思ってくれますよ」

「推し、か。凄いな、その力は」


 天真さんが感心しつつ、ロゼットをわたしに返してくれる。それを受け取って、床に置いたケースから王冠のパーツを取ろうと手を伸ばした。

 まさにその時、傍で爆弾が落とされる。


「陽華ちゃんの推しはずっと天真だもんなぁ。ボクじゃないの、ちょっと残念だ」

「へ!?」

「……え、まじか」

「天真、気付いてなかったのか……? それこそ信じられないんだけど」


 うっそぉ。陸明さんが目を丸くしているけど、わたしはそれどころじゃない。心臓がドキドキと音をたてて、千切れそう。

 そんなわたしを他所に、姉弟での会話が続く。


「気付いてなかったわけじゃない。あのライブの日、俺のペンラとか持ってるの見たし。けど、今は俺も陸明も近くにいるから、そういう対象じゃなくなったと思ってた」

「……だそうだよ、陽華ちゃん? どう?」

「え……えぇぇ……。何て答えるのが正解か、わかりません……」


 正直な今の気持ちだ。天真さんは日本にいた時からの最推しで、Destirutaは推しグループ。今も、近い存在になってからも大好きな二人。


(……でも多分、それだけじゃなくなってきてる)


 まだ言葉にするのは怖いけれど、何かが違うと心がざわめく。おそらく、これは自覚したらだめなやつ。……推しは、そういうのじゃないから。

 わたしは深呼吸して、深く考えるのをやめた。今すべきことは、世界の危機を救うことだから。


「と、とりあえず! ロゼットは明日には完成させます! 天真さん、ゆっくり休んでくださいね」

「え? あ、ああ」

「ふふっ。陽華ちゃん、弟の傍にいてくれてありがとう。きみも無理しないように」

「はい」


 わたしは高速で散らかしていたものを片付けて、一礼すると天真さんの部屋を出た。彼はもう目を覚ましたから、わたしが傍にいなくても大丈夫。

 ぱたん。自室のドアを閉めてから、わたしはその場でずるずると座り込む。


「……よかったぁ……」


 改めて、安堵が押し寄せて来る。

 ロゼットを作りながら、静かに眠ったままの天真さんのことを考えていた。不安で押し潰されそうになりながら、それでも信じることしか出来なかった。だから、Destirutaのデビュー曲を小さく歌っていたの。元気になれるから。


「……『全ては立ち止まることなく、ただ未来へと進み続けている。だから、きっと大丈夫。きみの信じたきみだけの道を』……」


 歌詞を口ずさみ、わたしは作りかけのロゼットを胸に抱き締めた。


 ☆☆☆


 忙しく出て行ってしまった陽華を止める暇もなく、俺は挙げかけた右手をそっと戻す。


「どうしたんだ……?」

「さあねぇ。天真、体の具合は?」

「……子ども扱いすんな」


 陸明の手のひらが、俺の額に触れる。熱を測られているんだとわかって、俺はわずかに抵抗した。しかし姉はそんなことお構いなしで、熱がないとわかると「よし」と笑って離れてくれた。


「陽華ちゃんのお蔭だね。後は、明日のために寝るだけだ」

「寝すぎて眠くないんだけど」

「じゃあ、ボクが絶対に答えのわからない問いをあげるよ」

「何だよそれ」


 陸明が立ち上がる。時計を見れば、もうそろそろ寝静まる時間帯だ。欠伸を一つして、陸明はドアを開けて手を振った。そして、問いを一つ残していく。


「……なあ、天真。推しと別の感情は同居出来ると思うか?」

「何のことだ?」

「さあね。また明日」


 答えを教えることなく、陸明は出て行ってしまう。近くの戸が開く音がしたから、もう部屋に入ってしまったのだろう。


「……推しと別の感情は同居出来るかどうか?」


 陸明が一体何故こんなことを言い出したのか、俺にはまだわからなかった。

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