第3章 他国との関係性

リズカール国のアイドル

第24話 あの日の衝撃

 ☆☆☆


 俺は王がつけてくれたやつらと共に、クレーター周囲の見回りに向かった。相変わらずの草木の生えなさで、僅かに毒ガスのにおいが鼻につく。どうにか出来ないものかと思いながら、俺たちはそろそろ戻って報告しようとクレーターから背を向けた。

 その瞬間、背中に電流が走ったみたいに殺意を感じたんだ。

 俺がその場を飛び退くと、さっきまで立っていた場所に数本の矢が刺さった。


「――っ!」

「あ、ざーんねん。ふふっ」

「ミリファ姉様、わざとでしょう?」


 えー? という甲高い女の声がした。だからすぐに、襲撃者が誰かわかったんだ。


「お前ら、リズカール国の」

「わかっちゃったぁ? だいせーかーい! リズカール国のアイドル、ミリファちゃんだよぉ?」

「同じく、リリファ。お久し振りですね、テンマ様」


 見た目と年齢の乖離が激しいミリファと、丁寧口調のリリファ。二人は姉妹で、ミリファが姉だ。

 二人とは、国際会議の場などで何度も顔を合わせている。だけど、面と向かって敵意を向けられたことは今までなかった。

 俺は舌打ちしたい気持ちを抑え、今も俺に向かって弓矢を構えるミリファに注意を払う。何とかして、後ろにいる二人を逃さなくては。こいつらを守りながら、ミリファたちと戦うのはリスクが高い。


「随分な挨拶だな。ここは、お前たちの国の領内ではないぞ。手続きは取ったのか?」

「取るわけないじゃん。アタシたちは、アンタたちに挨拶しに来たんだから」

「……挨拶?」


 俺が怪訝な顔をしたからだろう。ミリファは高笑いで「そうだよぉ」と応じた。


「ご挨拶。そっち、推官を連れて来たらしいじゃん? だから、こっちもそろそろ本気で世界を終わらせようって算段なわけ」

「こちらとしても、あなた方にパワーアップされては困るのです。こちらの意に沿って頂かなくては」

「……意に沿わないために対峙していることくらい、わかっているだろう。俺たちは、お前らを止めるために動いているんだからな」


 どうせ平行線だ。わかってはいたが、俺は二人にそう言うしかない。リズカールの力は大きく、その大半を担うのはこの姉妹なのだから。


「そもそも、お前たちが世界の均衡を崩す理由は何なんだ? 長く世界は揺れ動いて持ち堪えているが」

「……それを知ってどうするの? 世界はもうすぐ終わるんだから」

「終わらせてたまるか。地に足つけて生きるものがいる限り、他人が好き勝手して良いはずもない」


 見事なまでの平行線。当然だが、俺はいつでも戦闘に入れるように身を低くした。それはミリファも同じらしく、武器を手に不敵に笑う。

 しかし、戦闘が開始されることはなかった。


「……姉様、そろそろ戻らなくては。今日は挨拶だけで、と王より言われておりますわ」

「そうね、リリファ」


 リリファが姉を制し、俺はわずかに気が緩んだのかもしれない。二人がこの場からいなくなるまで、いつでも動けるようにしておかなくてはならなかったのに。

 立ち去りかけたミリファが、ふと立ち止まって俺の方を振り返った。その瞬間、俺は後ろに向かって叫んでいたんだ。


「二人共、逃げろっ!」

「は……はい!」

「えっわわっ!?」


 脱兎の如く走り出す二人を逃がすため、剣を握る。しかしその時には既に、ミリファの魔法が発動していた。


「挨拶代わりに一撃あげちゃう! ――『ファーシノ・トート』!」

「――っ! かはっ」


 ミリファは指を鳴らしただけだ。そのパチンッという音が鳴り響いた直後、俺をその場から吹っ飛ばす衝撃が生じた。鳩尾に拳を叩き込まれたような感覚と、背中から地面に叩きつけられる痛み。俺は目の前が徐々に暗くなるのを感じながら、力を振り絞って立ち上がった。


「貴様ら……」

「わぁお! 立てるなんてびっくりー」

「それだけ、推官の力が強いということでしょう。けれど、それだけのようですね」

「うん。次は、アンタの大事なだいじーな推官ちゃんをヤるから。よろしくぅ」


 バイバイ。その場から掻き消えた二人の気配が完全に消えて、俺は意識を手放した。完全に気を失う直前、逃げたはずの男たちの声が聞こえた気がしたんだ。


 ☆☆☆


「……で、目覚めたらここに寝かされていた、と」


 天真さんは話し終わると、ベッドの横にわたしが置いていたコップの水を一口飲んだ。ずっと眠っていたから、喉が渇いていたんだろう。

 でも申し訳ないけれど、今はそれどころじゃない。わたしも、陸明さんも。

 険しい顔をした陸明さんが、腕を組んで天井を見上げた。


「……ミリファとリリファか。あの二人、アイドルとしての実力も相当なものだが、力を誰かを傷付けるために使うなんてな」

「天真さん、体の痛みは……傷はどうですか?」

「痛み? ……あれ、そう言えばほぼ感じなくなってるな。マジでやばいと思ったのに」

「……そうですか、よかった」


 どうやら、推官の力とやらはきちんと作用したみたい。ほっと肩の力を抜いたわたしは、天真さんに一緒にいた二人も無事で、城に戻って来ていることを伝えた。


「天真さんのこと、運んで下さったんですよ」

「後で礼を言わないとな。それと、俺の怪我を治療してくれたのは陽華だろう? ありがとうな」

「え、何で……」


 推官の力を使った。そんなことは一言も言っていないのに。わたしはびっくりして言葉を失っていたけれど、天真さんは構わずに続けた。


「夢の中で、ミリファたちにコテンパンにされる場面を何度も経験したんだ。本当に気持ちが折れそうになったけど、暖かい光が下りて来て……その光が陽華の力の気配によく似ていたからな。もう大丈夫、起きないとなって思ったんだ」


 上手く言えないけど、お前のお蔭で目覚められたんだ。柔らかい笑顔で、天真さんはそう言ってわたしの頭を撫でてくれた。


「――っ」


 天真さんの手のひらの暖かさに、わたしはまた涙腺が緩むのを感じた。目元は泣き過ぎで痛いのに、涙は溢れようとする。

 慌てて目元を隠そうとするけれど、その手を取られてしまう。大きくて優しい手の持ち主が天真さんだと知って、わたしの心臓は大きく音をたてた。


「て、天真さ……。大丈夫ですから、離して下さい……」

「泣かせる気はなかったんだ。でも、そんな泣きそうな顔するのは俺のせいだろって思ったから……違うのか?」

「ち、違うけど違わない……です」

「? 何だそれ」

「はいはいはい。落ち着け、天真」

「うわっ」


 突然乱入して来た陸明さんが、天真さんからわたしを逃がしてくれた。その代わり、彼女に抱きかかえられる格好になってしまったのだけれど。

 見た目も中身もイケメンな陸明さん。でもこうやって触れると、脳がバグを起こすような感覚になる。陸明さんは陸明さんなんだけどね。

 わたしがそんなことを考えているとは知らず、陸明さんは「全く」と呆れ声を出す。


「病み上がりみたいなものなんだから、大人しくしていなさい。明日の朝、オーウェル様に会いに行くくらいで良いよ。私がそう伝えておくから」

「わかった。……ってか、陽華はここで何をしていたんだ? 色んなものが床に散らばってるみたいだけど」

「あ……そうでした」


 わたしは一旦カオスになっている自分の気持ちにふたをして、作りかけのそれを手に取った。そしてそれを天真さんに見せる。


「作っていたんです、ロゼットを」

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