第22話 願い

「今朝、天真たちがクレーターのある地域に行ったことは話したね」

「はい」


 陸明さんが医務室に来てくれて、わたしは天真さんの眠るベッドから少しだけ離れたところで彼女の話を聞くことになった。天真さんのすぐ横では、彼を起こしてしまうかもしれないから。

 椅子を二脚移動させて話を始めようとしたところで、ふと何かに気が付いた陸明さんが天真さんの方を見る。


「そうだ。ねえ、陽華ちゃん」

「はい」

「天真の怪我が少しでも早く治るよう、お願いしたいことがあるんだけど、良い?」

「……何か、出来るんですか?」


 もしもわたしに出来ることがあるのなら、精一杯全力でやりたい。寝顔は穏やかだけれど、体は傷だらけだ。痛くないはずがない。

 わたしが前のめりになって訊き返すと、陸明さんは「しー」と人差し指を口元に立ててからほのかに笑った。


「あのね。天真の手を取って、怪我が治るようにって願ってやって」

「えっ」

「推官の力は、アイドルの能力をアップさせるだけじゃない。癒すことだって出来るんだ。だからその力で、少しでも天真を楽にしてあげてくれるかな?」

「……わかりました。少しでも力になれるなら」


 陸明さんに頷いて、わたしは天真さんのところへ戻る。そして彼の手に触れるために、意を決して掛布団の中に手を入れた。


(これは治療だから。治療、治療……)


 言い聞かせないと、羞恥で手を引っ込めてしまいそう。心臓が止まるんじゃないかと思うくらいドキドキしているけれど、わたしは天真さんの手を探した。体の横に真っ直ぐ伸ばされていた手はすぐに見つかって、その手を両手で包み込む。


「天真さん……」


 椅子に座って、天真さんの手の熱を感じる。少し冷たい気がして、温めるために優しく握り締めた。


(――どうか、痛みが引きますように。怪我が少しでも早く治りますように。……大好きです、天真さん)


 心の中を誰かに覗かれる心配はないから、ほんの少しだけ本心を混ぜる。最推しの貴方に、苦しい思いや痛い思いは出来る限りして欲しくない。勿論、陸明さんにも。けれどそれが難しいのなら、少しでもその時間が短くなりますように。

 考え得る気持ちを全部手に集中させるイメージで願い続けていると、徐々に指がぽかぽかと暖まってくる。初めての経験で驚いたけれど、どうやらこれが推官の力なんだと感覚で理解出来た。


(力を、天真さんに)


 わたしがそう強く思うと、温かな力が少しずつ移動して行くのがわかった。そして、天真さんの顔色も少し落ち着いて行く。体温も上がって、わたしはほっとして彼の手を布団の中に戻した。


「……」

「お疲れ様、ありがとう」

「いいえ。……天真さん、無理されたんでしょうか?」

「詳しくはこれから話そうか。おいで」


 陸明さんに頷いて、わたしはその場を離れる。そして彼女と向かい合い、天真さんたちに何があったのかを聞くことになった。


「それで、何があったと言うんですか……?」

「まず、クレーターの地域にあの子たちが行ったことは話したね。いつもなら周囲の環境や状況に変化がないか見回るだけで終わるんだけれど、今回はそれで終わらなかったみたいなんだ」


 先客がいたんだと聞いた。陸明さんはそう言って、話を続ける。


「天真と一緒に行った二人からしたら、先客は初見だった。だけど、天真にとっては知り合いだった」

「知り合い?」

「他国だけれど、同じ『アイドル』だったから」

「えっ」


 他国にもアイドルがいる。わたしはそれを聞いて思わず驚いたけれど、よく考えたらこの世界の各国にはアイドルがいると聞いていたんだった。


「でも、アイドルとはいえ他国の人がどうして……?」

「その国名を聞いて、ボクは納得したんだ。……リズカール国。世界崩壊の元凶だったからね」

「げん、きょう……。そういえば、その名前は」


 世界崩壊の元凶国家リズカールの存在。それはわたしも聞いたことがある国名で、王様がおっしゃったもの。いつかは対面するだろうと思っていたけれど、心の準備など出来ているはずもない。


「元凶って、そもそも何故リズカールは世界崩壊なんて……。っていうか、空をあんな風にすることがどうやって出来るんですか?」

「理由はわからない。だけどあんな風にすることは、魔力をある程度持つ者なら可能だろう。その使い方をするかどうかはそれぞれ次第、というところだけどね」

「そうなんですね……」


 何もわからないと言えばわからない。けれど、天真さんを傷付けたという事実は変わらないんだ。


「天真さんが目を覚ましたら、詳しいことがもう少しわかるでしょうか」

「さて、ね。あの二人よりも実感と知識がある分、有益かな。……どちらにしろ、早く目覚めてほしいけれどね」

「……はい」


 陸明さんと二人で振り返るのは、未だに眠り続ける天真さんの方。明日になったら目覚めるかな、目覚めなかったら明後日になるのかな。不安は波みたいに押し寄せてくるけれど、待つことしか出来なくて歯がゆい。


「……ねぇ、陽華ちゃん」


 わたしのもどかしい気持ちを察してくれたのか、陸明さんが話しかけてくれた。


「貴女に一つ、お願いがあるんだ。聞いてもらえないかな?」

「わたしに出来ることなら、喜んで」

「じゃあ……」


 手招かれ、耳に囁かれる。

 陸明さんからのお願いを聞いて、わたしは目を見開いた。

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