第21話 胸騒ぎの正体

 ショッピングを終えて落ち着いていたと思っていた胸騒ぎだけれど、それが気のせいではなかったと知るのは少しだけ後のことだった。

 わたしと陸明さんが城に戻ってから、天真さんはなかなか帰って来なかった。オーウェル様によれば、もうそろそろ帰っていてもおかしくないのにと心配そうで。


「……いくら何でも遅すぎる。陽華ちゃん、ボクが様子を」


 ――ガタンッ。


 それは、気もそぞろになりながらもロゼットを作る準備を進めていた時のこと。しびれを切らした陸明さんが立ち上がった丁度その時、会議室を陣取っていたわたしたちの耳に、何かがぶつかった音と複数の焦った声が聞こえて来た。


「誰かッ」

「誰かいませんか! 天真様が」

「天真がどうしたって!?」


 陸明さんが、返答しながら会議室の戸を開け放つ。この部屋はエントランスからそれほど離れてないから、声が良く聞こえたし様子も見ることが出来る。わたしも胸騒ぎが再び起こって顔を覗かせてみると、誰かが男性に支えられて座り込んでいるのが見えた。


「――天真!?」

「陸明様……」


 険しい顔をした陸明さんが駆け寄ると、男性たち二人がほっとしたような申し訳なさそうな複雑な顔を彼女に向けた。その理由は、彼らと共にいる力なく目を閉じたままのその人にある。

 陸明さんを追ってその場に行ったわたしは、胸の奥がドクンと嫌な音をたてるのを聞いた気がした。


「てんま……さん?」

「おい、天真! 目を開けろ! ――何があったんです?」


 わたしは茫然とすることしか出来なかったけれど、陸明さんは違う。肢体を投げ出し動かない弟を揺さぶった後、起きないと判断すると彼と共にいた男性たちへと言葉を向ける。二人はビクッと体を震わせるけれど、片方が「申し訳ありません!」と床に這いつくばるように頭を下げた。もう一人は、天真さんを支えているから動けない。

 ――そう。目を覚まさないのは、天真さんだ。男性たちもだけれど、天真さんも全身傷だらけで、服がところどころ破けている。更に血がにじんでいるところもあって、わたしは直視出来ずに息が詰まりそうになった。

 それは、陸明さんも似たようなものだったのかもしれない。痛みを堪えるような顔をして天真さんを見た後、二人の男性たちに声をかける。


「……謝るだけでは、状況が掴めない。何があったのか、教えてくれないか? ……いや、まずは天真を医務室へ」

「はい」


 騒ぎを聞きつけた城の人たちが集まって来て、陸明さんが指示してみんな動き出す。天真さんを運ぶのは、力のありそうな男性二人。彼らは担架を持って来ていた。

 運ばれて行こうとする天真さんに、わたしは思わず手を伸ばした。だけど、慌てて引っ込める。


「あ……」

「ついて行ってくれるかな、陽華ちゃん。この二人からは、ボクが事情を聞いておく。それが終わったら、すぐにきみのもとへ報告に行くから」

「陸明さん……」


 わたしの気持ちを汲んでくれたのか、陸明さんが助け舟を出してくれる。わたしは頷いて、担架を運ぶ二人の後を追った。


「――では、私たちはこれで」

「後をお願いします」

「はい。ありがとうございました」


 二人がいなくなり、わたしは医務室の椅子を一脚持って来てベッドの横に置いた。それに腰掛け、天真さんを見つめる。


(こんな時に思うことじゃないんだけど、綺麗な寝顔……。時々顔をしかめているけれど、呼吸も安定しているみたい。とりあえず、よかった)


 顔色は悪いし、掛布団から出ている顔には傷がある。今は見えないけれど、体の傷の手当てもした方は良いはず。でも、わたしには布団をめくる勇気がない。傷を洗いたいけれど、眠りの邪魔をするのも嫌だった。


「……天真さん、何があったんですか?」


 小さな声で問いかけてみるけれど、勿論答えが聞けるはずもない。わたしは天真さんの目元にかかっていた彼の前髪をそっと指で退けて、陸明さんが来るのを待っていた。


 ☆☆☆


「――ごめん、遅くな……った」


 廊下を途中まで全力で走り、医務室が見えたところで歩き方を変えた。おそらく天真はまだ寝ているからと思って、足音と戸を開ける音を殺す。医務室に入ってベッドのある方を見ると、二つの人影が見えた。


(陽華ちゃんも寝ちゃったのか)


 どうやら、出かけた疲れが出たらしい。陽華ちゃんが、天真に書けてある布団の上に頭を預けて眠っていた。その目元に涙の跡を見付けて、ボクの眉間にしわが寄る。


(全く……こんな可愛い子を泣かせるなんて。罪な奴だよ)


 きっと陽華ちゃんは、天真のことが心配で仕方ないのだろう。それはボクも同じだけれど、何があったのか知った今は少しだけ気持ちが違う。


「……『クレーターのある地域で、見たことのない人物に出会ったんです。その人たちと天真さんは戦って、気を失ってしまって』『オレたちに逃げろと言って、逃げる時間を稼いで下さいました』……か」


 事情聴取をした二人の言葉をそのまま口にしてみて、ボクは弟を見下ろした。

 天真の護衛として付き従っていたはずの二人だけれど、実際は天真の方が強かろう。その客観的事実のままに天真は指示したのだろうけれど、結局自分が助けられてるじゃないか。

 そろそろ、陽華ちゃんは起こそう。彼女にも知っておいてもらう必要があるから。


「陽華ちゃん、遅くなってごめんね。起きて」

「んぅ……? りくあ、さん? ……あ」


 ボクのことを大きな目で捉えた途端、陽華ちゃんは飛び起きた。ごめんなさいと謝る彼女を落ち着かせ、ボクも椅子を持って来て陽華ちゃんと向かい合う。


「何があったか、聞いて来たよ」

「……はい」


 眠気覚ましには少し重い話だけれど。そう前置きをして、ボクは聞いた話を陽華ちゃんに伝えることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る