崩壊の足音

第20話 ショッピング

 翌日、わたしは陸明さんと城下町へ出掛けた。午前中はわたしの勉強時間だったから、早めに軽く食べてからお昼前に待ち合わせしたんだ。ディスティーアのことをまだ何も知らないわたしの希望で、午前の数時間に歴史や文化、言葉等を教わることになったの。まだまだ勉強が必要だけれど、頑張っていきたいな。


「陸明さん! お待たせしてすみません」

「待ってないよ、陽華ちゃん。勉強お疲れ様」


 陸明さんと待ち合わせたのは、城を出て少し坂を下りたところにある大きな街路樹の下。わたしが駆けて行くと、陸明さんがこちらに気付いて手を振ってくれた。だからわたしも嬉しくなって、笑顔で彼女の傍に行くことが出来た。


「ありがとうございます。陸明さん、とってもかっこいいです」

「本当? ありがとう。陽華ちゃんも可愛いよ」


 陸明さんは、男性みたいなパンツスタイル。よく見たら、着ているものは所謂男性ものだ。髪の短いボーイッシュな格好のかっこいい陸明さんによく似合っている。

 対するわたしはと言うと、こちらの服を持っていなかったから城のメイドさん等から頂いたもの。元の世界から持って来た服は着ていたものともう一セットだけだから。膝丈の薄いオレンジ色のワンピースで、セミロングの黒髪は三つ編みでひとまとめにしてみたんだ。それを可愛いと言って貰えて、わたしは「ありがとうございます」と照れ笑いで応じた。


「さて、何処へ行きたい? 応援してもらっている立場でありながら、ロゼットの作り方をちゃんとは知らないんだ」

「そうですね……。手芸屋さんとかありますか? 大抵そこで揃えられると思うんですが、雑貨屋さんとかも行きたいです!」

「わかった。幾つか回ってみようか」


 陸明さんと並んで、街を歩く。日本よりも暖かい気候のディスティーアにあるアルカディア王国は、秋口である今は行楽シーズンらしい。大きな荷物を持った旅行者らしき人たちの群れを何度か見かけた。

 わたしたちは手芸屋さんを含め、何店舗か見て回った。


「……これとかどう?」

「良いですね。……あ、これも良さそう。あれと、あのパーツも欲しいです」

「月と太陽、だね。ボクらにぴったりだ」


 わたしが手にしたのは、ビーズ専門店で見付けた月と太陽のパーツ。銀色と金色のキラキラした色に惹かれたんだけど、陸明さんも頷いてくれてよかった。

 それからリボンを追加購入して、わたしたちはお茶にすることにした。そう言えば出かける前に軽く食べてきたけれど、もうお腹が空いている。


「何が良い?」

「うー……今日もお金出してもらうことになってすみません。わたしも払えるように頑張らないと」

「ボクが好きでやってるし、頼みを聞いてもらうんだから気にしないで。それに今後、給料も払われるはずだから」


 くすくす笑った陸明さんは、アイスコーヒーとチョコマフィン。わたしは迷った挙句紅茶とプレーンのマフィンを選んだ。

 注文したものは比較的すぐに来て、わたしたちは食べながらどんなロゼットにするか考えた。


「前回買って頂いたリボンをベースに、その他二種類くらいのリボンを組み合わせようと思っています」

「良いね。ボクが青、天真が赤だね。となると、この白と黒のレースも良さそう」

「そうですね! あまり重くも出来ないので、パーツはこの太陽と月、それからこっちのチェーンも使おうかと……」


 わたしの選んだマフィンは、ふわっふわでバターの香りと風味が感じられる美味しいものだった。一口分チョコマフィンを貰ったんだけれど、そっちは少しビターな味付けで美味しかったな。


「大体、こんなイメージでしょうか?」

「そうだね。後は、陽華ちゃんの腕次第、かな」

「お二人の力になれるよう、精一杯頑張ります!」


 食べ終わってからは、お茶を飲みながら話をした。その中でロゼットの大体の形は見えてきて、わたしが作業するだけだ。

 だから、わたしは陸明さんに気になっていたことを訊いてみた。朝から姿を一度も見なかった、彼女の弟のことを。


「あの、陸明さん」

「ん? 弟のこと、気になる?」

「……わかっちゃいましたか。はい、気になっていて。今日は用事があるって言っていましたが」


 おそらく、アイドルとしての仕事だろうと見当はつく。けれど、わたしは天真さんたちがどんなことをしているのかきちんと知らないんだ。

 陸明さんは頷くと、実はと口を開く。


「ボクらのこっちでのアイドルの仕事の一つをしに行ったんだ。陽華ちゃんは、クレーターの話を覚えているかな?」

「クレーターって、あの……空の影響で空いた?」

「そう、それ」


 毒ガスが出続けているというクレーター。それと天真さんに何の関係があるのかと思ったけれど、大有りだった。


「その様子を、半年に一度くらいのサイクルで見に行くのも仕事の内なんだ。当然一人では危ないから、王様から数人の兵を借りて行くんだけれど」

「……見に行って、不用意に近付かなければ危険はないですよね。火山地帯と同じで、そうですよね」

「そうだね。夕方には戻って……どうかしたかい、陽華ちゃん?」


 陸明さんが首を傾げる。更に彼女がわたしに向かって手を伸ばしたのは、わたしの顔色があまり良くなかったからかもしれない。

 わたしは胸元に手を置いたまま、ふるふると首を横に振った。


「いえ、大丈夫です。……何か、胸の奥がざわつくような錯覚に陥っただけですから」

「無理はしないでね。飲み終わったら、ゆっくり帰ろうか」

「はい」


 店を出て、わたしたちは早速城を目指す。歩いている間に、胸騒ぎは落ち着いていた。ただ、奇妙な違和感だけを残して。

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