第19話 ロゼット
「ロゼット、ですか?」
ロゼットは、推し活でよく使われるグッズの一つだと思う。アニメグッズや推し活グッズの売っているお店にも売っていたし、自分で作ることも一般的になっていた。
でも、何故二人のロゼットを作って欲しいという話になるんだろう。
「お二人の力を最大限に引き出すため、わたしの……推官の力が必要なことはわかりました。ですが、ロゼットは何か役立つのですか?」
「アイドル活動をする中で見ることがあったけど、みんな凄く手の込んだものを鞄とかにつけていたよな。陽華に作ってもらったら、凄く強くなれるな。絶対」
「絶対って。天真さん、見てもいないのに何でわかるんですか?」
その問いは、わたしにとってはあまり考えないで口にしたもの。でも、言わなければよかったとすぐに後悔することになる。
わたしの質問に、天真さんは即答した。
「何でって……陽華の俺たちに対する気持ちが籠められているんだ。それに背中を押されないわけがないだろ?」
「うっ……」
胸が痛い。全身が心臓になったみたい。そんな台詞を、そんな優しい顔で言わないで。……勘違いしそうになる。
わたしは熱くなった顔を見られたくなくて、俯いたまま「ありがとうございます」とお礼を言った。それから何とか頭を切り替えて、天真さんを直視しないように陸明さんへと顔を向ける。気になっていることを口にした。
「り、陸明さん。ロゼットを作るって言っても、真ん中にまさかお二人の缶バッジをつける……とかじゃないですよね? お二人に差し上げるものということで合っていますよね?」
「うん。流石にボクも、自分の缶バッジをつけたものを身に着けるのは勇気がいるよ。つけて欲しいのは、これなんだ」
そう言って笑った陸明さんがテーブルの上に出したのは、二つの宝石。赤と青の鮮やかな色が眩しくて、わたしは思わず目を細めた。それくらい、輝いていて綺麗。
「これは?」
「ボクらがこの世界に戻った日に、王様から渡されたもの。一年前に遺跡から発掘されたもので、調べた結果膨大な魔力を保持していることがわかったものだそうだよ。誰も触れられなくて、触れずに分析していたから時間がかかったみたいだ」
「誰も触れられないって、どうしてなんですか?」
わたしは石を手に取り、眺めてみる。触れられないということは全くなく、すんなりと手に収まってくれる。疑問を口にすると、陸明さんが答えてくれた。
「ボクらも不思議で、訊いてみたんだ。すると、発見された当時も魔力の壁みたいなもので守られていて、触れようとすると弾き飛ばされたらしい」
「弾き飛ば……それはまた」
「驚くよね。まあ、発掘チームにそういうの専門の人がいて、持ち帰ることが出来たみたいなんだけど」
それから何とか分析し、膨大な魔力を持つ石だとわかったらしい。そして同じく膨大な魔力を持つアイドルならば、扱うことが出来るのではとなったのだそうだ。
「でも、どうしてロゼットにつけようなんて」
「俺たちはここ数日ずっと肌見離さず持っていたんだけど、特に魔力が強くなったとかそういう気配はないんだ。おそらくだけど、推官なら力を引き出せるんじゃないかって結論に至ったんだよ」
他力本願だろ。そう言って肩を竦める天真さんだけれど、自分言葉を否定することはない。
「石の魔力は膨大だ。けれど、それを使う方法は不明。それでも俺たちがこの世界を離れている間に見付かって、触れることが出来た。オーウェル様たちが、この石を使いこなせると期待するのもわかるけどな」
「でも、出来なかった。だから、推官のわたしに?」
「ああ、頼みたい。勿論気負う必要はない。だけど、何となくお前ならやってしまうんじゃないかって思うんだよ」
引き受けてくれないか。天真さんに言われて、わたしが嫌だと言うはずもない。それに、これが推官としての初仕事になるんだから。
わたしは二つの石を大切に両手で包み、胸の上で握り締めた。
「力を引き出せるかは、わかりません。だけど、精一杯、今出来る最高のものを作ります!」
「おう」
「ありがとう。必要なものは、一緒に揃えよう。明日、買い物に行こうか」
「はいっ」
何が必要か、は経験で大体わかる。それが手に入るかはわからないけれど、出来る限り集めたかった。
「……」
「天真さん?」
陸明さんと明日の相談をしていたわたしは、ふと天真さんが何も発言していないことが気になった。彼を見上げると、目を瞬かせて「ごめんな」と肩を竦める。
「明日、用があるんだ。買い物は、陸明さんと二人で行って来てくれ」
「わかりました。きっと素敵なものを作りますね」
「楽しみにしてる。……陸明、頼む」
「任せて。そっちもよろしくね」
「ああ」
それから天真さんたちと別れ、わたしは自室に戻った。そろそろ寝る時間ではあったんだけれど、明日の買い物メモだけ作っておこうとペンを握る。
(リボンとフェルト、あと……)
明日の買い物のことで、とてもわくわくしていた。だから、知らなかったんだ。天真さんの用事が、危険を伴うものであることを。
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