第17話 振り返り
コーディナーさんに出会ったその日の夜、わたしは天真さんと陸明さんと夕食を食べていた。メニューは、トマトによく似た野菜をベースに使ったパスタだ。
具沢山のそれをフォークで食べながら、わたしは今日一日を思い返す。街の中も勿論だけれど、一番印象的だったのは図書館だな。
「陽華、今日はどうだった? 疲れてないか」
「昨日休ませてもらいましたし、今日もほどほどにといったところです。ありがとうございます」
「そっか」
わたしの手が止まっていたから、天真さんは気にしてくれたんだろう。今日一日を振り返っていたんですと答えると、色々あったからなと応じてくれた。
「コーディナーさんのインパクトが強過ぎました。凄く優しくて、博識な方ですね」
「そうだな。あの人が幾つなのかは誰も知らないらしいし、本人はああだし。気楽に付き合える人だよ」
「ボクらも、アイドルになってすぐの頃に色々教わったから。歴代のアイドルのことや、この国の歴史や世界のことを」
「……一体何者なんでしょうね」
天真さんと陸明さんもお世話になったというコーディナーさん。彼女の謎が解けることはないのだろうけれど、とても面白い人だと思う。
やがて食事が一段落した頃、陸明さんが手にしていた紅茶のカップをテーブルに置いた。
「そうだ、陽華ちゃん。天真が前に言ったこと覚えてる? リボンを持って来て欲しいっていう」
「覚えていますよ。今から持って来ましょうか?」
「そうだね。だけど、場所は変えようか。――天真」
「何だ?」
食器を片付けに行っていた天真さんが戻って来て、陸明さんの声に耳を傾ける。
「場所を変えて、あの話をしようと思う」
「あの……ああ、そうだな。何処にする?」
「ボクの部屋にしようか」
「り、陸明さんの部屋……!?」
わたしが小さく叫ぶと、天真さんが「それが良さそうだな」と笑う。
「今から会議室とか借りても良いけど、手間だし。俺の部屋より片付いてるから」
「まだ天真の部屋は早いよ。そうと決まれば、必要なもの持って来てくれるかな、陽華ちゃん。リボンと、貴女が作ったものとかあれば」
「わかりました」
わたしは早速部屋に戻ると、夜の市で買ってもらったリボンと最後に冬香ちゃんと作ったロゼット、そして裁縫道具をトートバッグに入れて持ち出した。何か作るとなったら他にも道具は必要だけど、一旦これで良いと思う。
「お、来たな」
「行こうか」
食堂に戻ると、わたしに気付いた二人が立ち上がる。そのまま広い城の中を移動して、わたしの借りている部屋と反対側に来た。こちらも同じく居住区だけれど、どうやら戦士や兵士と呼ばれる人たちの住むところ、所謂兵舎も兼ねられているみたい。
「どうぞ、入って」
「お邪魔します……」
陸明さんの部屋は、廊下の端にあった。その向かい側が、天真さんの部屋なんだって。アイドルだから特別に離れを貰うことも出来たらしいんだけれど、二人はここを望んだのだそう。
「特殊な役割を与えられたけれど、それで他人との変な距離を持ちたくなかったんだ」
そう言って笑い、陸明さんはわたしをソファへと招く。部屋はわたしのところの二倍近くはありそうな広さ。でも物はあまりなく、すっきりとした印象が強い。
テーブルを囲む二人掛けソファの半分に腰掛けたわたしの隣に、何故か天真さん座る。更にわたしの向かい側に陸明さんが来て、心臓がぴょんぴょんしている感じ。緊張しているんだ。
(顔、あっつい)
頬に触れなくても、熱が顔に集まっているのがわかる。どうか天真さんに気付かれませんように。そう願いながら、わたしは陸明さんが入れてくれた紅茶を受け取った。
「ありがとうございます」
「ありがとう、陸明」
「どういたしまして。……さて、早速本題に入ろうか」
紅茶を一口飲み、陸明さんが口を開いた。
「今までの復習みたいになってしまうかもしれないけれど。……陽華ちゃん、ボクらアイドルは、このディスティーアという世界の均衡を保つ役割を担っている。保つために各国のアイドルと連携しながら、力のバランスや魔力の満ち具合等を調整して来た。ここまではわかるかな」
「はい」
「うん、良いね。しかし近年、とある国が不穏な動きを見せていて、世界の均衡は崩れていった。天災の増加や急激な環境の変化、病気の蔓延……そんな様々な変化が顕著になりつつあるのが現在」
淡々と話す陸明さんだけれど、その表情は険しい。天真さんも「そうだな」と相槌を打った。
「そこでオーウェル様が一計を案じ、ボクらに推官を捜すために地球へ行けと命じたんだ。その後のことは、陽華ちゃんにもわかるね」
「はい。アイドル活動をしておられましたね」
「うん。その中できみを見付けて、今戻って来た」
今までのことをまとめた話をして、陸明さんが「そこで」とわたしを見つめた。
「推官が何をしてきた役目なのかということなんだけど……」
これを見て欲しい。そう言った陸明さんが本棚から抱えて来たのは、一冊の古めかしい本。その表紙には何か文字があったけれど、わたしはまだ読めない。
「これは?」
「ざっと数百年分の推官に関する記録が書かれたもので、一般的には『推官記』と呼ばれているんだ。推官が何をして来たのか、これを読めばわかるという本なんだよ」
「……『推官記』」
ぱらぱらとめくってみると、達筆で様々なことが書かれている。そのほとんどはまだ読めないけれど、陸明さんと天真さんが解説しながら推官のすべきことを教えてくれた。
「時代によって少しずつ変わってきてはいるらしいんだけれど、当時の推官の役割は、主にアイドルを世話することだった」
「お世話ということは、わたしもお二人の?」
「いや、陽華ちゃんには別のことをお願いしたい。簡単に言うと、推し活グッズを作って欲しいんだ」
「あ……」
そう、色んなことがあって忘れそうになっていた。わたしが推官に選ばれたのは、自分で作る応援グッズのちょっと特別な力によるところが大きい。トートバッグからあの二色のリボンを取り出すと、天真さんがわたしの手元を覗き込んだ。
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