推官の仕事
第16話 図書館の管理人
夜の市に行った翌日、わたしは天真さんと陸明さんと共に、今度こそ昼間の城下町を散策した。初めて来た時も思ったけれど、城下町は広くてとても多くの人々が暮らしている。今もほら、数人の子どもが駆けて行った。
「改めて、綺麗な街並みですね。建物に統一感があって」
「街を整備した時、統一感は意識されたらしい。内装は兎も角、外装はある程度基準があるらしいな」
「この国が生まれた数百年前のことだけれどね。……ああ、ほら。見えて来たのが、国立図書館だよ」
昼の市や住宅街、学校などを散策した後、陸明さんが是非とお勧めしてくれたのは図書館だった。ここならば、アイドルや推官のこと、この国の歴史や文化の文字資料を閲覧することが出来るから。
国立図書館は、繁華街から少し離れた山に近い場所に建てられていた。重厚感のあるたたずまいのそれには、ところどころ蔦が絡まっている。少し重苦しい雰囲気があった。
「おお……」
「ちょっと近寄りがたい雰囲気があるけど、中は普通の図書館だから」
「まあ、管理人がちょっと面白いくらいかな」
「管理人さん、ですか?」
陸明さんが言うくらいだから、とちょっと期待してしまう。わたしが首を傾げて尋ねると、彼女は「会えばわかるよ」と笑った。
「じゃ、行くか」
ぎぎぎ……。
重い音が響き、両開きの戸の片方が開く。天真さんに手招かれ、わたしは図書館の中を覗き込んだ。
「わぁ……!」
エントランスの先には、所狭しと本が並べられているのが見える。壁のほぼ全てが本棚になっていて、背表紙がずらっと。その色は統一感があり、でも時折別の色の背表紙が入ることで遊び心がある。
「本の数、多いですね」
「ざっと数万冊だっけ? まだあったかな」
「……桁が一つ違うよ、陸明様」
何処からか聞こえてきた声に、わたしはキョロキョロと見回す。けれど暗めの照明のその場所では、人を見つけるのは難しい。
「一体何処から……?」
「あそこだ。もう少し上を向いてみろ。二階にいる」
「二階? ……あっ」
「ふふ、見付かった」
二階にも本棚がずらっと並んでいる。それらの本棚の手前、一階からも見える位置に置かれた読書スペースの椅子の一つに誰か腰掛けていた。
「今からそっちに行くね」
行くねと言った直後、その人物はふわりと飛び降りた。二階とはいえ、高さは余裕でマンションの四階分くらいある。わたしは思わず、ぎゅっと目を瞑った。
「……?」
「大丈夫、怪我などしていないよ」
「えっ」
なかなか音がしなくて、わたしはおずおずと瞼を上げた。すると目の前に、十二歳くらいの女の子が立っている。ツインテールを揺らして微笑むその子と目が合って、わたしは思わず一歩退いた。
わたしが退くと、何故か女の子は一歩前に出た。そしてくりっとした目で瞬きをする。
「む?」
「えっと……」
「はい、ストーップ! 管理人、落ち着いて」
女の子を背後から捕まえたのは、笑っている陸明さん。……ん、管理人?
「え、この子が管理人さんなんですか……?」
「そうそう。見た目は子どもだけど、中身は成人済みというか年齢不詳?」
「えぇ……」
こんなに可愛らしい女の子が、年齢不詳の管理人。わたしはまだ信じられず、じっと彼女を見つめてしまった。
けれど管理人の少女は人懐こい笑顔をわたしに向け、それからくるんとその場で回る。上着の裾とツインテールがふわっと踊った。
「改めて。初めまして、異世界の娘さん。私はコーディナー。アルカディア王立図書館の管理人であり、館長でもある」
「コーディナーさん、初めまして。わたしは南條陽華といいます」
「陽華、だね。……一人でよく来てくれた。偉いなぁ」
コーディナーさんはそう言うと、優しい手つきでわたしの頭を撫でてくれた。わたしよりも背が低いのにどうしてと思うと、彼女の体がふわふわと浮いていることに気付く。この世界の人たちは、みんな空中に浮くことが出来るのかな。
「あ……ありがとうございます」
「ふふ。陽華も私には敬語を使う必要などないよ。この通り見た目は子どもだし、常に誰よりも若いと思っているからね」
「えっと……じゃあ、コーディナー……さん、よろしくね」
「ふふっ、流石に最初から呼び捨てはきついか。今はそれで許してあげよう」
何故かドヤ顔のコーディナーさんに案内されて、わたしたちは図書館の中を歩く。歴史、文化、科学、学問、物語、武術、そして魔法。様々な分野の本が並んでいる。図書館にはわたしたち四人しかおらず、コーディナーさんたちからこの世界のことをより詳しく聞くことが出来た。
何となくわかっていたけれど、この世界には魔法が存在する。そして、特にその世代で最も魔力が強い二人が『アイドル』に選ばれるのだとか。
「男か女か、それは特に決められていないんだ。今回はボクらが選ばれた。姉弟というのは珍しいらしい」
「同性のことが多いらしいな。後は、今まで推官まで揃えられたことは数えるほどしかないと聞いた。特別な推官は別の世界の者から選ぶんだけれど、前回迎えたのは百年ほど前だと」
「百年……」
わたしの祖父母の生まれていない頃に、前回の推官が招かれた。その時は一体何故必要だったのかと尋ねると、コーディナーさんが「戦争だよ」と言いづらそうに教えてくれた。世界大戦が起こった時、戦いを終わらせるために招いたのだと。
「特別な推官は、世界の危機に招かれるという。だから、この世界の崩壊が起こりつつある今、きみを見付けた。……きみはきみの心の信じるまま、真っ直ぐに行けば良い」
「――うん」
「良い返事だね」
コーディナーさんに褒められて、わたしは「ありがとう」と笑った。そんなわたしたちを眺めて、見守る天真さんと陸明さんも目を細めている。
それから数時間を図書館で過ごし、わたしたちはコーディナーさんに見送られて城へ戻った。
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