第15話 夜の市

 色々と頭と体が追い付かなくなって、アルカディア王国に着いて二日目にぶっ倒れた夕方。わたしは陸明さんに起こしてもらって、着替えて外に出た。

 うん、休むって大事だって改めて思いました。お二人にもたくさん心配かけたし、王様であるオーウェル様にはさっき挨拶に行ったら滅茶苦茶謝られた。


「オーウェル様、気にしておられましたね……」

「あの人は、王様であるのが勿体ないくらいお人好しでね。臣下たちは皆苦労しているんだ」

「とはいえ、締めるところはちゃんと締めるから、皆ついて行くんだろうな」


 夜の市に行くという天真さんと陸明さんに吊れられて歩きながら、そんな話をする。二人共、何だかんだ言いつつもオーウェル様を慕っているみたい。


「いい王様なんですね」

「冗談も通じるしな。……お、あそこだ」


 天真さんの指差す方に目を向ければ、そこにはランプで彩られた人混みがあった。まだアルカディアの文字は読めないけれど、陸明さんが入口に書いてある文字を読んで教えてくれる。


「『夜の市』と書いてあるんだ。年に一度、王都で開かれる大きな市場だよ。フリーマーケットもあるし、各地から名産品も集まってくる」

「盛大な祭りもあるけど、市と名がつくものの中では最大のイベントだな」

「本当、賑やかで楽しそうです!」


 夜の市に入ると、オレンジ色のランプの火に照らされた人々と商品がよく見えた。お客さんでごった返しているけれど、どの顔も笑顔で楽しそう。

 見たことのない野菜や果物、アクセサリーにぬいぐるみ、文房具。目移りするような商品がたくさん並ぶ中、わたしはあるお店に目を止めた。


「わぁっ! リボンたくさん!」


 そこは、手芸店。特に色彩様々なリボンが所狭しと並べられていた。これだけ種類があったら、色んなロゼットやデコレーションが作れそう!


「ここが気になるのか?」

「確かに、陽華ちゃんが好きそうだね」

「天真さん、陸明さん」


 わたしがじっと見入っているからか、天真さんたちも寄って来た。丁度わたしが手に取っていたのが、アイドル・天真さんのイメージカラーの赤地に金色の糸で刺繍のあるもの。その隣には、青色で同じ模様のものがあった。


「それ、気に入ったのか?」

「はい。お二人のイメージカラーで、綺麗だし。ロゼットとか他にも色々作ったら楽しそうで」

「本当だ。陽華ちゃんが作るっていうのに使えそうだね。ボクらにも役立ちそうだ」


 後ろから覗いてきた陸明さんが笑って、わたしは嬉しくなる。わたしの作るものたちが二人の力になるらしいから、その素材を集めている感じになるのかな。

 すると、天真さんも覗き込んでくる。近くでドキドキする。


「いいじゃん。……おじさん、これ下さい」

「えっ」

「毎度あり! って、アイドル様じゃねぇか。お忍びかい?」

「まあ、そんなところ」


 わたしが驚いている間に、あれよあれよと取引が成された。天真さんに二種類のリボンの入った紙袋を差し出され、震えながらそれに触れる。


「い、良いんですか? だってわたし……」

「俺が買いたいと思ったから、良い。それを使って頼みたいこともあるしな」

「……」


 押し付けられたそれを抱き締めると、じわじわと胸に嬉しさがこみ上げる。ちらりと陸明さんを見上げると、彼女は笑顔で頷いてくれた。


「貰っておいて。天真は照れ屋だから」

「っ! 陸明!」


 陸明さんの言葉に、天真さんはカッと顔を赤くして声を荒げる。けれど、当の陸明さんは何処吹く風。

 でもわたしはそんなやり取りに気を取られることはなく、ぎゅっと紙袋を抱き締めてから天真さんを見上げた。


「嬉しいです。ありがとうございます、天真さん!」

「あ、ああ……」


 天真さんととわずかに視線が合わない。どうしてだろうと思ったけれど、人込みでもあったから長くその場にいるわけにはいかない。

 わたしたちは夜の市を一周見て、城に帰ることにした。思いの外広い市をぐるっと一回りした頃には、夜も遅くなってしまっていた。


「今日はご迷惑もおかけしたのに、ありがとうございました。とっても楽しかったです!」


 遅めの夕食を終え、わたしは部屋まで送ってくれた天真さんと陸明さんにお礼を言った。二人と一緒でなかったら、こんなに楽しくなかっただろうと思うから。

 お礼を言うと、天真さんと陸明さんは顔を見合わせて同時に笑った。


「無理させたのはこっちだから。それに、陽華ちゃんが楽しめたのならよかったよ。ね、天真」

「ああ、陸明の言う通りだ。それに、徐々に忙しくなる。明日昼間の城下に行って、帰って来たら陽華に頼みたいこともあるんだ」

「頼みたいこと、ですか? 今でも良いですけれど……」


 今日行ってもらえれば、動けることもあるかもしれない。そう思って聞いてみたけれど、天真さんは首を横に振った。


「明日で良い。その時、今日買ったリボンも持って来てくれ」

「わかりました」


 どうやら、わたしの『推官』としてのやるべきことに関係しているみたい。この国のことを知って、わたしの役目を果たしたい。

 天真さんと陸明さんに「おやすみなさい」と挨拶をして部屋に一人になった後、わたしは今日教わったこの国のことについてノートにまとめた。忘れてしまったこともあるから、それは明日歩きながら聞こうと思う。


「――よし、寝ようか」


 お風呂はなく、部屋備え付けのシャワーを浴びて寝る支度を整える。わたしは部屋の照明を消し、ベッドに潜り込んで目を閉じた。寝入るまで、瞼の裏には夜の市の明かりがぼんやりと見える気がしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る