第14話 はじめましてばかり
アルカディア王国に来て初めての朝、わたしは迎えに来てくれた陸明さんと共に食堂へと向かった。そこは城に住み込む人々の食事の場であり、奥行きがある広い場所だった。流石に日本食はなかったけれど、アルカディアの郷土料理だという炊き込みご飯に似た料理を食べておいしくお腹を満たした。
それから少しして、天真さんもやって来る。三人で城内を周り、わたしは何人もの偉い人やメイドさん等に挨拶し、何処に何があるのかを教えてもらった。
「疲れ……ました……」
「お疲れさん、陽華」
「よく頑張ったね」
昼時から少し時間が経ってから、わたしたち三人は城の食堂にやって来た。昼食の時間を少しずらしたからか、食堂はあまり人がいない。わたしは席取りのために一旦座った席で、一旦限界が来て机に突っ伏してしまった。
まだ注文しに行って食事をするというミッションが残っているけれど、少し待っていて欲しい気分。わたしが泣き言を言うと、天真さんが声をかけてくれ、陸明さんは背中を撫でてくれた。
「朝から連れ回したからね。挨拶にも行ったし、疲れるのは当然だよ」
「まあ、一日で回れっていうのが無茶なんだよな。どうする、城下は明日にしても良いぞ?」
「……いえ、行きます。お二人の時間を頂いているんですから」
早く役立てるようになりたい。気持ちを急かしても良いことはないんだけれど、わたしは二人の力になりたかった。一刻も早く。
確かに、午前中は体と同様に気持ちも疲れてしまったと思う。王様の前で大臣や各所のトップの人たちに挨拶し、城内を回ってメイドさん等働いている人たちの仕事を簡単に教えてもらって、今庭園から戻ってきた。けれどそれらは全て、異世界から来た新参者であるわたしが、無事アルカディア王国に馴染めるようにという王様の配慮でもあると思う。
わたしは体を叱咤して、ふらつきそうなのを耐えて立ち上がる。
けれど、気合だけじゃ体はついて来ないみたい。
「あれ?」
「――おっと」
とさっ。音がして、わたしは自分の体が傾いていることに初めて気付いた。そして、体が誰かに支えられて倒れずに済んだことも。お礼を言わないと、そう思って顔を上げて、わたしは悲鳴を上げた。
「て……てて、天真さんッ!?」
「ふらついてるじゃないか、陽華。午後の城下探索の時間を遅らせよう。明日か明後日に残りは行けば良い」
「で、でも……」
早く世界の崩壊を食い止めないといけない。そのためにも、まずはこの世界になれることが必要。だから早く全て理解して呑み込んで動かなければいけないのに、わたしは何も出来ていない。
わたしが抵抗する気配を見せると、天真さんは顔をしかめた。
「駄目だ。陽華は今だけでも、自分をまず第一に考えろ。それに街中で倒れたら、あまりいい覚え方はされないぞ?」
「う……おっしゃる通りです……」
「わかればよし」
これからずっと、この世界で生きていく。そう覚悟を決めたはずなのに、最初から国民の皆さまに嫌われてしまったら元も子もない。
わたしが大人しくなると、天真さんは頷いて何故か屈んだ。何をするのかと不思議に思った直後、ふわりと体が持ち上がる。
「ごめんな、後でひっぱたいてくれても良いから」
「えっ……ちょっ……へ!?」
「部屋まで運ぶ。陸明、城下は夕方から行こう。丁度、夜の市が開かれる頃だろ」
「わかった。この時期のイベントだから、丁度良いだろうね。陽華ちゃん、諦めて運ばれるんだよ」
「り、陸明さん!?」
わたし、そんなに軽くないよ!? 骨も内蔵も他にも色々入っているから、人間だから結構重いのに。そんな支離滅裂なことが頭をよぎったけれど、赤面するばかりで意味のあることは何も口に出来なかった。
そんなわたしを軽々と運ぶ天真さんの表情は、わたしからはよく見えない。すたすた歩く彼は、やがてわたしの部屋の前までやって来た。
「陽華、鍵は?」
「あ……ここに」
「おし、ありがとう」
わたしから鍵を受け取った天真さんが戸を開けて、失礼しますと挨拶して中に入る。そして、わたしをそっとベッドに着地させた。
「じゃあ、また昼過ぎに迎えに来る。陸明も後で様子を見に来ると思うけど、ちゃんと寝とけよ?」
「わっ。布団被せなくてもちゃんと寝ます! というか、この格好のままはちょっと……」
城の中を歩き回った後なのだ。服装が寝るためのものではない。それを口にすると、天真さんは「それもそうか」と苦笑いして踵を返した。
「じゃあ、着替えて寝るんだ。もうふらふらしているから、無理しようとするなよ」
「わかりました。……気遣って下さって、ありがとうございます」
「また後でな」
ぱたん。優しく閉じられた戸を見つめていたわたしだけれど、確かに体と気持ちの疲労をしているんだと自覚した。今すぐ倒れ込みたいけれど、少なくとも着替えなければ。
「もう、シャツとかで良いよね。……早くしないと、寝ちゃいそう」
何とか着替えて、さっきまで着ていた服はベッド脇の椅子に掛けておく。そうしてようやくわたしはベッドに倒れ込み、陸明さんが起こしに来るまで眠り続けた。
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