第13話 正体

 トントントン。

 わたしがほとんどない荷物の整理を終えた頃、見計らったかのように部屋のドアがたたかれた。そういえば、天真さんがメイドさんが来ると言っていたっけ。


「はい! 今開けま……」


 慌ててドアノブを回し、戸を開ける。そして廊下に立っていた人物を見て、わたしは思わず「え?」と思考停止した。


「何で……」

「こんばんは、陽華ちゃん。ちょっと良いかな?」

「な……何で陸明さん!?」


 メイドさんが来ると思っていたわたしは、心底驚いた。思わず叫んでしまったけれど、それだけびっくりしたのだから許して欲しい。

 わたしがそれ以上何も言えずにいると、陸明さんは「えーっと、入らせてもらっても良いかな?」と首を傾げる。ハッと我に返り、わたしは彼を部屋に招き入れた。


「すみません、散らかってるんですけど……」

「いや、充分に綺麗にしているよ。片付け上手だね。……うん、ボクが置いておいたぬいぐるみたちも置いてくれていてよかった」

「あのぬいぐるみたち、陸明さんが?」


 陸明さんの視線の先にあるのは、あの二匹のウサギのぬいぐるみ。あれを置いたのが陸明さんだと知って、わたしは目を丸くした。ああいう可愛らしいものが好きなのかな。

 わたしがそれを尋ねると、陸明さんは明言せずに微笑む。そして、ふいに柔らかい表情でウサギたちを眺めた。


「前……日本に行く前に市場で一目ぼれしたんだ。もしかしたら、ここに来る誰かの寂しさを紛らわせられるものになればと思っていたんだけど……思わぬ役割が出来たかもしれないな」

「え?」

「ううん、こっちの話だよ」


 陸明さんの言った意味がわからずに聞き返すけれど、彼はそれ以上教えてはくれなかった。その代わりに、表情を改めてわたしを見つめ返す。その真剣な瞳に、どきっと心臓が跳ねる。


「りくあ、さん?」

「陽華ちゃん、きみに謝らないといけないことが一つあるんだ」

「謝らないといけないこと、ですか? あ、まずは座って下さい! 椅子はないので、ベッドにでも」

「うん、ありがとう」


 陸明さんが腰掛けた横に座り、わたしは軽く首を傾げた。何だろうと目を瞬かせると、一呼吸置いた陸明さんが「ボクは」と口を開く。


「ボクは、実は男じゃないんだ。性別で言えば、

「え……」

「びっくりさせたよね、ごめん。日本でアイドル活動をする上で、実の姉弟とはいえ男女のグループは……って苦い顔をされて性別を偽ることになったんだ。幸いボクは一人称がもともと『ボク』だったし、体型も女性らしくならなかったから丁度良かったんだよね」


 くすくす笑って、陸明さんは両手を広げる。

 確かに陸明さんは、スレンダーだ。容貌も男性でも女性でも通用しそうなもので、更には整っていて美しい。声も耳に心地よいアルト。何十回も曲を聞いているし、ライブも見ている。それなのに気付くことはなかったし、ゴシップ好きな雑誌も誰も、陸明さんを男性と疑わなかった。

 でも、正体を告白された今ならばわかる。天真さんよりも線が細いし、手も細くて小さい。心の底から驚いたけれど、不思議とわたしは「裏切られた」なんてことは思わなかった。


「あの、陸明さん」

「おいで、陽華ちゃん」

「わっ」


 背中に腕を回されて、わたしは正面から陸明さんに抱き締められた。良い香りがして、ドキドキする。冬香ちゃんとハグするのとはまた違う、包み込まれるような感覚。大きく感じるけれど、陸明さんが女性であることは感覚で理解した。

 わたしを抱き締めたまま、陸明さんは耳元で囁くように続ける。


「陸明さん」

「嘘をついていたから、嫌われるかもしれないと思った。だけど、信じて欲しい相手に偽り続けるのは誠実じゃない。だから言おうって決めて来たのに……ごめんね」

「……」


 陸明さんが震えている。わたしは口を開きかけ、また閉じた。何て言えば、わたしの気持ちを確かに伝えられるだろうか。泣かないで、わたしはあなたが大好きなんだって。


「……陸明、さん」

「ああ……ごめんね。もう夜遅くなってしまうから、ボクはもう戻るよ。ボクのことは気味が悪いかもしれな……」

「陸明さんっ」

「は、はい!」


 わたしが叫ぶように呼ぶと、陸明さんは目を丸くして返事をしてくれた。それが可愛くて、わたしは気持ちをそのまま伝えようと口を開く。変に誤魔化したりオブラートに包んだり、言葉を器用に創り出すのはわたしには難しいから。


「陸明さん。わたしは、陸明さんが好きです。男だからとか女だからとかではなくて、陸明さんのことが。Destirutaであった時から、ずっと陸明さんと天真さんはわたしの憧れで支えで推しで……ずっと笑っていて欲しいと願っています」

「陽華、ちゃん……」

「勿論、悔しかったり悲しかったり、泣きたいことだってあると思います。そういう時、泣いて良いんです。わめき散らすことだってあるでしょう。それでも……それでもいつか笑顔で幸せを感じてくれていたら、そう願っているんです」


 言葉にしながら、わたしも泣きそうになっていた。ぐずっと鼻をすすって、それが恥ずかしくて、陸明さんの体を手で軽く押してから照れ笑いで誤魔化す。


「推し活してるんです。推しの幸せを願うのは、当たり前なんですよ」

「……うん、ありがとう。きみみたいな人に応援してもらえて、ボクも天真も幸せだよ」

「もう、泣かないで下さい。わたしまで泣きそうになるじゃないですかぁ」

「ふふ、ごめんね?」


 もう、陸明さんは泣いていなかった。はにかむ陸明さんを間近で見て、わたしも嬉しくなって「良いですよ、許します」って言って笑っていた。

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