第12話 かわいい部屋

「こっちだ、陽華」

「はい」


 広くて案内がなければ迷いそうな城内を、わたしは天真さんに案内されて歩いている。二人きり、そう思うと心臓はバクバクと音をたててしまって、のぼせたように何も考えられなくなってしまう。


(だって、推しと並んで歩いているんだよ? 普通に考えてムリじゃない!?)


 ムリというのは、嫌悪感で一緒にいたくないとかそういうマイナスな意味ではないよ。その反対で、大好きで緊張して嬉しくて、粗相をしてしまいそうで怖くて、でも尊過ぎて情緒が追い付かないという言葉だよ。何となく雰囲気はわかってもらえるかな。

 わたしは真っ白になりそうな頭を何とか奮い立たせ、次は一人で歩けるようにと景色を覚えながら歩く。

 やがてまばらだった人通りが途絶え、二人の足音が空間に響くようになる。わたしたちはたわいもない話をしながら部屋の前に着き、その戸を開けた。


「さ、どうぞ。ここが今日から陽華の部屋になる」

「お、お邪魔しま……うわぁっ!」


 部屋の内装が可愛い。大きな窓には白っぽいカーテンがつけられており、その手前にある本棚や戸棚は木目を活かした落ち着いたデザインだけれど、取手や装飾には可愛らしい花の模様があしらわれている。ベッドは落ち着いた薄桃色の布団が敷いてあり、大きなウサギのぬいぐるみが二つ並んで座っていた。

 わたしは早速可愛らしいウサギのぬいぐるみに飛びつく。ふわふわもふもふで、肌触りがとても良い。


「かっわいい! ふわふわぁ……幸せ」

「喜んでくれてよかった。城のメイドに頼んで正解だったな」

「あ、用意して下さったんですよね。ありがとうございます。すっごく嬉しいです!」

「気に入ったか?」

「勿論です!」


 わたしが満面の笑みになっていたからか、天真さんはふっと嬉しそうに微笑んだ。


「……ウサギが好きだと良いなと思ったから、置いておいてよかった」

「何か言いましたか?」


 天真さんは何か言ったみたいだけれど、わたしは内装に気が行っていてちゃんと聞いていなかった。だから聞き返したんだけれど、彼は「何でもない」と軽くそっぽを向いてしまったから、それ以上は聞かないことにする。

 コホンと咳払いをして、天真さんは話を続けた。


「明日、城や城下の案内はしよう。今夜はゆっくり休んでくれ。もし必要なものがあれば、後でメイドに来てもらうから頼むと良い」

「わかりました。天真さんも陸明さんも、お疲れだと思うので早く休んでくださいね」

「……そっくりそのまま、言葉を返そう。おやすみ、陽華」

「おやすみなさい、天真さん」


 ドアを閉じ、天真さんの足音が遠ざかる。わたしはその音が十分遠くなってから、ようやく大きく息を吐いた。抱き着いていたぬいぐるみに、もう一度抱き着き直す。そういえばこのウサギさんたち、右が赤い目で左が青い目なんだね。


「……わたしが出来ること、精一杯頑張ろう」


 まずは、荷物の整理から。持って来た唯一の鞄を開けて、わたしはぬいぐるみや裁縫セットを取り出して収めた。ぬいぐるみは棚の上かな。それから部屋に用意されているものを確認しようと、わたしは立ち上がった。


 ☆☆☆


 陽華を部屋に送り届けたすぐ後、俺は居住区画を過ぎた辺りの隅で座り込んでいた。はぁ……と息を吐く。


「なんか……滅茶苦茶緊張したな」


 まだ心臓がわかりやすく拍動している。先程までは耳元で心臓が動いているように錯覚していたから、それに比べればマシだけれど。

 ひとまず、陽華が部屋を気に入ってくれたようでホッとした。女の子はどんなものが好きなのかとか、何が欲しいのかとか、そういうことはわからないから。


(あいつがいてくれて助かった)


 これから会ったら、何を言ってからかってくるかはわからない。しかし、礼は言うべきだろう。お蔭で、陽華は喜んでくれたのだから。


「さて、行くか」


 あまり長時間待たせるわけにはいかない。俺は沸いていた戸惑いに一旦蓋をして、王との謁見の間に戻る。


「只今戻りました」

「お帰り、天真」

「戻ったか」


 俺を迎えてくれたのは、陸明とオーウェル様。二人は話し合いを続けていたらしく、世界地図は机の上に置かれたままだ。


「何を話していたんだ?」

「世界情勢について、少しね。ある程度固まったから、後はオーウェル様から聞いてくれるかい?」

「わかった。陽華には後でメイドが行くと言ってある。これで良いんだろう?」


 俺が困ったものだという顔を作って尋ねると、陸明は「ありがとう」と楽しげに笑った。


「それでいいよ。ボクの正体、そろそろ教えておいた方が良いと思ったからね」

「まあな。……ってか、あっちで全くバレなかったし。普通に過ごしてたらわからないんだろうけど」

「そうだとしても、これから一緒に過ごしていくんだ。……守りたいに嘘はついていたくないからね」


 それじゃ。陸明はそう言って手を振ると、颯爽と部屋を出て行く。その背中を見送って、俺は思わずぽつりと呟いていた。


「あいつのこと、マジで男と疑わなかったもんな。全員」


 まあ、ちゃんと陽華には明かすだろう。そう自分の中で結論付け、俺はオーウェル様に意識を向けた。

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