第11話 王との謁見

 時刻は夕刻で、王都は多くの人が歩いていた。天真さんたちはその中でも人通りの少ない道を選び、やがて目的地である城の前へと出る。裏口だというその門で、陸明さんが門番の男性と一言二言交わした。


「入って良いって。王にお目通りを願っておいたよ」

「じゃあ、一旦そっちに行くか。はぐれるなよ、陽華」

「わ、わかりました」


 城内の広さや豪華さに圧倒されながら、わたしたちは門の前から移動した。二人について行くと、たどり着いたのは客間の一つだという落ち着いた雰囲気の部屋。

 ふわふわで座り心地の良いソファに座り、わたしは落ち着かなくて何となく視線を彷徨わせる。それがわかったのか、陸明さんが苦笑いで話しかけてくれた。


「落ち着かないかい?」

「は、はい……。こういう場所に通されたことってなくて」

「取って食われることはない。俺たちもいるから、もう少しだけ肩の力抜いたら良い」


 ほら、深呼吸。天真さんに促され、わたしは大きく息を吸って吐いた。何度かそれを繰り返すうちに、少しずつ肩の力が抜けてくる。


「……ん、大丈夫そうだな」

「はい、ありがとうございま……」


 トントントン。部屋の戸叩かれ、外から「王がお会いになるそうです」という声がした。


「わかりました。行こうか、二人共」

「おう」

「は、はいっ」

「ふはっ。深呼吸だぞ、陽華」


 天真さんに笑われて、わたしは顔を赤くした。加えて陸明さんまでもが、とんとんと背中を撫でてくれるものだから、王様に会う前からプチパニック。


「も……もうっ! 二人してわたしのことからかわないで下さい!」

「悪かったって。かわいいからついなー」

「かっ……かわ!?」

「そういうところだよ、天真」

「は?」


 思考停止しかけたわたしの横で、陸明さんが肩を竦める。その意味がわからずに首を傾げた天真さんも含めて、わたしたち三人は廊下の「あの……?」という声で我に返った。


 ☆☆☆


「――よく帰ってきたな。陸明、天真」

「国王陛下におかれましては、ご機嫌麗しく……」

「臣下たる我々と致しましても……」

「……お前たち、わざとだろ」


 粛々と口上を述べる陸明さんと天真さんに、王様は呆れにも似た顔で言った。わたしは二人と一緒に頭を下げていたけれど、その言葉とそれに続いた両隣からの「ふっ」という吹き出す声に目を丸くする。え、緩すぎませんか?


「はっはは。流石は国王様、バレバレでしたか」

「ふふっ。良いのですか、こんなにもフレンドリーで」

「何というか、もう慣れた」


 王様は苦笑して王座に座り直し、目を丸くしているわたしに目を向けた。今更きまりが悪くなったのか、コホンと咳払いをして。


「さて、放置して申し訳なかった。……ようこそ、アルカディア王国へ。わしはオーウェルと申す」


 鷹揚に微笑んだのは、わたしの父よりも少し年かさの男性。筋骨のたくましさが

 見る者に威圧感を与えるけれど、笑うと一気に雰囲気が柔らかくなる。所謂、破顔一笑というやつかな。

 わたしも慌てて頭を下げ、自己紹介をした。とは言っても、何とか最低限名前を言えただけだけれど。


「あっ……初めてお目にかかります。南條陽華と申します」

「ナンジョウ・ハルカ殿、だな。ここにいるということは、アイドルたちに見出された推官ということ。……この国、そして世界の危機についてはご存知かな?」


 王様の言う世界の危機は、均等が崩れたことによる世界の崩壊を意味する。わたしはちらりと両隣の天真さんと陸明さんを見てから、小さく頷く。

 するとオーウェル様は満足そうに頷き、眉間にしわを寄せた。


「そこの二人が話してくれたか。……知っての通り、今この世界は崩壊の危機に瀕している。とある国の陰謀で、世界の均衡が崩れつつあるのだ。その崩壊を止めるため、我らの世界ではアイドルの力をより高めるため、推官を捜すことが急務となっていた。そこの二人に頼んでいたのだが……来てくれて、本当にありがとう」

「いえ、わたしは……ただ、お二人の力になりたかったんです。それに、この世界の崩壊の影響がわたしの世界にも出て来ていているんです。……わたしに出来ることがあるのなら、精一杯やりたいんです」

「……そうか、そちらの世界にまでも。兄弟と言い伝えられるそちらにも迷惑をかけてしまうとは、申し訳ないばかりだな」


 眉間をさすりながら、オーウェル様は苦々しく言う。するとわたしの隣にいた陸明さんが、すっと片手を挙げて発言権を求めた。


「あの、王。先程『とある国の陰謀で』とおっしゃいましたが、そちらの国との交渉は如何ですか?」

「ああ……そのことだが、難航を極めている」


 陸明さんの質問に応じたオーウェル様が、これを見て欲しいと言って書棚から大きな地図を開いた。そこに描かれているのは、四つの大陸とそれらの中央に位置する小さな島。そのうち右の大陸を指差して、オーウェル様は言う。


「ここが我らの国。そして向かいにあるのが、問題の国だ」

「リズカールという国だな。昔、長く内戦状態にあった大陸を一つにまとめた王が建国し、それ以来力に重きを置いた戦闘民族国家の傾向にある」


 この国とは全く違う、と天真さんが補足してくれた。とても危険そうな国という印象が付いてしまったんだけれど、どうしてその国が世界のバランスを崩させたんだろう。

 オーウェル様は天真さんの言葉に頷くと、話を続ける。


「そうだな。……何を企んでいるのかはまだ調査中だが、リズカール国は世界の均衡を壊すことで何かを得ようとしているというところまでは突き止めている。まだ不明点は多いが、世界の崩壊を食い止めるためには、彼らとぶつかることも視野に入れておいた方が良いだろうな」

「ぶつかる……。相手の国が何を考えて今の状況を作っているのか、それを知れば対策も何か立てられそうですね」


 わたしがぼそりと思ったことを口にすると、オーウェル様が「そうだな」と頷いてくれた。


「危険を顧みずこの国に来てくれた推官殿に報いるためにも、こちらも出来る限り動こう。……今日は疲れただろう。部屋を用意させているから、ゆっくり休むと良い。歓迎の会は、後日行わせてもらおう」

「ありがとうございます」


 わたしは胸を撫で下ろしていた。ここ何日も今までの常識を超えることばかり起こって、疲れを感じ始めていたから。

 その場に残って話があるという陸明さんとオーウェル様に挨拶して、わたしは天真さんに付き添われて部屋を辞した。

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