第2章 異世界ディスティーアへ

アルカディア王国

第10話 異世界の入口

 集合場所である公園に着くと、Destirutaの二人が大きな恐竜型の滑り台の上で待っていた。滑り台はトリケラトプスの形になっていて、その顔と尻尾の部分が滑り台になっているんだ。


「天真さん、陸明さん」

「来たな、陽華」

「お別れは済ませたのかい?」


 陸明さんに問われ、わたしは頷く。出来るだけ明るく、さらっと言うように努力したつもりだ。


「お母さんのご飯食べて、いつもおいしいご飯をありがとうって言ってきました。お父さんも帰ってきたので、肩をもんできましたよ。あと……手紙も置いてきました」

「そっか」

「いつか戻れるよう、全て終わったら帰り方を探そう。……一応、陽華ちゃんの記憶は一旦この世界から消しておくけど」

「はい。それでお願いします」


 本当は寂しくて仕方がない。でもわたしが行くって決めたのは、自分のためだから。この世界もあっちの世界も消さないために。


「じゃあ、こっち来いよ。警察なんかに見付かったら面倒だ」

「わかりました。……お二人こそ、お仕事は良いんですか?」


 天真さんの手に導かれ、わたしはトリケラトプスの背中に立つ。ふと気になったことを口にすると、二人は虚を突かれた顔をした。


「……推官を捜すための活動だったが、案外楽しかったからな」

「そうだね。申し訳ない気持ちもかなりあるけど……ボクらはボクらのすべきことをするために選んだから」

「すみません、無粋でしたね」


 二人が悩まなかったことはない。それは、この短期間二人と関わったわたしにも何となくわかった。答えは決まっていても、後ろ髪引かれる思いはあるよね。

 しんみりしてしまった空気を変えるように、天真さんが陸明さんを呼んだ。


「行こうぜ、陸明。立ち止まっていても、何も起こらないだろ」

「そうだね。じゃあ、通路を開くよ」


 そう言って、陸明さんが空に向かって右手を伸ばした。開かれた手のひらに光が集まり、わたしたちの見ている前で空に穴を開けた。


「わぁ……」

「時空のトンネルを通って、ボクらの世界へ飛ぶよ。中で迷ったら、死んでも出られない。ボクらの手を離さないで」

「わ、わかりました」


 時空のトンネルは、マーブル模様の空とはまた違う色をしている。銀色と藍色と薄桃色と……夜空を想起させるような配色だった。

 わたしの右側に天真さん、左側に陸明さんが立つ。二人に手を握ってもらって、一気に体温が上がってしまった。手汗を心配したけれど、二人の大きな手にしっかり包まれていて、わたしは握り返すことしか出来ない。


(あれ? 陸明さんの手、男性にしては細……)


 わたしが内心首を傾げるよりも早く、天真さんが「行くぞ」と合図した。途端に体が上に引っ張られ、怖くなったわたしは二人の手を力いっぱい握り締める。ごめんなさいって思ったけれど、未体験の恐怖がまさった。


 ☆☆☆


 時空のトンネルの中は、気を失わないように意識を保つことだけで精一杯だった。走馬灯のように流れていく幾つもの世界の入口を躱しながら、ただ溺れそうになるのを堪えていく感じ。天真さんと陸明さんにしがみつくようにして、わたしはとある世界の入口に飛び込んだ。

 飛び込んだ後、あまりの眩しさに目を閉じてそのまま気を失ってしまったみたい。


「……んっ」

「よかった、気が付いたね」

「りくあ、さん? ……あっ!」


 中性的な綺麗な顔立ちが間近にあって、わたしは一気に記憶を取り戻す。そうだ、起きなくちゃ。


「ごめんなさい! 気を失ってしまったみたいで……」

「無理もない。世界を移動したんだ」

「そうだな。心身が追い付かないのは当然だから、気に病むことはない」


 陸明さんと天真さんに励まされ、わたしはお礼を言って気を取り直した。キョロキョロと見回すと、何処かの森の中みたい。鬱蒼としたものではなく、明るい森で、上を見れば青空が見えた。


「あの、ここは……?」

「俺たちの故郷、アルカディア王国の外れにある森の中だ。森を抜けて少し行けば、王都がある」

「ここが、アルカディア……」


 わたしは息を呑んで、わずかな間だけ呆然とした。本当に異世界に来たんだと実感するまでは至っていないけれど、空気が明らかに日本とは違う。

 まだ実感の湧かないわたしを立ち上がらせ、天真さんがわたしの手に触れた。びくっと反応してしまって、彼に「ごめん」と謝られてしまう。


「ごめん、軽率だった」

「あ、そ、そうではなくて! 嫌なんかじゃないです。ただ、色々もたないというか……」

「もたない?」


 もたないってどういう意味だ。とでも訊きたそうな天真さんの言葉に被せるように、陸明さんが助け舟を出してくれた。わたしがまだ隠していたいことを察してくれたみたい。


「――っと、天真。そろそろ城に行こう。いつ帰るかなんて言っていないけど、挨拶もしないのは流石に宜しくないからね」

「あ、ああ。そうだな」


 王都はこっちだと指差して先導してくれる天真さんの後に続きながら、わたしはまだ熱を持ったままの右手の指を、左手で握った。まだ触れた感触が残っている気がして、落ち着かない気持ちになる。

 そんなことを考えていたから、足が遅くなっていたみたい。わたしの肩を、陸明さんが軽くたたいた。


「大丈夫?」

「あ、陸明さん……。すみません、わたし。遅れていましたよね。それにさっきも助けて頂いて……」

「あいつの歩くスピード速いから。だけどちゃんと待ちもするから、大丈夫だよ」


 そう言って陸明さんが指差す方を見れば、天真さんが少し離れたところで立ち止まっているのが見えた。わたしと目が合うと、軽く手を振ってくれる。そんな些細なことで、わたしの心臓が大きく脈打つ。

 わたしは陸明さんに、さっきさりげなく助けてもらったお礼を言おうとした。けれど陸明さんは唇に触れるか触れないかの距離に人差し指を置き、しーっと言って笑う。


「……弟は、不器用で鈍感。でもきっと誰よりも優しくてかっこいいよ」

「陸明さん? どうしたんですか……」

「ん? 何でもなーい」


 意味ありげに微笑むと、陸明さんは天真さんの方へと歩いて行ってしまう。わたしも慌てて追ったけれど、結局あの言葉の意味はわからないまま。

 そのまま雑談をしながら森を抜け、民家もない道を歩いて行った先はひらけた。目の前には、確かに王都と呼ぶべき西洋風の街並みと大きな城が見える。


(わたし、本当に異世界に来たんだ……)


 愕然としながらも、視覚情報は大事だと改めて思った。

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