第7話 推官候補

「わたしが……推官すいかん候補ですか?」


 わたしのぼんやりとした言葉に、陸明さんが「そうだよ」と頷く。


「というか、この世界でアイドルをしながら推官になれそうな人を捜していたんだけど、きみ以外に候補者は見付かっていないんだけどね」

「推官を捜すために、アイドルに?」


 推官は、アイドルの力を最大限に引き出す役割があるとさっき言っていた。自分たちの世界を救うために、その存在が必要だと。


「意味合いは違うが、アイドルになれば多くのファンと出会うことが可能だ。人捜しにはもってこいだ、とスカウトが言ったんだよ。間違ってはいなかったけどな」


 天真さんの話によれば、二人は街でスカウトされたらしい。人捜しをしているから芸能活動をしている暇はないと最初断ったのだけれど、より多くの人に顔を知られれば、人も捜しやすいと説得されたとか。


(確かに、お二人は声も容姿もかっこいいもんね。流石、二.五次元アイドルって言われるだけのことはあるよね)


 ゲームから始まったユニットだけど、中の人が公開された途端に知名度も人気も爆発的に上昇した。というのは冬香ちゃんの談だけれど、そりゃあそうだろうと頷くしかない。


「でもお二人は、最初顔出ししておられませんでしたよね。あれは……」

「異世界の人間であるボクたちが表に出て、誰かが違和感に気付いたら終わりだ。だから、慎重にならざるを得なかった。だけど、この世界ではファンタジーがすぐ傍にあるような感じだから、あまり皆気にしないでいてくれて助かった」

「確かに、アニメやゲームが身近にありますし、コスプレ用の道具とか売ってますし……ちょっと複雑な気持ちですけど」


 肩を竦め、わたしは苦笑いを浮かべた。


「そうかもしれないけれど、ボクらにとっては本当に助けになった。顔を出してからは、リアルにファンの人たちと交流することも増えて、本来の目的のために動きながら、芸能活動を進めていたんだ」

「で、この前のライブだ。陽華、あんたは結構前の席だったよな」

「はい。神席だって友だちと二人で喜んでたんですよ」


 あんなに近くで推しの姿を見ることが出来るなんて、今後ないだろうと思っていた。けれど今、わたしはテーブルを挟んで推しと向かい合っている。人生、何が起こるかわからないものだね。

 ライブのことを思い出して、わたしは頬が緩むのを感じた。変な笑い方になっていたらいけない、と思わず両手で頬を挟む。

 そんな百面相のわたしに突っ込みを入れることなく、天真さんは話を続けた。


「ありがとう。俺たちからも良く見えたよ。特に陽華は……際立って見えた。目が合った瞬間に、あいつだって気付くくらいには」

「ボクもライブの後に聞いて、驚いた。でも確かに思い出してみれば、陽華ちゃんのいたところからは他よりも強い力を感じたよ。……でも」


 口を閉じ、陸明さんがじっとわたしを見つめる。その綺麗な青い瞳に魅入られてしまう気がして、わたしはドキドキしながら耐えた。

 すると陸明さんは、首を傾げて「やっぱりそうだ」と一人頷く。その意味がわからず瞬きするわたしを見かねて、天真さんが助け舟を出してくれた。


「何が『やっぱりそう』なのか、ちゃんと説明してやってくれ」

「ああ、ごめんね。ボクらが強い力を感じたのは確かにきみからなんだけど、今のきみからはあの時ほどの強さは感じないんだ」

「じゃあ、わたしにはもう候補の資格がないってことですか……?」


 思いがけず、わたしはショックを受けた。凹むわたしに、陸明さんが「そうじゃないんだ」と続ける。


「あの時とは明らかに違うからだよ。あの時、きみは所謂……推し活グッズみたいなものを身に着けていただろう? それらから、より強い力が発せられていたみたいなんだ」

「あの時、持って行っていたもの……? 確か鞄に缶バッジ詰めて、ロゼットとかでデコって、自分で作ったペンラリボンも持って行ったっけ。アクセサリーとかも自作して……そういうものっていうことですか?」

「そう。きみの作るそういうものが、強い力を持っていたんだ」

「わたしの、作るものが……」


 そういえば、とわたしは冬香ちゃんに言われたことを思い出す。


「前に、友だちに言われたことがあります。わたしの作るものはキラキラしていて、輝きが増す感じがするって」

「推官の力がものに乗り移っているんだろう。俺も……あの後から調子が更に良くなったんだ。練習でバテそうになったところも、全力で歌って踊ることが出来た。多分、陽華の力を無意識に借りていたんだと思う」


 だから、と天真さんが真っすぐにわたしを見つめる。ドキドキが止まらない。


「俺たちの推官になって、一緒に世界を救って欲しい。……頼む」

「ボクからもお願いしたい」

「ふ、二人共顔を上げて下さい!」


 大慌てで、わたしは今を時めくアイドルである二人の頭を上げさせた。


「話はわかりましたから! わたしだって、わたしに生きる理由をくれたDestirutaの助けになるのなら是非協力したいんです」

「……ありがとう。でも、一つ確認しておきたいことがある。それを決めてからでも、全く遅くないよ」

「確認、ですか?」


 確認項目なんてあったんだ。それは何かと尋ねると、陸明さんは少し言いにくそうに口を開いた。


「二度と、。それでも良いか、だね」

「戻れない……?」


 家族や冬香ちゃんの面差しが頭に浮かぶ。誰にももう会えないかもしれない。そう考えて、わたしの心は大きく揺れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る