第6話 異世界のアイドル

 時間が止まったかと思った。それくらい、陸明さんの言った言葉は衝撃的だった。


「……異世界から来たって言いました?」

「言いました。ちなみに、これはそういう設定じゃないからね。リアルに異世界は存在しているんだ。ただこっちとあっちが交わるタイミングでないと、なかなか通路は繋がらないんだけどね」

「……」


 上手い言葉が見付からない。冗談ですよね、なんて言えない。それに、どう見てもどう考えても陸明さんが嘘をついているとは思えない。わたしは素直な感想を口にした。


「……異世界って、小説とかマンガとかの中の話だと思っていました」

「そりゃあそうだよ」

「生活していて、異世界に迷い込むなんてほとんどあり得ないしな。よく創作のモチーフになっているから、ある意味身近かと思ったんだが……そうでもなかったみたいだな」

「う、嘘ついてるだなんて思っていませんよ。ただ、思いがけない言葉が飛び込んで来て、混乱しているだけなので!」


 それは本当のこと。わたしは、陸明さんと天真さんを嘘つきだと言おうとは思っていない。それに現実には非現実なことだって起こるし、非科学的なことも何でもないことのような顔をして起こる。

 わたしは一つ深呼吸した。丁度そのタイミングで、店員さんが注文したものを持って来てくれる。わたしの前に、おいしそうな果物盛り沢山なショートケーキとアイスティーが置かれた。

 アイスティーを一口飲んで、少し気持ちが落ち着く。わたしは、ふと浮かんだ疑問をぶつけてみることにした。


「……異世界から来たというのなら、どうして地球、というか日本に? きっと簡単なことではないですよね」

「そうだね、疑問に思うのも最もだ。陽華ちゃん、少し長くなるけど聞いてくれるかな?」

「はい」


 わたしがしっかり頷くと、陸明さんは安心したように微笑んでくれた。その横から、天真さんがフォークの入ったケースを差し出してくれる。取れってことらしい。


「ケーキ食いながら聞けば良い。深刻に捉えすぎるな」

「あ、ありがとうございます。いただきます」


 フォークでケーキを一口分切って、口に運ぶ。すると、ふわっとした甘さが口の中に広がった。甘すぎず、丁度良い甘さでおいしい。過度な緊張が解ける気がした。


「うまそうに食うな、あんた」

「――っ! けほっ」

「お、おい! 大丈夫か?」

「だ、大丈夫、れすっ」


 ニッと笑ったその表情に、わたしはびっくりしてのどを詰めそうになった。実際咳き込んだのだけれど、お蔭で顔が赤い理由もつけることが出来たから良し。


(そ、その顔は反則でしょう!?)


 普段のクールな印象とも、ライブのテンション上がった顔とも違う、優しい笑顔。天真さんのそんな表情を間近で見てしまい、わたしの心臓は今まで以上に大疾走していた。

 恥ずかしさを隠すように、わたしはケーキをもう一口食べた。うん、おいしい。

 わたしが落ち着くまで待っていてくれた陸明さんは、頬杖をついてわたしを眺めて微笑んだ。


「ふふ。陽華ちゃんかわいいなぁ」

「えっ」

「ね……陸明、からかうのはやめてやれ。話が始まらないだろ」


 わたしがカッと顔を赤くすると、天真さんが肩を竦めて陸明さんをいさめた。陸明さんは「ふふっ」と楽しそうに笑うだけだったけれど、話を戻す気にはなったみたい。咳払いをして、指を組んだ。


「何処から話そうか。……ボクたちの故郷は、異世界ディスティーアにある。アルカディア王国というのが国の名前」

「……アルカディア」

「王国と名のある通り国王がいるんだけれど、それとは別に世界の均衡を保つために『アイドル』と『推官すいかん』という役職もある」

「アイドルって、こっちで言うアイドルと何が違うんですか?」


 今、陸明さんたちは地球でアイドルとして活動している。芸能人で、歌を歌って踊ってファンを笑顔にするアイドル。その職業とは違うのだろうか。

 わたしの疑問に、天真さんが答えてくれた。


「大きく違うのは、歌ったり踊ったりすることを主な仕事にしないことかな。俺たちの言うアイドルは、言わば世界の守護者なんだ」

「世界の均衡を保つって言っただろう? ボクたちの世界のそれぞれの国には、一組ずつアイドルがいる。ボクらを含めてね。それぞれの強大な魔力で世界と繋がることで、世界は存在し続けられる。……ただ」


 ふと陸明さんの顔が曇る。続きが気になったわたしは、怖かったけれど続きを促す。


「ただ……?」

「ただ、世界は突然均衡を崩した。このままでは、ボクたちの世界は終わってしまうんだ」

「え……世界が、終わる?」


 突拍子もない話だと思う。同時にわたしは、二人が本当に困って助けを求めているのだと理解した。ぎゅっと手を握り締め、震えそうになる声を抑える。


「……世界が終わると、どうなってしまうんですか?」

「全部消えてしまう。草木も、人も、動物も、建物も、空も土も……全部がなかったことになる」


 全部が消える。全てなかったことになる。それらの言葉は簡単で単純なものだけれど、含まれる意味合いは重い。わたしは心臓をぎゅっと締め付けられたように感じた。もしも地球も同じようになくなってしまうと言われたら、どう思うだろう。

 思わずケーキを食べる手を止め、想像してみた。でも、想像することも難しい。

 わたしが俯いていると、陸明さんが少し明るい声で言う。


「ボクたちはそれを防ぐために、この世界に来たんだ。この世界に生まれているはずの推官を捜すために」

「すいかん?」

「推すに官僚の官って書くんだ。推官は、アイドルの力を最大限引き出すためになくてはならない役割でね。今までは均衡が保たれていたから、いる国もいない国もあったんだけれど、世界滅亡の危機になって捜すように指示されたんだ」

「勿論、この地球にいるという確証があったわけじゃない。それでもこの世界が選ばれたのは、俺たちの国の占者せんじゃの見立てだ。疑っていたけど……まさか本当に見付けられるとは思わなかったな」

「それって……」


 ここまでの話を聞いて、察することが出来ないほど鈍くはない。わたしは一つの可能性に気付いてしまい、ごくんと唾を呑み込んだ。

 わたしの言わんとしていることを察したのか、陸明さんが頷く。


「そう。――きみだよ、陽華ちゃん。きみが、ボクたちの推官候補なんだ」

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