見知らぬ世界
第5話 カフェの個室
「……ここ、かな」
約束の日曜日、わたしは待ち合わせ場所である個室のあるカフェにやって来ていた。わりと有名なお店なのか、地図アプリですぐに出て来たし、口コミの内容も上々。どれだけサクラが混じっているかわからないけれど、あの二人が選ぶお店なんだから、きっと間違いはない。なんて、ちょっとひねくれた言い方をしてみたりして。
店構えは、まさにカフェテラスといった雰囲気だ。外のテラス席には白いテーブルと椅子があり、ガラス張りの店内も観葉植物が品良く置かれている。
(何処に個室があるんだろう? って、外から簡単には見えないか)
植え込みに囲まれた一角があるから、そのあたりが個室なのかもしれない。そんなことを考えて、わたしはスマホの時計を見てからお店に入った。集合時間丁度だ。
カフェに入ると、早速店員さんがやって来た。
「いらっしゃませ、お一人様ですか?」
「あ、あの、人と待ち合わせをしていて。……これを」
わたしが差し出したのは、天真さんの名刺。お店に入ったら店員さんにこれを見せろって裏に書いてあったんだ。Destirutaの天真さんと陸明さんって言ったら、きっとお客さんたちも驚かせてしまう。
名刺を見た店員の女性は、一つ頷くと笑顔でわたしを
「お連れ様がお待ちです。こちらへどうぞ」
「あ……はいっ」
急に緊張して来た。足と手の左右同じ方が出ないように気を付けながら、わたしは店員さんについて行く。彼女が向かったのは、店の奥のエリアだった。
「こちらへ。どうぞごゆっくり」
「ありがとうございます」
店員さんがいなくなってから、わたしはその場で深呼吸を繰り返した。それでも落ち着くことなんてなく、ドキドキという心臓の音を更にはっきりと聞いただけ。
(でも、お待たせするのも申し訳なさすぎる。――い、勢いで行く!)
わたしは一歩前へ踏み出し、抑えめの声で「失礼します」と個室の戸を引いた。すると、目の前に六人掛けくらいのテーブルと椅子が見えた。その先には小さめの窓があり、植え込みに囲まれた庭を眺められる。個室の中に一つ観葉植物があり、他はオフホワイトでまとめられた落ち着いた空間だった。
「いらっしゃい、よく来てくれたね」
「来なかったらどうしようかと思った。よく来たな」
「あっ……えと……。よ、よろしくお願いします」
部屋に気を逸らしていたけれど、もう無理だ。椅子に腰かけたイケメンアイドル二人が、わたしの方を見てにこにこ笑っている。あれかな、わたし明日溶けてなくなっているかもしれない。
わたしがあわあわしているのを気の毒に思ったのか、陸明さんが手招きしてくれた。
「おいで。そっちに座ろうか」
「はい……失礼します」
二人共おどおどしているわたしを急かすことなく待っていてくれて、天真さんはわたしが落ち着いたと見るやメニュー表を差し出してきた。
「何が良い? ここ何でもうまいけど、昼飯食ってきたならデザートとドリンクとかどうだ」
「え……あ、おいしそう」
開いたメニュー表には、おいしそうなケーキやドリンク、料理の写真とイラストが載っている。お昼ご飯は一応食べて来たけれど、胸がいっぱいであんまり食べられなかったんだよね。
わたしが食い入るようにメニュー表を見ていると、陸明さんが「ふふっ」と面白そうに笑った。
「どれでも好きなものをどうぞ。ここに呼び出したのはボクたちだし、料金は気にしないで」
「えっでも……」
「奢られとけ。口止め料的なものだと思ってくれたら良い。その方が、あんたも気が楽だろ」
遠慮しようとしたわたしに、少し物騒なことを言ったのは天真さん。だけど言葉の内容とは裏腹に、彼の表情は凄く優しかった。
だからわたしは、申し訳ないと思いつつも二人に勧められるがままに季節のショートケーキとアイスティーを注文する。そう言えばと向かいに座っている二人の前を見れば、陸明さんの前にはアイスコーヒー、天真さんの前にはカフェモカが置かれていた。
いつ何を言われるのか、と緊張しているわたしの耳に、心地良い落ち着いた声音が流れ込んで来る。顔を上げると、声の通り穏やかに微笑む陸明さんと目が合った。
「注文したものが来る前に、少しお話しておこうか」
「そうだな。色々話すと思うけど、出来るだけ手短にはする。あと、疑問に思ったらすぐにでも後ででも質問してくれて良い。大丈夫か?」
「わ、わかりました」
わたしが頷くと、天真さんが「まずは」と前置きした。
「一方的に呼び出したのに、応じてくれてありがとう。改めて、俺はDestirutaの天真だ。で、こっちが」
「陸明だよ。頭パンクさせてしまうかもしれないけど、ごめんね」
「いえ! わたしはお二人が困っているのなら、役に立ちたいと思っただけなので……。あ、南條陽華です。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、Destirutaの二人も丁寧に頭を下げてくれた。いや、思った以上に育ちが良いのかもしれない、なんて失礼なことを思ってしまったくらいには、わたしは驚いていた。
そんなわたしの独り言をよそに、陸明さんが話し始めた。
「陽華ちゃん。きみを呼んだのは、頼みがあってのことなんだ。前にも言ったけど、これは断る選択肢もあるから」
「はい」
「うん。頼みというのは、陽華ちゃんの力を貸して欲しいんだ。……ボクたちの故郷を滅亡から救うために」
「………………めつ、ぼう?」
目を丸くするわたしは、頭の中がショートしていた。この人は、真剣な顔をして一体何を言っているのかと思ってしまう。だって地球は動いていて、温暖化が進んでいるとはいえ爆発するとかなくなるという話にはなっていない。
きょとんとしているのがわかったのだろう。「驚いて当然だよな」と天真さんが苦笑いを浮かべている。
「陽華、こいつ何言ってるんだって思ったと思う。けど、これはマジなんだ」
「え、だって、地球は滅亡なんて……」
「そうだ、言っていなかったね」
一つ頷くと、陸明さんの口からとんでもない言葉が飛び出した。
「ボクと天真は、こことは別の世界、所謂異世界から日本にやって来たんだ。……自分たちの世界を救うための仲間を、
「えっ!?」
ガタン、と音がした。その音がわたしの椅子を自分で引いた音だと気付いたのは、五秒くらい後のことだった。
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