第4話 キラキラ
土曜日になり、わたし―陽華―は冬香ちゃんの家に向かっていた。
A四サイズの鞄は裏返しになっているけれど、今隠している方は天真さんの缶バッジやポストカードでデコレーションしている。所謂、痛バというものだ。鞄自体は天真さんの瞳の色を意識して、濃いめの落ち着いた赤色にしている。
「えっと、冬香ちゃんの家の番号は……」
冬香ちゃんの家は、マンションの一室。エントランスの機械に彼女の部屋番号を打ち込むと、十秒も経たずに「はい」という声が聞こえた。
「冬香ちゃん? わたし、陽華です」
「待ってたよ、陽華! 今開けるね、エレベーターで来て」
「わかった」
機械が切れると同時に、エントランスのドアが開く。わたしはエレベーターに乗り、冬香ちゃんの家へと向かった。
「いらっしゃい、陽華」
「お邪魔します」
早速冬香ちゃんの部屋に入ると、壁に貼られた陸明さんのポスターが迎えてくれた。部屋の中を見回せば、相変わらずたくさんのグッズが飾られている。所謂祭壇も設けられているね。
「相変わらず愛が溢れてるね、冬香ちゃん」
「今をときめくアイドルだから、グッズ供給が多いの有り難いよ。勿論全部買うなんて到底無理だから、精査はしてるんだよ、これでも」
「何故ドヤ顔」
ふふっとわたしが笑うと、冬香ちゃんははっきりと「一応努力してますっていう顔!」と言い切った。
「って、そんなことよりも。座ってよ、陽華。今日は一緒にロゼット作るんでしょ?」
「勿論。色々持って来たよ」
わたしはテーブルの前に座ると、痛バの中からリボンやパーツを取り出す。天真さんは赤、陸明さんは瞳の色の青をメンバーカラーとしているから、それらの色を基調に持って来た。その他、黒や白、レースリボン、フェルトも並べた。こういうのが今は百円均一で揃うんだから、オタクに優しい世の中になったよね。
「おぉー! 私も出すね」
「お願いします」
わたしの持って来た物を目をキラキラさせて見ていた冬香ちゃんも、部屋に置いてある棚の引き出しからロゼット作り用のリボンやパーツを持って来る。二人分合わせると、結構な量になった。
「よし、じゃあ始めよう。今回はどういうイメージでいく?」
わたしが尋ねると、冬香ちゃんは「はいはい!」と手を挙げ即答した。
「今回のライブのポスターの衣装をイメージしたいな。メンバーカラー基調の」
「天真さんが黒、陸明さんが白の衣装だったやつね。おっけー!」
テーマが決まったら、あとはリボンとフェルトを選ぶ。パーツは今全部決めなくても良いや。
今日はリボンを一定の長さに短く切って、それを台紙になるフェルトに貼っていく方法でロゼットを作るよ。わたしは表に赤、裏に黒のリボンを貼っていく。ひだみたいになるようにしていくのがポイントかな。
「……」
「……」
「……ふぅ」
「出来た」
意外とこの作業は、根気が要ります。わたしたちは三十分くらい黙って手を動かして、ようやく一つ目の関門を突破。
次は尻尾みたいに垂らすリボンを作る。ひだにしたリボンと同じ組み合わせで、わたしたちはそこにフリルのリボンを加えた。
「あとはデコレーションするだけだね」
「やっとここまで来たー。頑張る」
「うん、頑張ろう」
集中力は黙っているとブチッと切れてしまうから、わたしたちは雑談しながら飾りつけていく。その方が、お互いにアドバイス出来たりもするしね。
デコレーションを始めてまた三十分。色々考えて、二人でそれぞれのロゼットを完成させた。
「出来たぁー!」
「出来たね! 後は、缶バッジをつけて完成だよ」
ここからも、大事な工程。缶バッジに透明なカバーをつける。しわになったり破れたりしてしまわないよう注意して、ロゼットの真ん中につけた輪っかのに通し、フェルトの下に仕込んだマグネットでとめる。そうして、ようやく本当に完成だ。
「上手く出来たね、冬香ちゃん」
「私不器用だから、陽華がいてくれたお蔭だよー! ありがとう!」
「お役に立てて何よりだよ」
わたしは冬香ちゃんにそう言って、改めて自分で作ったロゼットを眺めた。
ライブ衣装をテーマにしたから、デコパーツで赤い宝石みたいなパーツのついた王冠を使ったんだ。それからキラキラ光る星型のビーズとか、マイクのパーツとか。王冠は冬香ちゃんのと色違いだよ。
わたしが自分の作品を眺めていると、冬香ちゃんが意外なことを言った。
「なんか、陽華と作ると一味違う気がするんだよね」
「一味違う? 特別なことは何もしていないけど、どんな風に?」
「なんというか……キラキラしてる」
「キラキラ?」
抽象的だ。わたしが首を傾げると、冬香ちゃんは「そう、キラキラ」と自分のロゼットを撫でた。
「陽華が手を加えると、ロゼットもカードケースも痛バも、輝きを増す感じがする。凄く、持ってる私も元気になれるんだ」
「そんな風に言ってもらえるなんて、嬉しい。凄く自信になるよ、ありがとう」
どうやら、冬香ちゃんは素直にそう思っているみたい。何か特別なことをしているわけでは、本当にない。けれど、元気になれるんだと言われて嬉しくないわけがない。
「わたしも、冬香ちゃんと一緒に作るの楽しいよ。いつもわたしと一緒に推し活してくれてありがとね」
「改まって言われると照れるね。私こそありがとうだよ。Destirutaの沼に陽華を落とした甲斐があったってもんよ」
「ふふっ。何それ」
確かに、最初はわたしに推しはいなかった。そういう感覚もわからなかったんだけど、冬香ちゃんと仲良くなって彼女が夢中になっているDestirutaを知って、天真さんの歌に元気を貰って、いつの間にか引き返せないくらいにハマっていた。
(いつか、過去のわたしに会うことがあれば言ってあげたい。今は苦しいかもしれないけど、貴女は推しっていう存在に救われて元気に推し活してるよって)
過去の自分に会うことは、未来永劫あり得ない。けれど、こうやって手芸をしたりイベントに参加したりする度に、推しに会えてよかったって思うよ。
(だから、天真さんたちが困ってるなら力になりたい)
あの夜のことを思い出して、わたしは改めてそう思った。冬香ちゃんに打ち明けることも考えたけれど、一人でという条件がある以上は話さない方が良いよね。
それからわたしたちは、ライブの円盤(DVDやBlu-rayのこと)を見ながらきゃーきゃー騒いだ。冬香ちゃんの家にはプレイヤーがあるから、よく鑑賞会をしているの。家で一人で見るのとは、また違った楽しさがあるんだよ。
「じゃあ、また月曜日」
「うん、またね」
手を振って、冬香ちゃんの家を出た。再び裏返した痛バの本来の表面の持ち手部分には、今日作ったロゼットを早速飾っている。
「明日、きっと大丈夫だよね」
待ち合わせは真昼間だ。特に大きく変わることなんてない、わたしはこの時まだそう思っていた。
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