第3話 信じがたい出逢い

 わたしは夕暮れの道端で立ち止まった。その時周囲には誰もいなくて、コンビニから出て来た二人と目が合った。これは確実。

 内心大混乱しているのに、わたしはその場を動けない。そんなわたしに向かって、黒髪の男の人がぐんぐんと近付いて来る。その形相の必死さに、わたしは目を見開いた。


「おい、あんた……」

「ひぅっ」


 わたしが顔を引きつらせて一歩退くと、後ろからやって来たブラウンの髪の少し年上に見える男性が駆けて来た。ぐっと先にいた黒味の男の人の肩を引く。


。突然高圧的に行っても、怖がらせるだけだろう? 落ち着いて」

……そうだな。怖がらせてごめん」

「あ、いえ……」


 声、容姿、そして極めつけは名前。もう間違いない。人間、本当に驚いた時って声が出ないんだって初めて知った。わたしは唖然としたままで呟いた。


「Destiruta……? え、何で……」

「しーっ」

「っ!」


 陸明さんが、片目を瞑った。ウインクされた。しかも、少し屈んでわたしと目線を合わせて自分の口元に右手の人差し指を持って行っての言葉。わたしは言葉を失って、思わず両手で口を覆って何回も頷いた。


「うん、ありがとね」

「陸明……」


 陸明さんの様子に何故かげんなりとした顔の天真さんだったけれど、気を取り直したのか咳払いをして黒のチェストバッグから一枚の紙を取り出す。それをわたしに差し出した。


「ここに、俺の連絡先が書いてある。日曜に、その裏に書いてある場所に来て欲しい。一人で」

「えっ……でも」


 幾ら大好きな推しとはいえ、ほいほいと言うことを聞いて良いものではないよね。わたしが迷っていると、彼らも断られる可能性に気付いたらしい。顔を見合わせ、陸明さんが困った顔で「詳しいことを今話せなくてごめんね」と謝ってくれた。


「どうしても、きみに頼みたいことがあるんだ。それは立ち話で済むようなものではなくて……」

「書いてある住所は、この近くの個室のあるカフェだ。後で検索してくれればすぐヒットする。ちなみに、その隣は警察署になってる」

「……わかりました、行きます」


 わたしはそう答えていた。言った瞬間に、心も決まっていた。だって、推しが困っていて、わたしを頼りたいと言ってくれている。その期待に応えたいって思うのは、当然じゃないかな。

 だけど、相手はびっくりした顔をしていた。何でだろう。


「あの……?」

「え、マジで?」

「マジです」

「話を聞いたうえで断ることも問題ないから……。じゃあ、日曜日に宜しくね」

「――はい」


 行くよ、天真。そう言って、陸明さんは弟の天真さんを引きずって行く。

 天真さんは襟を掴まれて歩きにくそうではあるけれど、わたしに向かって「じゃあな」と手を振って踵を返してしまった。


「……行っちゃった」


 ぽつんと再び一人になったわたしは、今更心臓がドクドクと大きく脈打っていることに気付く。顔も熱を持っていて、凄くこの場から逃げ出したい衝動に駆られる。

 その時、突然自動車のクラクションが聞こえた。わたしは普段以上に驚いてしまって、思わず家に向かって駆け出す。


(さっきまで何の音もしなかったのに! まるで、あそこだけ切り取られていたみたい……って、そんなわけないよね)


 マンガの読みすぎかもしれない。わたしはそう結論付けて、息を弾ませて帰宅した。顔の赤みは走ったからと言うことにして、早速自室へと飛び込む。


「きっ……緊張したぁ」


 ベッドに倒れ込み、わたしはそう呟いた。通学鞄は近くに放ってしまっている。

 だって、推しにあんなところで会えるなんて誰が考えるだろう。ライブに行った時に散々生のお二人を見たはずなのに、本物と話すと、間近で見てしまうと、何十倍もかっこいいと改めて思う。


「それにしても……」


 カサリ。音をたてたのは、天真さんから貰った一枚の紙。制服の胸ポケットから取り出して改めて見ると、それは天真さんのリアルな名刺だった。所属会社の名前とアイドルグループ名、そして天真さんの名前が印刷されたものだ。


(天真さんの、名刺……)


 心臓が再びドクンドクンと大きく動く。最推しの名刺なんて貴重なもの、わたしが手にして良いのだろうか。

 でも、天真さんと陸明さんはわたしに何か用があるらしかった。名刺の裏を見ると、手書きで日時と集合場所が記されている。その文字に見覚えがあって、わたしは飛び起き急いで推しグッズ入れを漁った。


「あった、サイン!」


 グッズ入れの中から取り出したのは、数年前に公式グッズとして販売されたサイン入りの複製チケット。サインも印刷だとわかっているけれど、元の字は二人のもの。その文字と照合すると、確かに名刺の裏の字を書いたのは天真さんだとわかる。


「本当に、お二人に会っちゃったんだ……」


 わたしは改めてベッドに寝転がって、現実を噛み締める。それから日曜日の待ち合わせ場所を確認しようと名刺を恨む気にした時、スマホが着信を告げた。


「……冬香ちゃんから? あ、宿題のことか」


 メッセージの文面は、明日提出の宿題についてのことだった。わたしはテキスト類を取り出して、ページをめくりながら冬香ちゃんの質問の答えを探す。


「……よし」


 冬香ちゃんに回答を返し、わたしは一息ついてから目を閉じた。

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