第2話 推し友

 夢のような夜(ライブ)が終われば、誰にでも等しく朝がやって来る。わたし―陽華はるか―はライブの翌日、日曜日に自宅に帰った。一泊出来たのは、親友が数か月前から宿を探してくれたお蔭。

 帰宅してからしばらく疲労でかなり寝ていたけど、昼前には起き出した。それからSNSのフォロワーさんと少しお話して、親友とも生存確認し合った。「生きてる?」「なんとか生きてるよー」って。

 更に翌日の月曜日、無情にも学校には行かないといけない。夏休みは、まだまだ先だから。


「はーるーかぁー! おはよう!」

「わっ!? 冬香とうかちゃん、おはよう」


 教室に着き自分の席に到着した途端、親友でクラスメイトの羽多冬香はたとうかちゃんが駆けて来た。目をキラキラさせて、わたしの手を取ってブンブン振る。地味に痛い。


「ちょっ……冬香ちゃん」

「土曜のライブ、滅茶苦茶楽しかったね! 尊さマックスで死ぬかと思ったぁぁ」

「わかった、わかったってば! わたしの腕がもげて死ぬから!」


 朝からテンションが高いっ。わたしが半ば叫ぶように言うと、冬香ちゃんはようやくわたしを解放してくれた。「あはは、ごめーん」と肩を竦めるんだから、こっちも許さないわけにはいかない。この子、見た目も凄く可愛らしいんだから。


「全くもう……」

「ごめんて。でも、陽華だって叫びまくってたじゃん。若干声枯れてるし」

「バレたか」


 指摘されて、わたしも肩を竦める。冬香ちゃんみたいにテンション高く表現は出来ないけど、わたしだって嬉しくて楽しくて最高の気分だった。


「滅茶苦茶最高だった。……月曜が来るの早すぎるよ」

「それな」


 うんうん頷く冬香ちゃんと机に突っ伏すわたし。話が一段落したところで、タイミング良くチャイムが鳴った。


「やばっ。陽華、また後でね」

「うん」


 冬香が着席した時、丁度先生がやって来た。それから出欠を取って、朝のホームルームが始まる。


 ☆☆☆


 放課後になって一旦帰宅した後、わたしと冬香ちゃんは下校途中の道にあるファミレスで合流した。学校では下校途中の寄り道は禁止されているし、制服を着ていたら注意されてしまう。だから面倒だけど、一旦荷物を置いて着替えて来る必要があるんだ。


「お待たせ、陽華」

「そんなに待ってないよ。って、冬香ちゃんその荷物……」

「あっはは。興奮冷めやらなくて、推しグッズちょっと持ってきちゃった」

「ちょっとの量じゃないでしょ、それ。アクスタとぬいと……うちわも入ってる? ファミレスでどう使うの」


 呆れながらわたしが言うと、冬香ちゃんは「いいじゃんいいじゃん」とわたしの背中を押してファミレスに入ってしまった。

 とりあえずドリンクバーと大皿のポテトを注文して、ドリンク一杯目を取りに行く。席について、早速冬香ちゃんが身を乗り出す。既にテーブルの上には、陸明さんと天真さんのアクスタとぬいが置かれていた。


「っでさ! ライブ最高だったよね!?」

「主語と述語大丈夫じゃないね、これ。でも、最高だったの間違いない!」

「だよねだよね!」


 そんな脈絡もない始まり方をして、話はセトリ(曲順のこと)やダンス、MCやファンサのことまでどんどん飛び火した。途中で店員さんが持ってきてくれたポテトを摘みつつ、話に花が咲く。


「ほんとに陸明最アンド高!」

「天真さんも最強にかっこよかったよ!」

「わかってる。ってか、二人揃って最高で最強過ぎる。私たちと同じ時代に生まれてくれてありがとうなんだけど」

「そうだね……。奇跡だよ」


 まあまあ公共の場で話す内容としてはやばいよね。それは十分にわたしたちも自覚しているんだけど、言葉では言い表せないから許して頂きたいところ。


「いやぁ……喋ったねー」

「ふふっ。一時間ほぼぶっ通しだったね」


 所謂オタク談義を繰り広げたわたしたちは、一時間喋り倒してファミレスを出た。ライブの推しポイントがお互い違って、隣にいたのに視点が違って面白い。こうやって推し友と話せるって幸せなことだよね。


「じゃあ、また明日。土曜日に、缶バのロゼット作りするの忘れないでよ?」

「忘れないって。準備はほとんど終わってます!」

「さっすが」

「土曜日、冬香ちゃんちでしょ。覚えてます」


 土曜日のお昼前から冬香ちゃんの家にお邪魔して、ロゼットを作ろうっていう約束をしているの。

 ロゼットっていうのは、缶バッジやカードをリボンやデコパーツで飾り付けしたもののこと。例えば、プレゼントに「For You」とかのメッセージを書いた丸い紙の周りをリボンでデコレーションした勲章みたいな形のもの、見たことないかな。わたしたちはそのメッセージの紙部分を缶バッジとかにするの。最近は手芸店に作成例が置いてあることもあるよ。


「今回のライブの缶バで作りたいって思ってるんだ! ビジュはゲームの方かなぁ」

「おっ良いね! 私もそうする! Destirutaはゲームから始まったから、二つのビジュがあるもんね」

「どっちも素敵だけど、リアルなご尊顔は威力が大き過ぎる……」


 わたしが顔を手で覆うと、冬香ちゃんがうんうんと頷いてくれた。わかってくれますか、流石親友。

 簡単に説明しておくね。Destirutaはリズムゲームから始まったユニットなの。ゲームが爆発的ヒットして、キャラの声を担当していた声優さんたちのビジュアルも世界観とマッチしてるってことで、リアルなアイドルとしても活動しているコンテンツです。


「また明日」

「うん、学校でね」


 分かれ道に来て、わたしは冬香ちゃんと別れた。ファミレスからわたしの家は、徒歩十分くらい。

 夏はまだ遠いはずなのに、昼間はちょっと汗ばむ。この時間は、まだ涼しくて歩きやすいんだけどな。


「……ん?」


 わたしは夕暮れの道で立ち止まり、首を傾げた。前方のコンビニから出て来た二人組に、物凄く見覚えがあったんだ。変装してはいるけど、東京から離れたこんなところで会えるはずなんてないけれど。


「えっ……Destiruta?」


 わたしの呟きが聞こえたはずもないけれど、背の高い黒髪の青年って感じの男性がこっちを振り向いた。

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