第3話 私はレンタルされる③

 今日は約束の土曜日。

 夜中まで教えてもらったメイク動画を見てたけれど、すごく難しくて全然分からなかった。

 朝起きて、動画を見ながらなんとか真似をしてたけれど、実際これで合っているのか分からない。そこまでおかしくはなってないと思う、多分。


 そして南さんからもらった服を着て、貸してもらったアクセサリーを見るとネックレス、イヤリング、指輪、ブレスレット、たくさんの種類が目に入った。


 全部付けろってことなのかな?1つだけじゃダメかな?怒られないかな……?


 私はあまり目立たないであろうネックレスを1つ選び、首にかけた。

 メイクよし、服よし、アクセサリーよし、全てを確認してから鏡の前に立つと、まるで自分ではないように思えてしまう。

 絶対に合ってない。それだけは分かる。


「おーい昼ごはん何食べたい?おっ?今日はどこか出掛ける、の、か……」


 部屋に入ってきたお父さんは、私を見るなりだんだんと歯切れが悪くなり、最終的には固まってしまう。

 この反応で分かる。やっぱり私には似合ってないんだと。


「やっぱり、変だよね?私がこんな服着るの」

「……いや?いやいやいや!びっくりしたんだよ!そんな服持ってたか?似合うじゃんかー!お父さん女の子の服とか流行りは分からないけど、似合ってると思うぞ!?」

「そう、かな?」


 お父さんがそう言うなら、変じゃないのかな?


「初めてメイクしたんだけど、これも変じゃない?」

「あー……お父さんの若い頃に似たメイクを見たことあるな。お父さんあんまり好きじゃないけど、今はそれが流行りなんだろ?」

「多分……真似してみたんだけど」

「まぁ大丈夫、なんじゃないかな?お父さんは必要ないと思うけどなぁ」


 私だって不安だからメイクなんてしたくなかった。けれどそう言うわけにはいかない。

 私の命がかかってるんだから。



 お父さんの反応も悪くなく、私はこのまま家を出た。

 行き交う人たちの視線が、私を見ている気がする。

 でもこれはきっと私の思い込み。誰も私なんか見やしない。


 駅の近くまで来たけれど、どこで待てばいいんだろうか?

 時刻は待ち合わせの10分前。まだ南さんは来てないかな?連絡してみようかな。


 駅は人の出入りが激しく、私はあまり邪魔にならない端っこで待つことにした。



 ガヤガヤと雑音がうるさく、私の耳は話し声を鮮明に拾ってしまう。


 タクシーどこ?

 駅つい――

 申し訳ございま――

 やば――

 ありえな――


 なにあれ?やばくない?



 大丈夫。

 私じゃない。

 考えすぎ、誰も私なんか見ない。



「莉子ー!こっちこっちー!!」

「あれー?1人なの?」

「ううんー待ち合わせしてるから。多分もういると思うんだけど……いたいた!加奈子ー!」



 …………同じ声。


 私は、きっと彼女役なんて出来ない。

 というよりもう、失敗してる。

 反応しちゃダメだ。南さんに迷惑がかかっちゃう。

 このままジッとしてれば、きっと南さんが気付いてくれる。

 私を見れば失敗だって、判断してれるはず。

 大丈夫、大丈夫。


「え、もしかしてアレ?」

「まさか、莉子に限ってアレはないでしょ」


 私が聞こえてるんだから、南さんの耳にも入ってるはず。

 だから私の事は無視して、惨めな思いは私だけでいい。



「かぁなぁこっ!聞こえてるんでしょ?」

「あ、なん、で……」

「……なに、その顔?」


 今からでも人違いで済むから、お願い。


「嘘でしょ?まじ?……あはははは!!!!ちょっと!下手とかってレベルじゃないってー!!」

「え……?」


 南さんは人目なんて気にせずに大声で笑っている。

 私も、お友達らしき人も、知らない人達も、みんな南さんを見ている。

 でも南さんはそんな視線に動じないどころか、気付いてすらいない。


「南さん……ご、ごめんな――」

「莉子でしょ?ほら顔拭くよ」


 南さんは鞄からウェットティッシュを取り出して、私の顔をゴシゴシと拭いてくれる。

 やっぱりメイクがおかしかったんだ。でも、メイクを落としたところで意味も無くて、もうお友達には怪しまれている。


「落ちたかな?……ふっ!ふふっ、もう少し、だねっ……」


 南さんは笑うのを必死に堪えている。私はただ黙って顔を拭かれているだけ。


「よし!これで大丈夫!じゃあ、彼女役、頼んだよ?」

「も、もう無理ですっ、失敗してます……私のせいで」

「私に合わせれば平気だってば」


 そう言って私の手を引いて、お友達の方へ駆け寄って行く。


 無理無理無理。だってあんなに笑われたんだよ?南さんに恥かかせちゃうだけだよ。

 そもそも彼女役ってなに?女の子同士だよ?おかしいよ。

 お友達だって絶対変だって思うよ。


「ごめーん、私の新しい彼女のー、足立加奈子って言いまーす!」

「……こ、こんにちわ。足立加奈子、です」

「……ど、どもー山下でーす」

「あー、宮本です、よろしく」


 今すぐにでも逃げ出したい。顔を上げるのだって出来ないのに、このまま演技なんて絶対に無理だよ。


「ちなみに年下でさ、なんか私のことを考えて、メイク張り切り過ぎちゃったんだよねぇ?」

「は、はいっ。お見苦しいのを見せてしまい、すみません!」

「あー全然、面白かったよ」

「うん、びっくりしたよぉ」


 なんとかなったと言うべきなのか、南さんのお陰で一先ずは作戦を続行出来そうだった。

 それでもお友達の反応はぎこちなくて、いつバレてもおかしくなさそうに見える。


「悪い悪い、ちょっと遅れたー」


 手を振りながら声を掛けてくる人が1人。

 南さんたちと違って、また違うジャンルの派手な人が近づいてきた。

 なんていうのか、バンド?をやってそうな感じが近いだろうか?

 ロック、と言うんだっけか?

 髪も金髪で、ちょっと怖そう。


「な、なんで、世那せなが、いんの?」

「いや、私たちは誘ったつもりはないんだけどさ、どうしても来るって言うから、仕方なく?」


 なんだろう、南さん怒ってる?

 この世那さんって人と仲悪いのかな?

 確かに見た目は怖そうに見えるけれど。


「そんな邪見にしないでよーりこー。ただ新しい彼女が見たくてさぁ?」

「あ、初めましてっ、足立加奈子、です。か、彼女ですっ」

「ふーん。あんたが莉子の、ねぇ?」


 すごい見てくる。

 なんだろう、挨拶がおかしかったのかな?

 いや、挨拶じゃなくて私自身がおかしいのか。


「……かわいーじゃん!よろしくねー気軽に世那って呼んでいいからね」

「は、はい!お願いしますっせ、世那さん!」


 なんだ、怖そうなのは見た目だけで、全然いい人だ。

 人は見た目によらないってことだね。気を付けないと。


「ほら、もう見るもの見たでしょ?帰りなさいよ」

「なんでよぉいいじゃん!ねぇ加奈子ちゃん?」

「はいっ私は全然っ平気です!みな――莉子!」

「……加奈子がいいなら、いいけど」


 最初は怒ってるように見えたけど、少し機嫌が直ったのか、表情が柔らかくなってる気がした。



 そうして私たちは電車に揺られては、数駅先で降りた。

 何をするのか知らされていない私は、電車の中で緊張しっぱなしで、山下さん、宮本さんと不思議と何回か目が合った。

 心配されていたのだろうか?私は気まずくて目を伏せてしまったのは、さすがに失礼だったかもしれない。

 後で謝らないと、南さんのイメージが悪くなっちゃう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼女に触れていいのは私だけ あきろん @aki-ron

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画