第2話 私はレンタルされる②

「加奈子ー今日放課後時間ある?明日本番だからさ、少し辻褄合わせとかないと」

「え、あ、はい。でもやっぱり私なんかじゃ、役不足では……」

「私が選んだの。文句ある?」

「いえ……」

「大丈夫だって、私の隣にいて愛想よく笑ってれば平気平気」


 それが簡単だって言えるのは南さんだからで、私からしたら凄く難しいこと。

 本当になんで私を選んだんだろ。


「じゃあ放課後、私の家に行くよ」

「い、いいんですか?私なんかが、お邪魔して」

「いーよー。じゃあまた後でねー」


 気だるそうに手をひらひらして、南さんはお友達の輪に戻って行った。

今も私は不安を感じている。けれどそれよりも、嬉しさが勝っているのも感じている。

初めて家に招いてもらったことに、私の頬は緩んでしまっている。





そして放課後になり、約束通り私は南さんの家へ招かれる。

学校からはさほど遠くなく、何か会話をしなきゃって考えていたら、もう家の前だった。

家に上がるだけでも緊張しているのに、南さんはそんな私の背中を押して家に上げるどころか、部屋まで連行された。

あっという間に南さんの部屋。頭が追い付かないくらいに初めてをどんどん経験していく。


「加奈子の敬語ってやめれそうにないよね?」

「そ、そうですね」

「じゃあ後輩って設定でいこっかーそれと服って可愛いの持ってる?」

「あまり服やお洒落に関心がなく、私の持ってる物が可愛いのかさえ、ちょっと分かんないです……すいません」

「はぁ?女子こーせーだよ?ちゃんとしなきゃー」


南さんはため息をついて、呆れた視線が私の前髪で隠れた目を突き抜けてくる。


「すいま――」

「脱いで」

「せ、ん……?」

「制服、脱いで」


今度は冷たい視線が突き刺さった。


脱ぐってなんで?今?

人前で裸になるのも、今時普通なの?ううん、絶対おかしいよ……。


「え、嫌、です……」

「女同志なんだから平気でしょ!?いいから早くして!」


南さんはそう言って強引に私の制服に手をかけ、無理矢理に脱がそうとしてくる。

ブレザーは簡単に脱がされ、スカートは少しずらされ、ブラウスのボタンを外そうとする。


「む、無理です!おかしいです!さすがに変です!」

「いいからっ、私の服に着替えろって言ってんの!」


着替え?裸にして弱みを握ろうとするとかじゃなくて?

力一杯抵抗していた私が固まると、南さんが押してくる力によって、私たちはそのまま倒れてしまった。

床に倒れる音が部屋中に響く。

倒れる痛みで目を閉じ、落ち着いてからゆっくり目を開けると、南さんは私を見下ろしていた。


倒れたままの姿勢で、私たちの間に静かな緊張感があった。



「やっぱり、私の読みは当たってた」


ぽつりと零れる言葉は私には理解出来なくて、ただ目を合わせているしかなかった。

南さんは自分の髪を留めているヘアピンを取って、私の前髪にそれを挿した。


「ほら、目出した方が可愛いじゃん」


私の視界が広がると、はっきりと南さんの顔が見えた。

頭を横に振っても、視界は広がったまま。


「暴れないのー」

「は、恥ずかし、いですっ、私の顔なんて、見せれるものじゃないですっだ、だか――らっ!」


突然南さんの両手が私の顔をむぎゅっと潰してきた。


「私が言うことに文句あんの?」

「ひ、へ」

「ふふ、なら良しっ」


南さんはニコっと微笑んでから、私のブラウスのボタンを外していく。


「なっなんで脱がすんですか!」

「だから着替えって言ってるじゃん。加奈子自分で脱がなそうだし、手伝ってんの」

「で、出来ますから!」

「いいから黙っててー……でかそうだなと思ってたけど、脱ぐとすごいね。いくつあるの?」


私は手で顔を隠し、恥ずかしくて何も答えられなかった。

初めて家族以外の人に見られてしまった。これも普通なのだろうか?

恥ずかしさとは別で、正直怖いって感情もあり、この感情は普通であってほしいと思った。


「……ごめんて。ほら、とりあえずコレ着てみてよ」


私は横目で南さんの言うコレを見た。

白くて落ち着いたシャツに、黒いキュロットが目に入る。


「南さんの持ってる服って、こう、派手なのばかりかと思ってましたけど、普通の服も持ってるんですね」

「なに?持ってちゃ悪い?服とかお洒落に関心がない癖に、これが普通って分かるんだー?」

「すす、すいません!別にそういう意味じゃなくて、ただ意外だなぁって、思いまして……」

「まぁ別にいいよ、確かに1回しか着なかったし。じゃあ着て」


私は手渡された服に着替えようとする。脱ぎかけの制服を脱ぎ始めると、視線を感じる。

ニヤニヤと笑う南さんの視線。


「あっち、向いててください」

「あっちってどっち?」

「……もぉ、いいです」


私は諦めて南さんに背を向けて着替えた。

けど、南さんの反応が分からない方、むずがゆかった。

人様の家で、同級生の部屋で、下着姿になるなんて普通じゃない。

そう思いながら急いで着替えた。



「ど、どうです?」

「……いいじゃん」

「お、お世辞でも、嬉しいです」


自分では見れないので本当に似合っているのか、変じゃないか、不安だけれど、褒めてくれるのは嬉しくて、照れくさかった。


「胸、苦しくない?結構ゆったりしたシャツだから平気だと思うんだけど」

「す、少し張りますが、気にならない程度です」

「……チッ!」

「す、すいませんっ」


聞かれたから答えただけなのに、機嫌を損ねたのか南さんは舌打ちをした。


「化粧品とか持ってる?ないなら貸すし、やり方は動画とか見てやれば出来るから」


持っていないと答えると、南さんは小さなポーチを渡してきた。

おすすめの動画や、アクセサリーも貸してくれる。


「服はあげる、どうせもう着ないし。そのまま帰りなよ」


至れり尽くせりだけど、本当に私なんかが彼女役が務まるのだろうか。


「もし、失敗してバレたり、したら……」

「加奈子を殺して、私も死ぬ」

「そ、そんな大事なことなんですか!?」

「当たり前でしょ!バレたら一生私が惨めな思いをするじゃない!」


そんな、そんな理由で私、殺されるの?

やっぱり引き受けなきゃよかった……今からでも断ることは可能でしょうか?


「でも成功したら、報酬はちゃんと払うからさ」


報酬ってお金?そんなのいらないから、殺さないでほしい。


「ほら明日駅に12時集合だからねー帰ってメイクの勉強しなさいよー」

「あ、あのっやっぱり私っ――」

「じゃねー!」


そのまま私は家を追い出されてしまった。


弱肉強食な世界が憎い。


どうして私はこんなにも弱いのだろうか。


途方に暮れる私は重い足取りでなんとか家へ帰った。

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