彼女に触れていいのは私だけ
あきろん
第1話 私はレンタルされる①
「ねぇ足立さんにお願いがあるんだけど」
「南さんが、私に?」
「うん。足立さんをレンタルしたい」
放課後の教室には私たち2人だけ。夕焼けが南さんを照らしていた。
私は日の当たらない場所で、影と一体化している。
南さんは私とは住む世界が違う人種。
お洒落で、可愛くて、キラキラしてて、いつもお友達に囲まれてて、人生を謳歌してる。
私はその反対。地味で、お洒落なんか気にしたことがなくて、いつも1人で、寂しい人生を送っている。
天と地の差、雲泥の差、月と鼈、探せばいくらでも私たちを表現できる。学校ではカースト上位と下位と言えば分かりやすいかも。
そんな南さんが、こんな私に頼み事なんて想像がつかない。
お金だろうか?確か1000円くらいしか持ってない気がする。
それともノートを写させてほしいとか?
いや、レンタルって言ってたし、何かを貸せということ?
南さんの悪い噂なんて聞かないし、貸すくらいなら別に大丈夫だよね?
「いいですけど、何を貸せばいいの、でしょうか?」
「だから、足立さん」
「え、と、何を……」
「足立さんをレンタルさせてって言ってるの。分かるよね?」
「ごめんなさい。あの、私をレンタル、というのは?」
自分の髪で視界が半分しかないけれど、南さんの機嫌が悪くなるのが見て取れる。でも意味がよく分からなく、私は恐る恐る聞き返してしまう。
「私の彼女役になってほしくて、足立さんをレンタルしたいって言ってるの」
すみません、全然分からないです。
なぜ、私みたいな地味な人間が、キラキラした南さんの彼女役に選ばれたのか、南さんならもっと…………ん?
「え?か、彼女、役?ですか?」
「反応遅くない?」
「えっ、む、無理です!私なんかが南さんのかか、彼女なんて!そもそも女の子同士じゃないですか……」
頭が追い付かない。南さんが私に頼み事をするのが信じられないのに、彼女役?同性なのに?普通こういうのは男の子に頼むんじゃないの?
「今の時代別におかしくないけど?」
知らなかった。私が世界を知らないだけで、普通のことなんだ。
え、本当にそうなの?騙してないよね?
「で?いいの?やってくれる?いいよね?」
私は弱い人間だ。人に凄まれてしまうと本能的に負けを認めてしまう。
弱肉強食とは、こういうのだろうか。
「はい……私で、よければ、お願いし、ます」
なんて私は情けないのだろう。
だってしょうがないじゃん、私は食べられる側だから。
「決まりね。じゃあ連絡先交換しよ。日時が決まったら教えるから」
南さんはそう言って私のスマホを奪っては、勝手に連絡先を追加して、そのまま私の前から去って行った。
連絡先を見ると、家族以外の名前が確かに登録されていた。
私の中には困惑や不安が広がっていた。でも微かに温かい何かがあるのも感じている。
「これって、友達ってことなのかな?……そんな訳ないよね」
私はスマホを大事に握りしめて教室を出ると、いつもと違う足取りで、いつもより早く家に着いてしまった。
家にいる時はスマホなんてただの置物で、うんともすんともしない。
でも今日は肌身離さず持っている。
別に浮かれてるわけじゃない。いつ南さんから連絡が来てもすぐに返事出来るようにしてるだけ。
初めて家族以外の人から連絡がくるかもしれないから、だから私はスマホを手放せないでいる。
それだけ。
晩御飯を食べても、お風呂に入っても、歯磨きをしても、やっぱり私のスマホは、うんともすんともしない。
時刻は23時を過ぎ。いつも寝てる時間なのに私は寝れずに、ただ真っ暗なスマホの画面を見つめていた。
いつ光りだすのか、ドキドキと緊張で目が冴えてしまう。
次第に私の瞼が落ち始めると、聞いたことのない音楽が私の耳を劈いた。
スマホの画面には『南』と表示され、私に選択肢が与えられる。緑の受話器と赤い受話器。
「で、でで、電話!?いきなり電話なの!?もっと仲が深まったらするものじゃないの!?」
慌てふためいていると、音楽が止まり、画面には不在着信ありと表示された。
「どど、どうしよう……かけ直すべきなのかな」
私はスマホを持ち、悩んでいるとまた音楽が鳴り出し、手が振動によって震え出す。
そして自分の意思とは関係なく、緑を押してしまった。
『起きてるじゃん。なんで出なかったのー』
「ご、ごめんなさい。ちょっと気付かなくて……」
『ふーん、まぁいいけど。
いきなり下の名前で呼ばれて、私の心臓がキュッと締め付けられてしまう。
『もしもーし?聞いてる?』
「あ、ひあい!聞いてます!」
『噛んでるし。加奈子も彼女役なんだから、下の名前で呼んでよね』
「はい……」
『……私の名前、知らないとか?』
「まさかっそんなことはないです!」
『じゃあ、呼んで』
「……
『…………なぁに?』
電話越しに私の耳がじわじわと熱を帯びていくのが分かる。
実際に耳元で囁かれているかのように、南さんの声が優しくて、少しくすぐったくて、私の手はぷるぷると震えてしまう。
『てか、さん付けとかいらないから。付き合ってる
「分かり、ました……」
『はい、もう一度』
「り、りこ」
『……なぁに、かなこ』
「…………」
『…………』
何?と言われても、呼ぶ練習だからその後のことなんて考えてない。
そもそも考えることなんか今の私には出来ない。
息苦しくて、心臓がうるさくて、頭が真っ白になってるから。
『ふふっ、何か照れるね』
「です……」
『まぁ土曜日ね?しっかり頼むわよ?』
「善処、します」
そうして通話が終わると、スマホが熱くなっていることに気付いた。
え、コレ、私の熱でこうなっちゃったの!?そんなに私熱くなってたの!?
確かに恥ずかしかったけど、こんなになってたのぉ!?
私は布団を被って、声にならない声でバタバタと暴れてしまう。
……なんで私なんだろう。地味で暗くて、お友達もいなくて、役とはいえ、南さんとは全然釣り合わないのに。
私なら断らないと思ったからなのかな?今度、聞いてみようかな。
そして私は、緊張の糸が切れたのか、すんなり夢の中へ入って行った。
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