親友とラブコメ論争をしていたら、そいつと付き合うことになりました

ガビ

親友とラブコメ論争をしていたら、付き合うことになりました

<三浦正樹>

「ラブコメの主人公になりたい」

「‥‥‥」


 こっちは真面目に言っているのに、木村はスマホから目を離さない。


「おーい。話聞けって」

「ちょっと待て。今集中してるから」


 この男、友人を放ってスマホゲームに夢中になってやがる。

 スマホを真剣な目で操作している木村に、これ以上話しかけたらキレられることは経験上分かっているので、大人しく引き下がる。

 構ってくれない友人をジッと見つめていても仕方がないので、教室内に目を向けてみた。


 でも、気分転換にはならない。

 我が2年5組のカップル率は半分を超えていて、そいつらはこの昼休みをイチャイチャすることに使っている。

 とにかく、距離が近い。そんな近づいて喋っていたら唾のしぶきが飛びまくるだろうと思うくらいの至近距離で、何やら語らっている。

 独り身には目の毒だ。


「はい終わった。で? ラブコメが何だって?」


 ようやく、スマホから俺に視線を動かした木村は、そう聞いてきた。


「あぁ。ラブコメの主人公になりたいんだ」

「ほう」


 木村の良いところは、一見馬鹿馬鹿しく聞こえる話題でも、一応最後まで聞いてくれるところだ。日本人はツッコんでマウントを取るのが大好きな奴が多いが、木村はそうはしない。

 日本人よ。ツッコミも良いけど、もっとボケていこうぜ。


「恋愛ものじゃないぞ。ラブコメだ。ラブコメディだ。不倫だとか過去の男だとか、そんなもんはいらん。恋をしながら、楽しく過ごしたいんだ」

「うん」

「さらに言えば、ハーレムものになれば言うことない。色んなタイプの女子とラブとコメディをしたいんだ」

「ふむ」

「そんな欲望を持ってしまった俺は、どうするべきだと思う?」

「諦めるべきだと思う」

「そんなぁ」


 一考の余地もなく、ズバッと切り捨てられた。


「良いか。リアルではラブとコメディは両立しないんだよ」

「マジか」

「マジだ。恋人と一緒にいても面白いことは起こらない。ただ、お互いのリビドーをぶつけてるだけだ」

「それ、貴方の感想ですよね?」


 2チャンネル開設者にして、論破王の言葉を借りてみる。


「じゃあ、このクラスのカップルを見てみろよ。どこにコメディがある?」


 改めて、教室を見渡す。


「イヒ、イヒヒ! それ最高!」

「ね! 真也もこの動画気に入ってくれて良かった!」

 スマホを見せ合いっこしている佐藤と青山さん。


「えー。そいつ最低じゃん。死ねってんだよな」

「な! マジであの店長許さねー」

 他人の悪口で盛り上がってる加賀と大倉さん。


「この間、ゲーセンで取ってくれたぬいぐるみ、ホントにありがとー! 昨日は一緒に寝ちゃった」

「おー。喜んでくれるのは嬉しいけど、少し妬いちゃうな」

「もー? 今度昌弘とも寝てあげるから!」

 ゲーセンの思い出から、交尾の約束につなげている加藤と綾部さん。


 ‥‥‥ふむ。


「幸せそうだけど、面白くはないな」

「だろ?」


 なんだったら、ちょっと腹が立つくらいだ。


「単体では面白くても、カップルになるとつまらなくなる。何故なら2人だけの世界を楽しんでるからだ。ちなみに、カップルYouTuberとかは絶対に打ち合わせしてる」

「‥‥‥うん」


 あの手のやり方で長続きしている人達を見たことがない。これは中々の説得力だ。


 そうだ。愛と面白さは両立しない。

 それでも、俺は言う。


「だとしても、どうしても俺は、ラノベみたいな面白い恋がしたいんだよ」

「‥‥‥」


 木村は少し考えた後、いつも通りクールな表情でこんなことを言った。


「そんなにラブコメしたいんなら、俺としてみたら?」

\



<木村雄大>

 正樹の話を聞いていたら、「ヒトの気も知らないで」と腹が立ってきて、つい論破みたいなことをしてしまった。

 こんなことをしてしまったのは、一応理由がある。少し前の話をさせてくれ。

\



 中1年生で同じクラスになった正樹は、今と変わらず他人を楽しませようとする明るい奴だった。根暗な自分とは正反対で、接点は全くと言って良いほど無かった。

 しかし、クラスだけではなく部活‥‥‥陸上部でも一緒になってからは交流が増えてきた。さらに、お互いの種目も長距離走だ。さすがに無視はできない。


「同じクラスの木村だよな? 俺三浦! よろしくな!」

「知ってる‥‥‥」


 ずっと目で追ってたから。


 正樹には、俺が逆立ちしても得られない魅力に溢れている。もし、俺がこれからコミュニケーション術を本気で学んで、友達100人に囲まれても正樹の域には到達できないだろう。


 生まれながらに持っている光とでも言おうか。周りの人間を照らす才能が正樹にはある。

 眩しすぎて俺には直視できない。正に太陽のような存在だった。


「木村! お前速いな! コツ教えてくれよ!」

「根性」

「ハハっ! 令和になって初めて聞いたわ! でも、そうだよな。俺も頑張るわ!」


 その太陽が、俺みたいな日陰者に質問したことにテンパって、クソの役にも立たないアドバイスをしたことを今でも後悔している。


 根が真面目な正樹は、それまで以上に精力的に練習に励むようになる。朝練・居残り練習は当たり前で、部活が休みの日まで走り込んでいた。


 顧問も馬鹿ではなく、オーバーワークは怪我につながると注意喚起をしていたが、1度決めたらとことんまで極めるエネルギーを持った中学生を止めることはできなかった。

 いや、顧問のミスみたいに言うのはやめよう。俺だって止められなかったのだから。


 結果、県大会直前で正樹は大怪我を負うことになる。アキレス腱が切れたのだ。これは、走者にとって致命的なことだ。

 少なくとも、中学生のうちは軽くでも走ってはいけないと医者に言われた正樹。


 その話は瞬時に部内に知れ渡る。

 チームメイトの話を聞きながら俺は、「きっと落ち込んでいるだろう。次会った時にどうやって声をかけよう」と頭がパンクするくらいに考えた。でも、馬鹿な俺に名案が思いつくわけがなく、無策のまま再会の日を迎えた。


「オッス! みんな心配させてごめんな! 選手としてはもう使い物にならないけど、マネージャー業務で役に立つことにするからこれからもよろしく!」


 グランドに現れた正樹の第一声だった。

 光の匂いはしていたが、違和感が残る。

 まるで、念入りに準備してきたセリフを言っているように感じた。要するに、無理をしているのだ。


 そんな正樹に、チームメイトや顧問は笑顔で「もちろんだ!これからも仲間としてよろしくな!」みたいなことを各々声かけしていた。


 美しい青春の1ページ。

 彼らは正しい。せっかく、正樹がみんなに気を遣わせないように演技しているのだ。多少の違和感があっても、それに乗っかることで正樹のメンツを立てているのだ。


 でも、俺はそれができなかった。

 それどころか、怒りすら覚えていた。


(辛い時くらい、辛いって言ってくれよ!)


 それで現実が変わるわけではないのは百も承知だ。それでも、俺は正樹の本心が知りたかった。

 その後、正樹も活躍するはずだった県大会で、俺は何とも中途半端な結果しか残せなかった。正樹もみんなも「頑張ったな!」と言ってくれたが、2人分の想いを乗せた結果にならなかったことが、恥ずかしくたまらなかった。


 その悔しさを抱えながら、俺は高校でも長距離走を続けている。

 正樹は、日常生活は問題なく過ごせるくらいには回復したが、激しい運動は未だに許可が出ていない。

 正樹のいない陸上部で走り込む日々は、中学時代に比べて退屈なものになってしまった。でも、辞めるわけにはいかないんだ。

 俺が、正樹の分まで頑張らないといけないから。

 自分でも、異様な執着心だと思う。この感情に説明をつけるとしたら‥‥‥。

 学のない俺には、「恋」の1文字しか浮かんでこない。

\



「そんなにラブコメしたいんなら、俺としてみたら?」

「え?」


 言った。

 言ってしまった。絶対にキモがられる。


 正樹は優しいから、俺が同性を好きになる人種だと言いふらしたりしないし、それをからかったりもしないだろう。でも、確実に距離を置かれる。

 それだけは嫌だ。何とか誤魔化さないと。


「いや。ほら、コメの部分だったら気の置けない俺とかの方が再現しやすいだろ? それに、別に俺ら嫌いあってるわけでもないじゃん? ラブっていうよりライクだけど。だから、あれだ。ほら、遊びというかさ」


 ダメだ。


 喋れば喋るほどキモくなっていく。

 あぁ。もう俺はいつもこうなんだ。

 周りは、クールとか過大評価してくれているが、実際は単に喋るのが苦手なだけだ。こんな奴、正樹に受け入れてもらえるわけない。


「‥‥‥そうか。そうだな」


 怖くて正樹を見れないが、何故か納得したような言葉が聞こえる。


「そうだな。木村の言う通りだわ。楽しい恋をするって時に、何も女子にこだわないで良いんだよな」


 これは夢か? あまりにも俺に都合が良すぎるぞ。


「俺、木村のこと好きだし。よし。木村、俺とラブコメしようぜ!」


 ラブコメ。

 脳内で再度、その言葉を浮かべる。

 特に、ラブの部分を。


 正樹のことだ。ノリで言っている可能性だってある。でも、俺はこの機会を台無しにするほどの馬鹿ではない。


 今はノリでも良い。

 いつか、正樹が光だけではない面を見せてくれるまで、この関係を維持してやる。

 そう心に決めて、俺はこう返した。


「はい。よろしくお願いします」


-完-

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