第2話 コスメを買う

 シャイドリのライブにメイクをしていくぞ……!と意気込んだはいいものの、何からしていいのかよく分からない。

 とりあえずコスメを買わないと始まらないだろう。ジャージのズボンを脱ぎ、小6から履いているジーンズを履く。クローゼットからグレーのパーカーを取り出してTシャツの上から羽織った。


 「ららぽーと行ってくる」

 「あらそう。気をつけてね。」

家から徒歩でららぽーと豊洲とよすまで行くと20分ほどかかる。いつもはたかが20分にイライラしていたが、今日は違う。自分で行くと決めたのに緊張して、もっと遠くあってほしいと願っていた。


 クラスの仲の良い友達は、みんなメイクをしていない。しているのは一部の陽キャだけだ。Diorのリップ買ってもらった〜などと話しているのを聞いたことがある。Diorって、カバンとか売ってるだけじゃないんだ。


 いつも通りの道をいつも通りに歩き、いつも来ているららぽーとにたどり着く。目の前にそびえ立つウエルシアが、なんだか美術館か何かのような格式高い場所に思えてくる。


 母と来るときはシャンプーやティッシュくらいしか買わない。普段は素通りしているコスメのコーナーに向かうが、誰かに見られているのではないかと考え何故か一度通り過ぎてしまった。


 離れたところからコスメコーナーを見る。髪を茶色に染めた大学生くらいのお姉さんと、おばさんしかいない。私みたいな子どもが来ていい場所なのか?


 いや、クラスの陽キャの子たちもシャイリスの仲間も、メイクくらいしている。きっと私のような子どもだって買いに来ることはあるだろう。

 そう意気込み、もう一度コスメコーナーに足を踏み入れた。



 ものが多すぎてよく分からない。アイシャドウ、マスカラ、ファンデーションなど聞いたことのある言葉が至る所に書いてあるが、何をどう選ぶべきなのかは検討もつかなかった。

 

 下調べが必要だったのか……

しかし、このまま帰っては私の名が廃る!(((誰


 ブランドごとに分けられている中から、唯一聞き覚えのある「CANMAKEキャンメイク」のコーナーの前に立った。


 母親がメイクをするところは見たことがある。ファンデーション、アイシャドウ、マスカラ、リップを使っていることも知っていた。

 「すずは若いからファンデーション無くても綺麗ね」と言われたことがあるので、とりあえずアイシャドウ、マスカラ、リップを買うことにする。


 アイシャドウはまぶたに塗る色のついた粉だ。それは分かっているのだが、目の前にはアイシャドウのようなものが大量に置いてある。


 プティパレットアイズ、パーフェクトマルチアイズ、シルキースフレアイズ……


 聞いたこともない呪文のような言葉が並んでおり、何が違うのかもよく分からない。

 そうだ。マリネくんのメンバーカラーのものを買おう。


 マリネくんのメンバーカラーは紫。紫のメイクをしてライブに行ったら可愛いんじゃないか……!?私、天才か!?



 紫…紫…お、これはどうだ。『プティパレットアイズ』のM02とやらを手に持つ。大きい。そして値段に目をやる。


 「せ、1078円……」


 高い。月のお小遣い3000円の私に1000円超えはさすがに痛手だ。ならばもっと安いものは無いかと値段を見ると、あるじゃないか。


 「660円!」


 『ジューシーピュアアイズ』が660円!これなら買える!中でも16番と書かれたこれの真ん中の色。マリネくんに相応しい上品な薄紫色だ。

 裏を見ると「シルエットサンライズ」と書かれている。色の名前だろうか。やけに小洒落た名前だ。世の中の化粧品にはみんな名前がついているのだろうか。


 プティなんとかだかジューシーなんとかだか、なんとかサンライズとか色々よく分からないが、とりあえず良いアイシャドウをGETできた。


 続いてリップ。さすがに唇を紫にするのは如何なものかと思うので、無難な色にしよう。リップらしきものを眺めていると、頂点にリボンのついた可愛らしいリップが目に飛び込んできた。


 『むちぷるティント』だそうだ。名前も可愛いじゃないか。ティント?はちょっとよく分からないが、リップであることは間違いなさそうだ。

 一番無難そうな、よく見るリップの色である03番の赤っぽいものを手に取る。値段は770円。さっきのアイシャドウと合わせると1430円……


 仕方ない。必要経費だ。マスカラは諦めて、1430円で我慢してやる。



 CANMAKE以外のブランドも見ようかと顔を上げると、高校生の集団がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

 まずい。場違いな子どもは退散しなくては。

 そそくさとレジへ向かい、バクバクと音を立てる心臓を嗜めながら支払いを済ませた。



 「1430円か……」


 自宅に向かって歩きながら、金額を思い返して胸が痛む。高すぎやしないか?

 でも仕方ない。だってライブに行くのだから。とりあえず、帰ってからこれらを使ってメイクをしてみようではないか。


 クーポンの印刷された長いレシートを丸めてポケットにねじ込み、小さく頷いた。

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オタク女子中学生がメイクを覚えたらちょっとだけ人生が変わった件について 毛利 @Ewpd__

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