おしまい世界、また明日

yoki

第1話 おしまい世界とおはよう

部屋でほのかに暖かい香りが漂う。


食卓にならんだ4人分の料理の前で他の同居人を待ちながら、この世界に来てからの記憶を精査していた。


「やっぱり思い出せないか…」


諦めて目線を天井へと移す。



「まーたそんな顔して、君は。辛気臭くてたまらないよ!私がここへ来たんだ。天井なんかとにらめっこしてるより私を見るといい。気分が晴れるし。ほらほら!私は今日もこんなにカワイイ!」


自分にそこまでの自信を持っているこいつがうらやましいよ本当に。


愉快にケラケラと笑い、踊るように食卓へと着いたこの少女の名前はシーズ。こんな横柄な口ぶりであるのに、体躯は小柄で、よく手入れされた金髪を結ってまとめ肩に垂らしている。


フォークを手にした彼女は、それをこちらに向けながら続ける。


「また記憶のことを考えていたね?昨晩みんなで結論を出したじゃないか。私たちがいくら悩んでも仕方ない、思い出せない。記憶を戻すため別の方法を模索しようってさ!まぁそんなことはこの目玉焼きの前では大した問題にならないわけだが…」


「おい、飯は全員揃ってからだシーズ。昨日決めただろ」


目玉焼きの目玉を潰そうとしていた彼女を制止する。


「っ!そうだったね」


ふんふん、と上機嫌にフォークを置くシーズ。この態度のデカい少女はいつもこのように楽しそうだ。なにを喜んでいるのか分かりづらい時がある。



キョウとシーズが話しているとドアが開いた。部屋へ入ってきたのはもう一人の同居人、ヘンドルトだ。


「...おはよう」


屈強な体躯に険しい目つき。過酷な仕事をしていたであろうことが窺える。ヘンドルトは寡黙で冷静な男だが、冷酷な男ではないと思う。


席に着き、早々に食事に始めようとするヘンドルトをシーズが制止する。


「ヘンドルトよ。気持ちはわかるが、席がまだ空いているじゃないか。飯より先に穴埋めだよ」


そう。同居人はもう一人いるのだ。


「じゃあ俺が呼んでくるから、ちょっと待っててくれ」


もう一人の寝ている同居人の部屋へ向かうため席を立つ。


「手を出すんじゃないよ?君」「...」


「信用がないな!いいから飯食べずに待っててくれよ…」



最後の同居人の部屋の前まで来たが、中から音がしないのでまだ寝ているのだろう。


コンコン、とドアをたたき応答を待つ。


「…」



応答はない。


「…ユア、起きてるか?」



やはり返事は来ないのでドアを開ける。


ドアを開けると、彼女がいた。ユアと呼ばれるその少女はどうやら起きていたようだ。


白く長い髪に、白いワンピース。


そして深海に光が差したような碧い瞳を持つ彼女は、その瞳から町を見ていた。現実離れしたその見た目はまるで額縁という境界のない絵画のようだった。


「何か見えるのか」


「特に何かを、ってわけじゃない。ただ、町全体を見てた。私ってこの風景が好きなのかな?」


「聞かれても困るな。でもそうして毎朝見ているんだ。気に入っているんじゃないのか」


「うん。そうだよね。きっと好きなんだ。…そんな気がする」


「…」


「ふふっ」



ユアは窓から目を離すとドアへ向かう。やっと食事をする気になったようだ。


「今日の朝ごはんはなに?」


「目玉焼きと、サラダと、色々だ」


「きれいだね。…みんなはもう食べちゃった?」


「いや、まだだ。二人ともお前を待ってる。昨日約束したからな」


「…そうなんだ」



ほんの少しユアの歩みが早まった気がする。


二人の待つ部屋につくと、すぐにユアも椅子に座った。



この家の全員が、この家での生活を始めるまでの記憶をなくしているらしい。どのような理由でこの生活が始まったのか。なぜ記憶が消えたのか。

俺の場合、この異世界へ来た時のことは覚えているが、それからこの生活の始まりまでの記憶がなかった。元の世界での記憶もない。ただこれだけは確信していた。俺は確かに、間違えなく、別の世界で生活していた。日本という国で、それから…


あとは、まぁ、今はいいか。

記憶はないが、なんとなく楽しい日々だ。


「ごめんねみんな、遅れちゃって」


「いいさ。それより早く食べよう!」


「…」


「同感だ」


外の喧騒が聞こえる。

どうやらこの世界はおしまいになってしまうという。

騒然とした世界の中で、このテーブルだけが穏やかなような気がした。


ユアは手を膝の上において、三人のほうを見て言った。


「おはようシーズ、ヘンドルト、キョウ。

じゃあ、いただきます。」


彼女の顔は、とても嬉しそうだった。


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