第1章 ヤギとガゼル
その少年の目はヤギの様であった。
「ま、待て!やめてくれ! お、俺も仕事でやってるだけだ!」
「しぃるかそないなもん”僕に関係あらへんわ、お宅らがうちの「イカロス派」に歯向かっとる時点僕が出張ることは確定済み、お前もう終わっとんねん。ええからシネ」
口の荒々しさと反して少年の目はどこか虚ろだ。
「ち、違う!俺たちゃぁ別にあんたらの宗教組織に手ぇ出す気なんか…!」
ベラを回して弁解を図ろうとしていた誰かの必死な剣幕はリボルバーの硝煙に霞んだ。
いや、その硝煙すらも鳴りやまぬ銃声の前では風に吹かれる霧だ。
「僕に”!!!余計ないら立ちを抱えさせんなやゴミが”てめぇらみてぇなゴキブリは黙ってしんどきゃええねん!死にぞこないと生産性のない会話交わすこっちの身にもなってみたらどうなん”あぁ”!!!」
その少年はすでに瞳孔に光のない肉塊に向かって癇癪をとめどなく起こしているようだった。
怒鳴る、殴る、蹴る、撃つ。とれる暴力的手段の限りを尽くした。相も変わらず眼は虚ろだ。
いや、虚ろというよりは困惑のそれにも似ている。
一頻り癇癪を終えて肉塊をミンチ肉に仕立て加工し終え周りを見渡すと、まだ加工前の肉塊がゾロリと並んでいるようで彼は舌打ちをしたのち続けざまに癇癪の連鎖を継続した。
「っち、手足が血だらけやん。血生臭ぁ…これ取れへんなぁ」
そういって街中の道路を歩くのはさっきまで癇癪を起していた少年だ。
誰の血なのかもしれない赤色の堕液に汚れた拳とそこに握られているリボルバーを見つめているようだった。
態度では怒っている様子だがやはりその眼はどこかは虚ろで、口角は何かを必死に保っているようにも見える。
「そら簡単に取れたら世話ないわな」
そのセリフには妥協のほかにもどこか何かに対する断念の思いがあったことに彼は気が付いていない。
この街では純粋のままでは生きていけない
なぜならば純粋であればあるだけ町に潜む猛獣の餌食として消費されるからである。
無邪気なる子供は邪を磨き邪悪な大人となり無垢なる女性も色欲のペイントプールにその身を沈める。
偉そうに達観しているようで言いにくいが俺もその一人だ。
俺って誰か?俺はこの少年だ。
名前はガゼル、コードは「ゴート」だ。
コードというのは、彼はある宗教組織に所属しているがいわば組織内での呼び名の事だ。組織名は先ほどの肉塊が口にした「イカロス派」
詳細までは知らないが「とあるモノ」を崇拝し守っている宗教組織だそうで、彼の所属する組織内ポジションの仕事はその「とあるモノ」を狙う別団体の始末および「とあるモノ」の保護だ。
見苦しかったようですまないがさっきのはその仕事の一部始終というわけだ。
「あぁ、仕事したら腹減ったわ…。何食おうかなぁ?焼肉…いや、それとも寿司か?」
足取りを止めた少年は腹を空かせていたことを思い出す
「にしても何してんのやろか僕は、ふつう仕事の前に朝飯やろ。なんで食ってこなかったんや?あれか!仕事なんて朝飯前ってな…ほな焼き肉とか、いくか…う”ぉえぇ、、、、ヴぉぇ、、ヴぉえぇぇひっひう”ぉえ」
自覚出来ていなかった何かだろうか?ダムが決壊するがごとく空いたばかりの腹から目には見ないどす黒い何かを吐き出すように嘔吐の濁流が止まらない。
「またや…うぉえ…吐き気が…うぅ…おぇぇ…ふぅ…。はぁ…ほんま何してんねん僕は…匂いが取れへんわ。これじゃ飯も食えんやん。朝飯食ってくればよかったな、でもどうせ吐くんやったら食わんで正解か?っは」
そうして軽く笑い飛ばすと、彼はふらふらと立ち上がり空いた腹の事など忘れて家路へと戻る。
「なんか、喉も乾いてる気ぃするわ」
彼の、いや俺の家はイカロス派が運営するとある教会だ。というのも俺は捨て子だったらしい。
イカロス派に拾われてからはその教会の孤児院で育った。
赤ん坊のころから俺を育ててここまで立派にしてくれて俺は正直「イカロス派」の皆には感謝している。
その甲斐もあって俺も今では立派にこの街で生き抜ける猛獣になることができた。
ただの獲物でしかなかった野良の「ガゼル」でもせめて組織の役に立つ駒「ゴート」にはなれたってもんだ。まぁこの街に生きる人間にしては上等万々歳といったところだろう。
無垢だった俺と乖離するように彼らからは猛獣の皮を与えてもらったのだ。
感謝しても仕切れいない…。
だから彼は彼らのために働く。彼らの為に彼は「ゴート」としての役目に準じて生きていくと決めたのだ。
悲愛 賢聖イーサー・〇〇〇〇 @saint14831
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