08.ようやくカタがつきました
それから、あっという間に1年が過ぎた。
アレクシアの容姿はすっかり生来の輝きを取り戻し、王族に交じってもなんら遜色ないほどに美しくなった。栄養不足から来る様々な身体の変調も徐々に収まり身長も伸びて、年相応の健康さも取り戻しつつある。
教育のほうはまだまだだが、これは本来然るべき教育を受けられたはずの5年間を元実家で奴隷同然に扱われ、受けさせてもらえなかったゆえの弊害である。相応しい教養を身につけるまでには相応の時間を要することだろう。
まあ将来的に王族籍を離れる予定の養子であるため、教育についてはそこまで厳しくは組まれていない。最低限の各種教養のほかは礼儀作法に重点が置かれている状態だ。
そして今日も、アレクシアは礼儀作法の教師の元へ出向く。傍らに付き添う騎士の甘い瞳にいたたまれない思いをしながら。
「あの、騎士さま」
「何度も申し上げておりますが、どうぞルドルフとお呼び下さい」
「…………ルドルフ、さま」
「はい」
名前を呼ぶだけで輝かんばかりの笑みを向けられるので、アレクシアはもう身の置きどころがない。
彼はいつでもアレクシアの側に付いて離れない。朝起きて侍女に服装を整えてもらったタイミングで迎えに来て、朝食から朝の教育に随行し、昼食のあとに少しだけ姿が見えなくなるがすぐに戻って来て、その後は昼からの王族公務に付き従い、城に戻ってきてから晩食の席に侍り、陽が暮れる頃に私室に戻るまでずっと付きっきりである。
さすがに更衣室や私室の中にまで入り込んだりはしないものの、侍女や他の女性護衛たちによればアレクシアが就寝するまでずっと私室の扉を守って離れないらしい。
「なんで、そんなに……」
わたしに尽くしてくれるのですか。
そう聞きたいのに言葉にならない。
というか、一度は実際に聞いてみたのだ。だが返ってきた答えが想定外過ぎた。
『あの時、大広間の床に倒れ込んだままの御身は骨と皮ばかりでやせ衰え、今にも儚くなっておしまいになりそうでございました。無礼かと思いつつもそれを目の当たりにしてしまったことで、御身をお守りせねばと私は強く心に銘じたのです。あの時私は第一王子殿下付きでございましたが、不敬を承知で申し上げれば殿下の護衛は私でなくとも勤まります。ですが御身はお守り申し上げる者もおらず、殿下にさえ婚約破棄を申し渡されてひどく頼りなさげに震えるばかりでございました。であれば御身を守らせ参り奉るのは我が使命に違いないと、そう強く』
『も、もういいですから!』
それはもう頬を紅潮させ瞳に熱を浮かばせて、放っておくといつまでも語りそうな気配が色濃くて、思わず叫んで止めてしまったアレクシアである。それ以来、怖くて同じ質問が二度と出来ていないのだ。
彼はなぜ、そこまで自分を気にかけてくれるのだろうか。
なんて、さすがのアレクシアでさえもう理解している。だって彼はもう1年間もずっと側に付きっきりなのだ。彼女とてそれが分別ある紳士淑女の距離でも、護衛騎士と護衛対象者の距離でもないことくらい、解っている。
だけど彼は、決して
「わたしの方から詰めてこい、って事よね……」
あくまでも護衛として侍る彼は、最後の一歩を踏み越えられないし踏み越えようとはしない。そればかりか主導権をアレクシアに残してくれている。そしてそれを誠実だと感じてしまう自分がいる。
だったら自分の方から距離を詰めればいいだけなのだろうが、これまで男女の恋愛はおろか、監禁されていた期間が長すぎて人と関わる機会のほとんどなかったアレクシアには、
「姫様、何かお悩みですか?」
侍女にそう声をかけられ、アレクシアは突っ伏していたベッドから顔を上げた。すでに1日の予定は全て終え、晩食も湯浴みも済んであとは就寝するだけ。侍女は就寝するまでの身の周りの世話と、話し相手を務めるために寝室内に控えてくれているのだ。
「…………分かる?」
「分かりますとも」
アレクシアは教育がまだ中途だし養子なので、他の王子や王女たちとは違い、感情を上手く取り繕って隠すことが不得手で分かりやすい。それがまた王宮侍女たちにしてみれば、天真爛漫で感情に正直なお可愛らしい姫様、と好評価であったりする。
「……どうしたらいいと思う?」
敢えて何の話か、アレクシアは言わなかった。彼女とて17歳の乙女である。恥じらいも慎みもちゃんと持っている。
侍女は少しだけ考えて、そうですねえ、と前置きしてから言った。
「作法やお勉強、立ち居振る舞いなどで悩まれておいででしたら、分かる者にお尋ねになればよろしいのです。そうではなく、
「本心では、どうしたいか……」
「ええ、そうですとも。御身の御心を無理に押さえつけて、その結果姫様がお苦しみあそばすような事態になるなんて、そんな事はわたくしどもも、陛下や殿下がたも、ルドルフ卿も望むところではありません」
「る、ルドルフさまのことなんて誰も言ってないわよ!」
「あら、確かにそうですわね」
オホホホホ、とわざとらしい笑い声を侍女は上げた。アレクシアがもうずっと、ルドルフとの関係性をどうするかで悩んでいる事くらい、侍女たちも護衛たちも、国王夫妻も義兄妹たちも全員が知っている。知らぬのはアレクシア本人と、最近は王都ではなく副都に出向させられて戻ってこれない第一王子だけである。
「姫様、どうか御心に素直になられませ」
「…………素直になっても、いいの?」
「もちろんですとも」
にこやかに断言されて、アレクシアの瞳に少しだけ力が籠った。
こうなればもう、ヤケだ。
「分かった。明日から考えてみるわ」
「それがよろしゅうございますわ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日から一転して開き直り積極的になったアレクシアと、自分のあずかり知らぬところで攻守逆転されてうろたえるルドルフが晴れて婚約を結ぶまで、それから半年もかからなかった。
「ルドルフさまはわたくしに仰いましたわよね、わたくしを守るのは自分だと」
「ええ、今でもその言葉に二言はありませんよ、姫様。生涯貴女を」
「嫌だわ、わたくしは貴方の妻になるのですから、どうぞ名を呼んでくださいな」
「……あ、アレクシア、様」
「呼び捨てで」
「…………アレクシア」
「はいっ!」
「くっ……、俺の姫様が可愛すぎる……!」
花もほころぶような満面の笑みを見せるアレクシアと、それを間近でモロに浴びて胸を押さえて悶えるルドルフ。
その姿を柱や壁の陰から、また遠視の魔道具を通じて、
(やっとですわね……)
(長かったですわねえ……)
(これでようやく、肩の荷が降りるな……)
(我が
(
(そう言う
(ルドルフの奴、執着が強すぎて一時はどうなる事かと思ったけどね。でもこれでひと安心かな)
(まだ分かりませんわよお兄さま。もしも万が一お
アレクシアとルドルフはそんな周囲の様子に全く気付く事もなく、いつまでも見つめ合い微笑み合うのであった。
ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました 杜野秋人 @AkihitoMorino
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