喧嘩に巻き込まれました。

第4話

とある日の朝。




いつものように食材の買い出しにスーパーに寄った帰り、たまたま、ほんとにたまたま、その時の気分で少し違う道から帰るか、と遠回りしたのだが。それがいけなかった。思わず遠い目をして目の前の光景から現実逃避をする。





その間も、止まない”喧騒”。






「そっちから喧嘩売ってきといて弱いってどういうことー?つまんなーい。」


バキッ




「手応えねぇなあ!!」


ガンッ




「あはは、どこ狙ってんの?」


ドンッ




「…遅ぇ。」


グシャッ








朝っぱらから、不良くん達が喧嘩してました。…黒髪くん、普通その音は喧嘩で出るような音じゃねぇよ?




はぁ…、面倒な場面に出くわした。とことんついてねぇ。




でも、幸いこっちにはまだ気付いてない。ってことは、いけるか。こんなもん逃げるが勝ちだ。瞬時に気配を消して素早く後退りしていく。





曲がり角まであともう少し、というところで。





「…あ!おねーさんだ!やっほー!」





…お前。おいお前。空気を読めよ。





終わった…と天を仰ぎ見ていれば、他の奴等も私に気付いてさらに声を掛けてくる。だからやめろ。お前ら喧嘩の途中だろうが。そっちに集中してろよ。と思ったが、喋ってる間もちゃっかり相手を沈めてる辺り、相当強いと思われる。





ていうか、この状況で声を掛けられたらその後どうなるか。





「お前も仲間か!?あぁ!?」





こうなるわな。こっちにもとばっちりがくるわな。あいつら後で覚えてろよ。





『仲間じゃないんで、じゃ。』





関わりたくなくて軽く手を上げてその場を去ろうとしたが、見逃してくれるはずもなく。





「お前こっち来い!」





ガシッと。腕を掴まれてそのまま引っ張られたと思ったら、首に手を回されて顔にナイフを当てられていた。そしてその拍子に、ドサッと手に持っていた袋を地面に落としてしまう。





顔に当てられているナイフなんかより、落とした食材達の行方が気になって目で追っていれば、喧嘩の渦の中にコロコロと転がっていく食材達。次の瞬間、グシャッ。無残にも、踏み潰された野菜。






―――ブチッ






「お前ら!こいつどうなってもいいのか!」



「え、おねーさん!?」



「あれやべーんじゃね!?」



「リオちゃん!?」



「…。」







不良くん達が何やら騒いでいるが、頭に血が上っている私には雑音にしか聞こえない。






こいつ…よくも。






許さねぇ。









―――『てめぇ、よくも大事な食材を無駄にさせやがったな!!ぶっ殺す!!』








そう吐き捨てて、後ろの男に思い切り頭突きをかました。






その時に少しナイフの刃先が頬に当たった気がしたが、気にする余裕もなかった。とにかく今はただ、目の前の奴等に怒りをぶつけることしか頭になかったから。







―――感情の赴くまま、男の顔面に拳を叩きつけた。














――――――――――――――――










『……、やっちまった。』







爆発した感情が収まって冷静になったとき、頭に浮かんだのはこの一言だけだった。




…喧嘩なんて、いつぶりだろうか。もう何年も経ってるはずなのに、全然鈍ってなかったな。それに擦り切れた拳もピリピリと痛むが、その痛みすら懐かしい。でもなぁ…これは、さすがにやり過ぎた。辺り一面に広がる惨状をぐるりと見渡して、溜息を吐き出す。





「おねーさん…!!すごいね!めっちゃ強かった!」



「すげぇ!まじすげぇよ!」




そんな私を他所に、不良くん達は興奮したように騒いでいた。この温度差はなんだ。




そんな中、「リオちゃん、ここ大丈夫?血がでてるよ。」と自分の頬を指差しながら心配してくる男が1人。言わずもがなチャラ男くん改め、イオリ。




…何で名前で呼んでるかって?




それは、毎回やたらと私の名前を知りたがっていたこいつが、実は随分前から知っていたと判明したあの日から、図々しく名前で呼んでくるようになった。しかもちゃん付けで。屈辱的だよ。そして、何故か頼んでもないのに全員に自己紹介され、私にも名前で呼んでほしいと要求してきやがったのだ。もちろん即答で断ったのだが、それからもしつこいこいつらに、ついに私が根負けしたというわけだ。





『あー…、』




イオリの言葉に頬に手を当てれば、ズキ、と鈍い痛みを感じた。指先を見れば少し血が付いている。





「もー、ナイフ当てられてんのに動くからだよ?はい、絆創膏貼ってあげるからこっちおいで。」





呆れたような声と態度で学ランのポケットから絆創膏を取り出しながら手招きしてくるイオリにかなりイラッとしたが、仕方がないから大人しく指示に従う。痛いものは痛い。





イオリの目の前で立ち止まり無言で頬を突き出せば、少し笑われた気がしたが、すぐにペタッと貼られる感触がした。





『…ありがと。』





非常に癪に障るが、渋々小声でお礼を言えば、何故か「え、」と固まるイオリ。





『何だよ。』





「…リオちゃん、暴言以外喋れたんだ。」





『私を何だと思ってんだよ。』





こいつ…、人がせっかくお礼言ってやってんのに一瞬で台無しにしやがって。…いつも暴言しか吐いてないのは否定しないが。





ていうか他の奴等の声がしないな…、と思っていれば、





「おねーさん!これごめんね!ほとんど原型なくなっちゃってた!」





そんなマヒロの声に振り返れば、両手に粉々になった野菜らしきものを持って立っていた。その隣には、同じような姿のヤヒロとサキもいた。どことなく落ち込んでいるように見えるのは気のせいか。





「あー、こいつら、リオちゃん巻き込んだこと反省してるんだよ。マヒロが声掛けなかったらこんな事にはなってないからね。俺も反省してる、ごめんね?」





イオリのその言葉に、一斉に謝ってくる奴等。サキに至っては、一言「悪かった。」と言ったきりずっと悲しそうに残骸を見つめていた。…お前食べるの好きだもんな。





はぁ…、仕方ねぇな。こいつらも可愛いとこあるんだよな。まだ出会ってから2ヶ月ぐらいしか経ってないが、情というものが湧いているらしい。









『仕方ねぇから許してやるよ。その代わり、今度同じようなことがあったらカレーのおかわり禁止にしてやるからな。覚えとけ。』









何だかんだ言って、こいつらに甘いのは自覚してる。











―帰り道にて―





「ねぇリオちゃんって何でそんなに強いの?」


「それ僕も気になってた!」


「あれはもうプロの動きだったよな?」


「…(力強い頷き)。」


『あー…、』


「どうしたの?言いにくいこと?」


『いや…、』


「確かに、高校時代に100人近い男相手に1人で圧勝したっていう伝説があるぐらいヤンチャしてたって言いにくいよね。」


『…お前、また』


「せいかーい、リオちゃんのお祖父さん情報でーす!」


『あのくそじじい…、余計なことをペラペラと…。』











口が軽すぎないかうちのじいちゃん。

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喫茶店、始めました。 haku @nameko25

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