不良くん達の日常

第3話

チャラ男くんside







俺たちの日常は、




「腹減ったー!カレー食いに行こうぜ!」




毎回その一言で始まる。




いつものメンツで、最早俺たちの溜まり場と化している路地裏に佇む小洒落た落ち着いた雰囲気の店に、カランカランとドアベルを鳴らしながら足を踏み入れた。




そうすると、




「…また来たのかお前ら。サボってねぇでちゃんと学校行けよ不良ども。」




いつものように、カウンターの奥から冷たい言葉が飛んでくる。この店の、若き店主のお姉さんだ。




「えー、相変わらず冷たいなぁおねーさん!」



「ここのカレー食わねぇと1日が始まらねぇんだよ!」




ブーブー、とそんなお姉さんに軽い文句を言っているのはマヒロとヤヒロ。ちなみにこの2人は双子。でも二卵生だからか外見も中身も全くと言っていいほど似てない。マヒロは可愛い系、ヤヒロはワイルド系で、似てるのは名前ぐらいだから、知らない人からしたら赤の他人に見える。




まぁ、そんなことは置いといて。




『こんにちはお姉さん。今日こそ、名前教えてくれるんだよね?』




「相変わらずしつけぇなお前も。教えてたまるか。」




俺は、今日も今日とて、お姉さんの名前を知ろうと奮闘する。そして、いつもの如く辛辣な言葉が返ってきた。



えー、とわざとらしく口を尖らせた俺だけど、チッと盛大な舌打ちをされてやれやれと肩を落とす。




…まぁ、実を言えばほんとはもうお姉さんの名前知ってるんだけどね?




だって、前の店の店主だったじいさん、つまりお姉さんのお祖父さんが、よく孫の話をしてたからね。常連だった俺らは、そりゃもう耳にタコが出来るくらい散々聞かされてたよ。




だから、お姉さんの名前は嫌って言うほど頭に刻み込まれてるん‪だけどー…、やっぱ本人の口から聞きたいじゃん?あれだけ頑なに教えてくれなかったらなおさら。




という訳で、毎日毎日飽きもせず、恒例の挨拶のように名前教えて、って口説いているんだけど。ほんっと、頑固だよね。ここの常連になってからまだ日は浅いからそんなに長い付き合いではないけれど、そんな俺でも分かるぐらいの頑固さ。




と、そんな中、俺が悶々と頭を悩ませている横で、今日も絶好調に無口なサキが、何かを訴えるように無言でお姉さんをガン見していた。




あ、そこの君、今女の子みたいな名前だなって思ったでしょ、思ったよね?うん、俺もそう思うよ。こんな無口で無愛想な男がサキって可愛らしい名前、笑っちゃうよね。笑ってもいいよ?本人はさほど気にしてないみたいだから。って、おっと、話が逸れちゃったね。





「…はぁぁぁ、仕方ねぇな。」





サキから、そんな熱烈な視線を浴びせ続けられたお姉さんは、ついに根負けしたらしい。深い、それはもう深い溜息を吐いて、奥へと引っ込んでいった。




『サキ、ちゃんと喋らないと伝わらないよ?』




「…伝わってる。」




サキに呆れた視線を投げかければ、淡々とそんな言葉が返ってくる。




伝わってないでしょ、と思っていれば、お姉さんが奥から戻ってきた。その手には、お皿が乗ったお盆を持って。こちらに近付いてくるにつれて、スパイスのいい香りが漂ってくる。




「ったく、注文するならはっきり口に出して言え。いつも無言で見てきやがって。」




そんな文句を言いつつ、俺らの前にカレーを置いてくれる。悪態をつくものの、ちゃんと人数分用意してくれる辺り、良い人なんだよねお姉さんって。




「やった!いただきまーす!」



「あー、やっぱコレだな!うめぇ!」



「…んまい。」




口々にそう言いながら勢いよく食べ始めた3人を横目に、俺も「お姉さん、いただきます。」と言ったけど無視された。まぁいつものことなので気にせず食べ始める。うん、相変わらずスパイスが効いてて美味しい。




「いつも言ってるが、さっさと食べてさっさと帰れよ不良ども。お前らがいると客が来ねぇからな、商売の邪魔だ。」




そう言いながらカウンターに腰掛けて、いつの間に自分の分を用意したのか、俺らと同じカレーを食べていた。




また我慢出来なくなったんだねお姉さん、ほんとカレー大好きだよね。そんなことを心の中で呟きながら見ていれば、「何か文句あんのか?」と睨まれる。俺の心の中読まないでよ。




そんなこんなで、相変わらずお姉さんは口悪いし冷たいけれど。俺は知ってるんだよね。お姉さんが、優しいこと。




だって、文句は言うしたまに暴言を吐いてくるけど、何だかんだ追い出そうとしてこないしちゃんとカレーを用意してくれる。




それに、この前見ちゃったんだ。




お姉さんが、美味しそうに食べてる俺らのことを、優しい顔で笑いながら見てたこと。




そんな初めての表情を見て、ドキッと胸が高鳴ったんだ。…多分、落ちた。急にあんな顔しちゃって、反則だよね。




「…さっきから人のことじろじろ見てきて、何だ?見てくるな、気が散る。」




考えこんでいたせいか、どうやら無意識に見すぎていたようだ。お姉さんが鬱陶しそうに眉間に皺を寄せている。




『えー、名前教えてくれないかなぁと思って。』




さっきまで考えてたことを脳内から消し去り、誤魔化すように話題を切り替えた。




「お前、まじで、くそほどしつこいな。」




『女の子がくそとか言っちゃダメでしょ。』




「もう”子”なんてつくほどの歳じゃねぇよ。嫌味かよ。」




『もう、ほんとにお姉さんってひねくれてるよね。』




「お前にだけは言われたくない。」




そんな、いつもの掛け合いが始まったところで、「おねーさん、おかわりー!」「俺も!」「…ん。」と、毎回の恒例となっているおかわりをねだり始めた3人。サキに至っては一言だけを呟いてお皿を差し出している。




「それ食ったらさっさと帰れって言ったよな?…ったく、しょうがねぇな。」




そしてお姉さんは、いつもみたいに文句を言いながらも椅子から立ち上がった。




…ほら、やっぱりお姉さんは優しい。








―後日―





『お姉さん、もう諦めて名前教えてよ。』


「死んでも嫌だ。」


『えー、”リオ”って、可愛い名前なのに。』


「…お前、どこでそれを。」


『どこだったっけ?』


「今すぐ忘れろ。それが無理なら私が忘れさせてやる。」


『え、やだよ。って、怖い怖いお姉さん!椅子振り上げようとしないでよ!』


「…チッ。」


『あ、じゃあさ、俺だけ知ってるのもアレだから、俺の名前も教えてあげるよ。』


「あ?知ってる。」


『え?』


「”イオリ”、だろ?」


『…っ…、そう、だよ。』











お姉さんは、ずるい。

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