帝英二という少年の生い立ち

あげあげぱん

第0話


 僕、帝英二に両親は居ない。僕が七歳の時に交通事故があったんだ。あの時のことは今も覚えていて時々、夢に出てくる。そんな晩は嫌な汗をかく。


 あの時は夜の山道を車が走っていた。運転するのは母で、助手席に父。後ろの席には僕が座っていたはず。カーブの多い峠だった。そこで、母はおかしくなった。突然、母は震えだして「ハイレタ、ハイレタ、ハイレタ」って狂ったように繰り返してた。実際、おかしくなってしまったんだろう。後から調べて分かったけど、その頃に山に居着いた霊の仕業だった。母は霊の影響を受け、直後に車はカーブを曲がりきれずに事故を起こした。僕は気付いた時には病院のベッドに寝かされていたよ。そして、事故が起きた後、僕にも霊が見えるようになったんだ。その事件は、あまりにも理不尽で怒りさえ覚える。


 事故で両親を失い、それ以降、あの峠には近寄ることができない。怖いんだ。あの場所の霊を恨んでいながら、恐ろしくて近寄ることができない。今の僕なら、あの霊を祓うことかできるかもしれないのに。どうしても恐ろしくて、あの場所にはいけないんだ。


 話を戻そう。両親を失った僕は母方の祖母に引き取られた。祖母は、娘を……僕の母を失ったことを悲しんでいて、僕を守ると堅く誓っていた。彼女は霊をその目で見ることができたし、僕と同じように恨んではいたけど、霊を祓うような力を持ってはいなかった。「私に霊を祓う力があれば」それが彼女の口癖だった。彼女がその言葉を呟く度に悲しそうな顔をするのが、僕は好きではなかった。その度に僕の胸は苦しくなってぎゅっと締め付けられたから。


 そんな祖母だったけど決して笑顔を見せなかったわけではない。彼女は写真屋を営んでいて、カメラが大好きだった。ことあるごとに僕の写真を撮ってくれて、「えい君は将来イケメンさんになるわ」と言って笑った。自分でいうのも、なんだけど僕の顔はなかなか整っていると思う。毎日、自撮りをするたびにそう思える。友人たちからはナルシストと弄られることもあるけど、自撮りはやめられない。楽しいんだもの。


 転校して入った小学校で僕は二人の友人と出会った。一人は女子で弓ケ浜弓子という子。僕はきゅーちゃんと呼んでいる。きゅーちゃんは楽しいことが大好きで、皆を引っ張るリーダーのような資質も持っていた。彼女はオカルトにも興味を持っていて、僕に色々なオカルト知識を教えてくれた。また彼女は降霊術が大好きである。僕は正直、彼女の降霊術には良い印象を持たないのだけれど、彼女がそれを、やりたいのなら止めたりはしない。僕がかつての事故について話していないからだけど、彼女は僕の母が霊のせいで死んだなんて知らないんだから。僕が母のことを言えば、きっと彼女は僕をオカルト絡みの話には誘わなくなるだろう。彼女だって霊に家族を殺された相手に霊の話を振ったりはしない。昔は彼女から仲間外れにされるのが怖かったから。今は彼女からの情報が得られなくなると困るから、彼女に事故のことを詳しくは話していない。高校生になった今でも彼女は僕の友達で居てくれる。僕は彼女との関係が変わるのは嫌だ。


 もう一人、僕には小学校からの友達が居る。彼はがっしりした体格の男子で、安藤落という名前だ。僕は彼をあんどーと呼ぶ。なにかと頼りになるやつだ……けど、あいつは小さな頃からずっと正義の味方に憧れていて、ちょっと心配。それはあいつの良いところであり、危なっかしいところでもある。僕とあいつは、ずっと親友だ。僕はあんどーと軽口を叩きあったりもするけど、彼が困っている時には助けになりたいと思っている。


 僕は二人の友人と共に関東のきさらぎという町に暮らしている。祖母は僕が高校生になった年の夏に亡くなった。それから、ずっと僕は一人で暮らしている。祖母は結構な遺産を残していてくれたから、生活に不自由はない。不自由はないけど、小遣い稼ぎに怪異を鑑定する仕事を始めた。怪異の正体が何であるかを見定めるのだ。怪異現象が専門の探偵のようなもので結構面白い。そして、これは僕なりの霊という存在への復讐でもあるんだ。


 依頼者が望むなら、僕は怪異を祓う。そのための力が僕にはある。僕の持つカメラ……僕の祖母の形見には霊を祓う力がある。その力に気づいたのは偶然だった。祖母が亡くなった後で、霊について調べるために写真を撮ってみたことがある。その時、撮られた霊が弾けるように消えたんだ。ぱあんって感じで爽快だった。このカメラには祖母の思いが詰まって居るんだと思う。彼女の霊への恨みがカメラに力を与えた。だから、ある意味僕は祖母と共に戦っているんだ。


 高校生活を続けながら霊を調べ、時には戦う日々を過ごしている。この世界には霊が溢れている。霊の正体を探って、時には始末するなんて仕事が成立するくらいには、霊というものは身近で危険な存在だ。僕は両親の命を奪った霊を許さない。一方で、両親を殺した本命との対決をずっと、後回しにしている。それは僕があの山の霊を恐れているからなんだけれど、正直ダサいとも思う。でも、怖いんだ。霊っていうものは恐れられるほど力を持つものだから、今の僕があの山の霊と対決するべきではない。そんな理由をつけて、いつまでも現状を維持してるのが最高にダサい。なら、いつか誰かが祓ってくれたら良いのになんて考えることもあるけど、あいつはいつまでも祓われず、そこに残っているほど強力な霊だ。やはり、いつか僕が祓わなければ。


 心の準備ができたら、あの山には向かうつもりだ。その時に過去との決着はつける。それまで僕はきさらぎ町の高校に通いながら怪異鑑定人として、祓い人として、経験を積み重ねよう。


 鑑定人と祓い人の仕事は去年の春から続けているよ。そのおかげか、僕の名前は、きさらぎ町やその周辺では結構広まってる。僕の友人たちも、帝英二が霊に関わる仕事をしていることは知っているね。だけど、彼らは僕がどうして霊に関わる仕事をしているのかは知らない。僕が彼らに心の内側について話すことはあるのかな? 彼らには心の内を知られたくはない。心の中に引いた線の内側までは入ってほしくないんだ。でも、それは彼らを信用できないからじゃない。ただ、僕の心の弱いところに触れてほしくないんだ。触れられると心が痛くなるから。痛む傷に触れてほしくないだけなんだ。


 僕は一人が好きなわけじゃない。むしろ、失った家族の変わりになれる人を求めてる。友人たちは僕にとって大切な存在だけど、家族とは違う。大切な存在という点では同じなのに、彼らと家族の何が違うっていうんだろう? それとも、僕が家族というものが特別でなければならないと……思い込んでいるんだろうか。うぅ……頭が痛くなってきた。このことについて深く考えるのはまたの機会にしておこう。


 今の僕が求めているものは、ふたつある。ひとつは山の霊への復讐。それは求めていながら、同時に恐ろしくて立ち向かうことができない。もうひとつ求めているものは家族。いや……家族の代わりかも?

 こっちは自分でも求めているものの形がはっきりしない。どちらも、そう簡単には手に入らないように思える。過去に決別し新しい未来を見つける。だなんて言い方をしたら格好いいかな? どうだろ?


 今日も僕はきさらぎ高校で授業を受けて、きゅーちゃんが立ち上げたオカルト部の活動に付き合う。あんどーが時々問題を持ち込んできて、大抵それは、怪異鑑定人の仕事に繋がる。今の僕をとりまくのは、そんな毎日だ。

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帝英二という少年の生い立ち あげあげぱん @ageage2023

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