076.お酒は大事
トントントンと階段を下りる。
その先は暗く、無人の倉庫。
いつものように、多くの酒が並んでいるその場所は静寂に包まれている。
今日はいつものように酒の数と状態を確認するためにそこに来ていた。
数えるのも大変な量の酒がそこに並んでいるが、個人的にそれらを確認する作業は嫌いではない。
多分コレクターが自分のコレクションを眺める時はこんな感じなんじゃないかな。
まあ俺はここにある酒は普通に飲むので、コレクションというよりはいくらか実用的ではあるけれど。
「〜♫」
目録の確認をしながら気付けば鼻歌なんか歌っていたようで、上から人の気配を感じて慌ててやめた。
誰が来たかはわかってるんだけど、わかってるからこそ恥ずかしいという場合もあるわけで。
「ユーリさん」
「こんばんは、リリアーナさん」
この地下室の鍵を持つもう一人、リリアーナさんが顔を見せる。
「お邪魔します」
「ええ、ゆっくりしていってください」
つい少し前まで彼女とは一緒にいたので、なにか仕事の用事があって来たわけじゃないことは予想がつく。
とはいえ、なんの用事かわざわざ本人に聞くほど野暮でもない。
この前約束したから彼女はここに来たんだろう。
俺もそれは歓迎だ。
ここでは密室で二人きり。
執務室も鍵をかければそうではあるけど、あっちは基本鍵はかけないし、それに人が訪れることも少なくはない。
それに比べてここは知っている人間も極僅かで訪れる人間は皆無な秘密の場所だ。
まあそういう目的で作ったわけではないんだけど、それでもリリアーナさんと二人きりの秘密というシチュエーションは悪くない。
いや、とても良い。
「私も手伝いましょうか」
「ああいえ、もうすぐ終わるので大丈夫ですよ」
「そうですか、それでは待ってますね」
「はい」
前回は同じ流れで手伝ってもらったけど、今日はゆっくり待っていてもらおう。
ということで手早く残りの確認を終わらせて俺は目録を元の場所に戻す。
「お待たせしました」
「待ってないので大丈夫ですよ」
ならよかった。
「それじゃあ今日はどれを飲みましょうか。リリアーナさんの希望なら、好きな物を選んもらって大丈夫ですよ」
「ユーリさん」
「はい、リリアーナさん」
お酒の方に視線を向けていた俺は、名前を呼ばれて彼女の方へ向く。
「前回のお礼に、今回は私が持ってきました」
そう言う彼女の手には、一本のボトルが握られていた。
「つまり俺の為に選んできてくれたと?」
「はい、そうですよ」
これはもう愛の告白なのでは?(※違います)
ちなみに彼女が持っている酒はここの棚にも同じ物があるけれど、だからといって嬉しくないわけがない。
自分で買った物よりもリリアーナさんが持ってきてくれた物の方が俺にはずっと価値があった。
プレゼントの真髄とはこういうことなのかもしれない。
「ありがとうございます、リリアーナさん」
「どういたしまして」
「俺は今日という日を一生忘れません」
「それは大げさですよ」
「そうですね」
まあ一生は言いすぎかもしれない。
でもそれくらい嬉しいのは事実だった。
「それでは乾杯」
「乾杯」
二人で乾杯をしてグラスを重ねる。
リリアーナさんの持ってきてくれた赤ワインは口に運ぶと濃厚なぶどうの味わいが口に広がる。
ふぅ。
美味しい。
「美味しいです」
「私もです、美味しいですね」
味が柔らかくて飲みやすいのが嬉しい。
本当はお酒の味よりもこうして二人で飲んでいるのが一番嬉しいのだけど。
でもやっぱりお酒も美味しい。
「ユーリさん、この前のお酒はもう作らないんですか?」
この前の酒というのは俺が作ってリリアーナさんに渡したウイスキーのこと。
喜んでもらえたならなによりである。
「そうですね、わりと高く売れたんですけど相応にめんどくさかったので今はいいですかね。あと作りすぎても安くなりますし」
この前作った酒は美味しいといっても酒蔵で作られたもっと高級な酒には劣るくらいの完成度なので、あまり増産しても需要を供給が上回る可能性が高い。
というかあの酒はあの場でノーランさんに売り渡して、そのまま彼が自分の店で売ってるっていう形なので量があっても売り切れないだろう。
そもそも知名度がなくて出処も明かせない怪しすぎる酒だから、味は良くても売るのに苦労するだろうし。
とはいえアレはあの場にあるもので試しに作った酒だから、ノーランさんとナノさんがもっと人工熟成させるのに最適な原酒を考えてくれればワンチャン大儲けもある。
夢が広がるね。いまはその予定はないけど。
「ああでも、リリアーナさんが飲みたいならいつでも作ってきますよ」
「それなら、また新しいお酒を作ったら飲ませて貰えますか?」
「ええ、約束します」
今のところその予定はないけれど、別に俺が能動的に動いてもいいんだし約束もちゃんと果たせるだろう。
「ふぅ……」
それからグラスを何度か傾けて息を吐く。
「大丈夫ですか、ユーリさん」
「大丈夫ですよ。そんなに簡単には酔わないです」
「ふふっ、そうですね」
なぜか楽しそうに笑うリリアーナさん。
まあかわいいからいいか。
「リリアーナさんは大丈夫ですか」
「私は少し、酔ってるかもしれません」
「もし酔いつぶれたら部屋まで運んであげますね」
「その時はお願いしますね」
今日のリリアーナさんはいつもより緩い感じだったけど、前回のお礼っていう体だからなのもあるかもしれない。
いつもは背筋をピンと伸ばして綺麗な姿勢の彼女も、今はちょっとだけ崩れてる感じがある。
こういう彼女も魅力的ではあるけれど。
なんて思っていると、とん、と足に軽い感触。
ちらっとテーブルの下を見ると、そこにはリリアーナさんの足がぶつかってきていた。
とんとん、と今度は二回足に感触。
「どうしました、リリアーナさん?」
「どうもしませんよ、ユーリさん」
なにもないように言う彼女だけれど、少し頬を染めたその顔は悪戯をするように笑っていた。
そういうことなら。
俺は靴を脱いで、そのままリリアーナさんの足を軽く踏む。
すると彼女も靴を脱いで、そのまま俺の足を踏み返してくる。
そこから抜け出して足を押すと、互いの親指が正面からくっついてふにっと潰れた。
くにくにと互いの指を押し合う状況はなんだかちょっと楽しい。
そんな様子からリリアーナさんはすっと足を引いて外し、その親指を俺の足の甲にのせる。
そのままその指が脚を逆走するように伝ってくる。
ちょっとくすぐったい。
なのでそれが手の届く範囲まできたところでぎゅっと捕まえた。
「きゃっ」
それを自分の膝の上に乗せて、足の裏を撫でる。
指先でつつーっと下から上になぞると、リリアーナさんはびくっと身体を震わせた。
爪を引っ掛けてタイツを破らないように注意しないと、なんて思ったりしつつもこちょこちょと指を動かすとリリアーナさんから声が漏れる。
「んっ……、ぅん……、ふっ……ふふふっ……」
顔を伏せて笑わないようにくすぐったいのを我慢しているリリアーナさんは、普段見せない様子でちょっと得した気分。
「もうっ、ユーリさんっ」
「はいごめんなさい」
顔を上げた彼女に怒られてしまったので、慌ててぱっと手を離した。
「嫌でしたか?」
「嫌かどうかと駄目かどうかは別の話なんですよ?」
「そうなんですね」
「ということで、ユーリさんも足を出してください」
「はい」
なにをされるのか若干不安だったけど、この流れでは断る選択肢は俺にはない。
その差し出した足をリリアーナさんが触れると、思った以上にくすぐったいし恥ずかしい感覚があった。
そのままさっきしたようにくすぐられたら、俺もリリアーナさんみたいになりそうだ。
なんて思っていたら、その足をぐいっと引っ張られる。
「えいっ」
「うわっ」
油断してたところに力が加わり、体はほとんどテーブルの下に潜り込むくらいまで引っ張られた。
「びっくりしました?」
「はい」
机の上から聞こえる声に応える。
まあその声が楽しそうなので文句はないけれど……。
「リリアーナさん」
「なんですか、ユーリさん」
「スカートの中が見えそうですよ」
彼女の正面から視界が下がった俺の前には、タイツに包まれたリリアーナさんの長い脚。
当然その根元のピッチリとしたスカートの奥も見えそうであった。
「見たいですか?」
「見てもいいんですか?」
「ふふっ、ダメです」
「そっかあ」
残念。
残念だけどしょうがない。
「あいたっ」
立ち上がろうとして机に後頭部を当てたりしながらも立ち上がり元の席に戻る。
するとリリアーナさんは空になったグラスに再びワインを注いでいた。
「ユーリさんも、どうですか?」
「じゃあお願いします」
俺のグラスにも同じように注いでくれたそれに口をつける。
美味しい。
「美味しいですね」
「はい」
そんなふうに言って互いに微笑む。
リリアーナさんとゆったりとした少しだけ陽気なこの時間がもう少し続いてほしい。
なんて想いをこっそりと願う。
あんまり酔うと、楽しくなりすぎて普段では自制するようなことをしてしまうかもしれないけど。
テーブルには、もう一本ワインが置かれていた。
【悲報】モテたくてクランを作ったのになぜか俺だけ彼女ができない件~周りに美少女が沢山いるのにこんなの絶対おかしい!~ あまかみ唯 @amakamiyui
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